酔い止めタイムアタック
俺が召喚されるのが21時20分。
隕石が落ちて来るのが21時30分。
つまり、21時20分から30分までの、わずか10分――
このたった10分が、俺の「持ち時間」ということになる。
酷い話だ。 アニメを一話見ることすらできやしない。
……いや。
本当にそうか?
ポジティブ・シンキングで行こう。
10分も捨てたもんじゃない。
最近は5分枠のアニメとかも結構ある。
これが案外面白かったりする。
10分あれば、5分アニメが2本も見れる。
10分あれば、山登りやテニスの素晴らしさを理解できるのだ。
俺は与えられた10分を最大限に有効活用しなければならない。
やるべきことは沢山ある。
酔い止め薬を手に入れること。
ループしている原因を探ること。
10分後に迫る死を回避すること。
だが、俺はWindowsではない。マルチタスクはできない。
一度にやることはひとつに絞ったほうがいいな。
何かをやると決めたら、それ以外はしばらく諦めるべきだ。
試験勉強と同じだ。
まずは一科目をとことん勉強して結果を出す。
そこで付いた自信が、他の科目を勉強するモチベーションとなる。
これを繰り返して、俺は志望校の判定をEからBまで伸ばした。
勉強が難しいのは、勉強する科目が難しいからではない。
勉強をする気がなかなか起きないから難しいのだ。
一番大事なのは、やる気をキープすること。
最初に大きすぎる目標を立てれば、挫けるのは目に見えている。
まずは、小さなことからコツコツと。千里の道も一歩から。急がば回れ。
つまるところ――まずは酔い止めだ。
前回のループで、確かに薬に効き目があることはわかった。
薬品庫のある場所も、ペオルに教えてもらった。
あれが手に入らなければ、落ち着いて思考することもままならない。
かといって、薬を持ってきてもらうのを他人にちんたら任せてもいられない。
貴重な余生の半分を、吐き気とともに過ごすのはまっぴら御免だ。
俺は今しばらく、酔い止め薬を『最速』で手に入れることに集中する。
頭のなかに地図を思い浮かべる。
神殿から薬品庫に行くには、いったん街の広場まで出なければならない。
広場へと続く神殿前の階段は、「初期配置」で言うと、
俺が出てくる召喚陣と、ヨルたち三人を結ぶ直線の延長上にある。
神殿は小高い岩山の上に立てられており、階段以外の三方は急峻な崖だ。
召喚陣を出て階段へ辿り着くには、三人の横を通り抜けるしかない。
俺から見てヨルの右側にはラート、左側にはペオルが立っている。
警戒すべきは、異様に沸点の低いラートおよび、その脳筋ラートが持つ斧槍だ。
走り抜けるなら、ペオルが立っている左側だろう。
うまくヨルやペオルの影に入れば、ラートも俺に手出しはできまい。
「おお、成功し…… 」
聞き慣れたヨルの感嘆の声に、俺は目を見開く。
〈21:20〉
魔法陣から全速力で左前方に駆け出し、四歩目を踏み出そうとした瞬間、
「動くな貴様!」
ラートが右足を大きく踏み込み、水平に斧槍を薙ぎ払った。
鋼鉄の刃は俺の重心――肋骨に覆われていない下腹、骨盤の真上――を的確に狙う。
半円の軌道を描いて加速された質量が、人体を豆腐のようにあっさりと分割する。
臓物を巻き込んだまま振り抜かれる斧槍に引っ張られ、バランスを崩した俺の上半身と下半身が折り重なって床に落ちた。
「馬鹿者! 斬った後に言う奴があるか!」
ヨルの怒声を薄れ行く意識のなかで聞いた。




