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二度あることは

「どわらっしゃああああーーー!!」


俺は叫んだ。そりゃあ叫ぶ。

自分めがけて落ちてくる巨大隕石を目の当たりにしたら誰だって叫ぶだろう。


――死ぬ。


ただ純粋に原始的な恐怖を刺激され、俺はギュッと目蓋を閉じた。

間近で燃え上がる隕石の放った熱気が、全身を焦がす。


「あぁ、ぁ……」


自分自身のあげる悲鳴すら、隕石の上げる轟音にかきされ、耳に届かない。

そして、俺の肉体もまた、爆発の衝撃によってこの世からかき消され――


キィーン……という耳鳴り。


「……あ、あれ?」


俺は静寂の世界にいた。今や自分の声が自分で聞こえた。

身を焦がすような熱気も、急に、嘘みたいに消えていた。


サウナから裸のままで路上に放り出されたような気分だ。

肌を撫でる風を冷たく感じる。

熱くなくなったのは助かる、助かるが――

急激な温度変化からか、今度は神経を逆撫でされたような気分だ。

吐き気が襲ってきた。


「うぅ……」


俺は目を見開いた。


神殿は無事だった。柱の一本すら折れていない。

隕石はどこかに消えて、空も赤く染まっていない。

神殿の空は、星と月がまばらに散らばる暗闇に戻っていた。


空から視線を下ろすと、三つの人影――魔術師ヨル、侍者ペオル、戦士ラート――が、遠巻きに俺を見つめていることに気付いた。


「み、皆、大丈夫?」俺は三人に声をかける。「いったい、何が――」


黒ずくめの魔法使いヨルが、大きな丸眼鏡をぐいとかけ直す。


「おお、成功した……ついに成功したぞっ……構想十年、制作三年の究極召喚魔法が……!」


そう笑顔で言いながら彼女は、一歩俺に近づく。


「彼方から訪れた稀人よ。わたしは今回の召喚の儀を執り行った宮廷魔術師、ヨルガリア=ブーグルト。ヨルとお呼びください」


彼女はそう名乗ると一礼した。


「稀人よ、あなた様の名前は?」


俺は足下を見る。仄かに光を放つ魔法陣があった。


ああ、なるほど。


ヤバい。これはヤバい。

頭の中で赤いランプが灯り、ビービーと警告音を鳴らす。

俺はこの場面を知っている。見たことがある。

何が起こったのか、わかった。わかってしまった。


「稀人……いや、勇者どの?」ヨルが再び俺を呼びかける。「言葉はわかるか?」


俺は『いま』召喚されたのだ――召喚された時点に、時間が巻き戻ったのだ。


ということは、だ。もし先程と光景が繰り返されるならば。

俺が知っているとおりのことが再び起きるならば。


俺は『この後』に起こることを想像して、全身の毛が逆立った。

強い吐き気を催し、咄嗟に右手で口を押さえた。


「うっぷ」


ペオルがそばに駆け寄り、頭巾を下ろして、俺の顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?」ペオルはヨルの方を向く。「あの、ヨルさん。勇者さん、とても体調が悪そうなんですけど……」


「ふむ」ヨルは顎に手を当てて呟く。「勇者も召喚酔いになるものなのか。酔い止めの魔法陣も一緒に織り込んでおくべきだったな。これは忘れないうちに研究ノートに記録しておかなければ」


長く続く悪夢のような既視感デジャヴュに、ますます気分が悪くなってきた。

「……頼む。まずは酔い止めポーションをくれ……」


「おっ。言葉はわかるか」ヨルは嬉しそうに言う。「よかった。織り込み済みの情報魔術インフォマンシーの方はうまく機能しているようだ。捕虜のゴブリンたちを犠牲にした甲斐があったというもの。せっかく召喚に成功しても廃人の勇者では……」


「酔い止め……」俺は涎をだらだら垂らしながら呟く。


「あ、あのっ」ペオルが助け舟を出してくれた。「酔い止めポーションなら、薬品庫に置いてあると思います」

「ああ、そうか」ヨルがあっさり言う。「じゃあ持ってきてくれ、ペオル」

「はいっ」

ペオルは銀髪を揺らしながら、階段を降りていった。


いかん、このままじゃ前と同じだ。

酔い止め薬を飲んだところで、直後に隕石が落ちて死ぬだけだ。


――わかっていても頭がくらくらして、耐えられず俺は仰向けに倒れた。


ヤバいヤバいと理性が鳴らす警告と、召喚酔いの身体があげる悲鳴に挟まれ、俺は何も考えることができない。

空を覆う一面の星をぼーっと眺めていると、ヨルの冷たい視線が降り注いだ。


「ふむ。この調子では、勇者どのは今日は動けそうにないな。ラート、念の為に、勇者どのが逃げないように見張っておけ。わたしはちょっと研究室までノートを取ってくる」

「御意」


ヨルが階段を降りると、ラートは斧槍を持って俺のそばに立った。

兜の面が降りたままだと甲冑の亡霊のようで怖いな。

しかし、このままではさっきと何も変わっていない。

状況を変えるためには、とにかくさっきと違う行動を取らなければなるまい。


身体に残るわずかな気力を振り絞って、おれは上体だけ起こす。


「ラートさん、伝えたいことが」


その瞬間、ラートは斧槍をブンと一回転させ、切っ先を俺の首筋に突きつけた。


「動くな。少しでも不審な動きをしてみろ」兜の面を上げ、鋭い眼光で睨んだ。「即、首を撥ねる」


あー。そういえばそうだったわー。


あれだな。過去に何があったかなんて、言われてみれば思い出せるけど、普段は結構忘れているものなんだな。さっきはラートと握手して、なんとなくわかりあった気になってたけど、今は人間関係リセットされてますからね。


そりゃこうなるよね――と、どこか遠いところで冷静に状況を俯瞰する自分がいるが、実際にその場にいる俺はただパニックを起こしていただけだ。


「いやいやいや、ちがっ、違う、違うんです! だいじ、大事な、大事なことを教えようとおもいまひて! いのひ、命にかかわ……うっぷ」


無理に喋ろうとして、再び吐き気に襲われる。


「勇者などと呼ばれていい気になるな」斧槍の切っ先が、俺の首をちくちくと突く。「わたしはまだお前を信頼していない。お前はまだ戦ってすらいないのだからな」


なんだこの仕打ち。


勝手に異世界に呼びだされて、頭が割れるように痛くなって、戦う義務を押し付けられて、吐きそうになりながら、刃物を突きつけられて。

そのうえ、このあとは活躍する暇もなく隕石が落ちてきて死んで、生き返って、また同じことを繰り返すっていうんだろう?


わかってるよ、そういうパターン。ループものだろ? 一時期はやったもんな。アニメでゲームでラノベでいっぱい見てきたよ。


ふざけんなよ畜生。確かに異世界で勇者として活躍して女の子にモテモテになるのは憧れだがよ、そういう苦労パートはいらねーんだよ。最初からわかりやすいチート能力を与えろっての。


泣きたくなる。というか泣いている。

堰を切ったように、俺はわんわん泣いている。


「フン。男のくせに泣くとは」ラートは斧槍を引き、憐れむ目で俺を見る。「お前より幼くて勇敢に散っていった戦士を何人も知っているぞ。お前が『勇者』? 笑わせる」


俺は立ち上がり、涙ながらに必死に訴える。


「ちがっ、違うんだよッ! マジで! ヤバいんだ! マジでヤバいんだよ! 隕石がこっち目掛けて飛んで来るんだ、スゲーでかいやつが! 隕石だよ、隕石!? わかるだろ、恐竜絶滅させたやつだよ! ……っつってもこいつらファンタジー世界の住人だからわかんないかー!」


俺は頭を抱えた。


「あーもう! 星だよ、星が落ちてくるんだ! わかるか? 星が落ちてきて、みんな死ぬんだよ!」


鼻水まみれで捲し立てる俺に気圧され、ラートは一歩後ずさる。


「星が落ちる……? 何を言っているんだ、お前は。戦いたくないからといって、そんな世迷い言を……」ラートは俺の目をじっと見つめ、呟く。「……いや、本気で言っている目だ。こいつ、気が狂っているのか。どうやらヨルの召喚は失敗だったようだな。宮廷魔術師といっても、所詮は特任――」


「こらっ、ラートさん!」天使のような少女の声が割り込んだ。「いま、ヨルさんの悪口言ってませんでした?」


ペオルが神殿に戻ってきたのだ。その手には酔い止め薬の瓶が握られている。


「ペオルか。いや、そんなことはないぞ……」


そう言いつつラートはペオルと目を合わせようとしない。


「もう」ペオルは頬をふくらませる。「追及はしないですけど、ちゃんとヨルさんには感謝しておいたほうがいいですよ? 行くあてのない私たちを拾ってくれたこと」


「わ、わたしは別に」ラートはもごもご口を動かすが、ペオルは彼女に「めっ!」とだけ言って、俺の方を向いた。


「勇者さま、お見苦しいところをお見せしました」銀髪の少女はペコリと頭を下げる。「申し遅れましたが、わたし、侍者のペオル=ターパーと言います。酔い止め薬を持ってきましたよ」


ペオルが薬瓶を差し出し、「不味いので、一気に飲んだほうが……」と言いかけている間に、俺はそれを奪って一気飲みした。


ペオルは目を丸くした。


「わぁ、豪快な飲みっぷり。さすが勇者さ……あれ、泣いてます? そ、そんなに不味かったですか?」


いまだにバツの悪そうなラートが口を開く。


「……なにかわからんが、そいつ、急に泣きだして、『星が落ちる』とか言い出したんだ。召喚の影響で頭がおかしくなっているのではないか?」


「星が落ちる?」ペオルは首を傾げる。「そうなんですか、勇者さま?」


俺はこくこくと頷いた。


「そんな……」ペオルは顔をさっと青ざめさせた。「召喚酔いが酷いと脳にダメージが残る場合があると本で読んだことがあるけど、勇者さまに限ってそんな……」


独り言をぼそぼそ喋るペオルの肩を叩き、俺は黙って「あれ」と空の一方向を指差した。


ペオルとラートが天を仰ぎ、揃ってぽかんと口を開ける。


みるみる大きくなっていく赤い凶星。

耳をつんざくような轟音。

身を焦がすような熱風。


神殿への階段を駆け上る音が聞こえ、ヨルが姿を現す。


「おい、何の音だ? 騒がしいぞ? 勇者どのに何かあったら……」ヨルは俺の指差す方向を向き、口をぽっかりと開けた。「馬鹿な! これは彗星魔……」


ヨルが最後まで言う暇もなく、その場にいた四人は一瞬で蒸発した。



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