魔術師殺し殺し
「えー、つまり、あんたらの言ってる〈魔術師殺し〉ってのは、マンティコアのことなんだな?」
俺の念押しに、冒険者三人組はウンウンと頷く。
マンティコアはファンタジーRPGによく出てきていたので俺も知っていた。ライオンにコウモリの羽とサソリの尻尾をくっつけたようなモンスターだ。キメラやコカトリスと比べたら知名度が一つ劣るが、似たような合成魔獣の一種である。
その別名がこの世界では〈魔術師殺し〉……ということらしい。
言われてみれば、前回のループで俺を殺したモンスターと確かに特徴が一致しているが……なんというか……イメージしていたよりもずっと恐ろしかった。当たり前だが、ゲームのイラストとは違って、アレは生きている獣なのだ。ライオンと同じ檻に入れられることを想像してみて欲しい……しかもマンティコアは、ざっと見てライオンの三倍の体軀を持っていた。尻尾の毒針を飛ばさなくとも、あの巨体から繰り出される腕の一振りだけで人間を殺せるだろう。あんなものに狙われたら本能的な恐怖を感じて当然だ。俺は目があっただけで小便を漏らしそうになった。
「私も生で見るのは初めてだけど、間違いないわ。一匹で魔法兵の一部隊を殲滅できる魔獣なんて、〈魔術師殺し〉のマンティコアだけよ」
赤髪の踊り子、アラーダ=サブラが険しい顔つきで言う。右手には三日月刀を握ったまま、いつまた襲ってくるかわからない〈魔術師殺し〉を警戒している。
「……なあ、魔獣ってことは、魔王軍にはあんなのが一体だけじゃなく何体もいるのか?」
もしそうなら、連合軍に勝ち目なくね?
「どうかな」答えたのは長髪の弓兵、ガイ=バエシだ。「あいつの首にゃ金貨千枚かかってるが、それをせしめた奴がいるとは聞いたことがねえ。もともと眉唾モンの激レアモンスターだ。世界各地に出没してるのは同じ個体かもしれないし、違う個体かもしれない」
「マンティコアは人工的に作られた合成魔獣に見えます」と、半魚人の司教、サハギー=ウォザエは俺のそばに座り込んだまま言葉を漏らす。またもやマンティコアの毒針に刺された俺を治療中なのだ。「たまたま実験に成功した一体――そんなところだと信じたいですね」
「しかし、金貨千枚だぜ?」ガイが首を振る。「冒険者稼業としちゃ、マンティコアがいっぱいいてくれても悪い気はしないな」
「あんた、まだ一戦交えるつもりでいるの?」呆れた様子でアラーダが口を開く。「さっきの相談で結論は出たでしょ。〈魔術師殺し〉は、今の私たちでどうこうできる相手じゃない。金貨千枚ってのは、熟練のパーティ三つが結託し、十分に準備を整えたうえでやっと戦えるってレベルよ。そのうえ奴には魔法が効かないってんだから、逃げる以外の選択肢はありえない」
「ほら、治りましたよ、イリスさん」サハギーが立ち上がり、長髪の弓兵のほうを向く。「ガイさん、戦場で勇敢は必ずしも美徳とは言えません。正規兵だったあなたの方がそれをよくわかっているはず……この場を生き延びて〈魔術師殺し〉の存在を軍とギルドに報告し、次の戦場にその情報を活かすだけでも、大いに意義のあることです」
「はいはい。わかってらあ」ガイが呑気に空を仰ぐ。「あーあ、せっかく激レアモンスターに遭遇出来たってのに、ただ逃げるだけじゃ芸がないぜ。一矢報いるとは言わないでも、せめて弱点や攻略法くらい見つけたいもんだ……」
「……あるよ」サハギーの白魔法のおかげでいくらか気分が良くなった俺は、立ち上がってボツリと呟いた。「〈魔術師殺し〉に対する攻略法なら、ある」
「「「え?」」」と、冒険者三人組の驚きの声が揃う。
俺は前回得た知識と経験を、「前の戦場でマンティコアにあったことがある」という前置きでペラペラ喋った――特に『マンティコアに魔術は有効だ』という点を強調して。
あのときアラーダの魔術〈大地障壁〉は確かに起動し、マンティコアを岩の壁で取り囲むことに成功した。やはりマンティコアの能力は〈魔法の無効化〉ではない。
となると前回考えた作戦1『〈魔術師殺し〉が持ってるかもしれない魔法無効化装備を奪い、隕石落下の被害から逃れる』はナシだな。そもそもあの獣から何かを奪える気はしないし、丁度いい。
それ以外は前回と同じように動いて問題ないはずだ。俺は手短に作戦を説明する。
「――えーと、つまり」俺が粗方話し終えると、茶髪男が一番に口を開いた。「サハギーの〈聖衣〉 で加護されたあんたが囮になってマンティコアをおびき出し、そこでアラーダが〈大地障壁〉使ってマンティコアを閉じ込める、ってわけか」
「なるほど。〈魔術師殺し〉を閉じ込めている間に、屈強な戦士がいる他の部隊に応援を頼みに行く、というわけですね」と、サハギーが感心して頷く。
アラーダがガイとサハギーの表情を見て取り、言った。
「……いいでしょう。乗ったわ」
「あ、ああ」当然俺は応援とか呼びに行かないで川に飛び込むつもりだったが、そこはぼかしておいた。「間違っても俺とマンティコアを一緒に閉じ込めてくれるなよ?」
俺は念を入れてアラーダに注意する。今回はマンティコアだけを壁の中に閉じ込めるよう頼んでおいた。前回は調子いいことを言ったけど、やっぱライオンの三倍あるバケモノとタイマンで戦うのは無理です。
「〈大地障壁〉をそんな目的で使ったことはないから保証はできないけど……ええ、やってみせるわ。安心して、私は本番に強い方よ」アラーダは笑みを浮かべた。「それより問題は、私のマナが心もとないことね。今の残量だと、〈大地障壁〉は作れてもせいぜい一枚……」
「ガイからマナをもらえばいい」俺は茶髪男の方を向く。「〈魔力吸収〉 の経路を逆向きにすればできるだろ?」
「あ、ああ。よく知ってんな、伝令さん。これは俺の隠し技のひとつだったんだが…… 」
「できるなら早くしなさいよ」とアラーダに促され、ガイは呪文を唱えた。
青白いオーラのようなものがガイの身体から出て、アラーダの方へと速やかに流れこむ。
「サハギーさん、こっちも聖衣を」
巨漢の半魚人が頷いて呪文を唱えると、俺の身体が蛍光塗料のように幽かな光を放ちだした。
「さて、私の方は準備出来たわ」とアラーダ。
「俺も矢で援護するぜ」ガイが左腕を持ち上げ、弩を見せびらかす。「もしも倒したら金貨千枚は山分けか?」
「あんたらで勝手に分けてくれ」どうせこいつら隕石で死ぬんだ、景気のいいことを言っておこう。「俺はマンティコアが倒せればそれでいい」
隕石をやり過ごすのに川の下流に行かなければならず、そのためにアレが邪魔なだけだ。
「へぇ、欲のない男ね」アラーダが目を丸くする。「〈マンティコア殺し〉の名誉だけで十分ってわけ?」
「ははぁ、〈マンティコア殺し〉か。いいなそれ。倒したら俺らも名乗れるんだよな?」ガイがにやつく。「いや、〈魔術師殺し殺し〉のほうがカッコいいか?」
「語呂悪ッ」とアラーダがツッコミを入れる。「……じゃ、また会いましょう、伝令さん。そのときはお互い〈魔術師殺し殺し〉ね」
「ああ、生きてたらまた会おう」
まー無理だと思うけど。
「ご武運を」と、サハギーも目を閉じて祈りを捧げてくれる。
俺は行く先の空を見つめる。まだ赤くなっていない。このとき時計は――
〈21:28〉
前回より時間を短縮できていることに満足を覚えつつ、俺はマンティコアが潜む方向めがけて一直線に走りだした。
――ひゅんカキンひゅんカキンひゅんカキンひゅんカキン
毒針が飛んで来る風切り音と、聖衣がそれを弾く金属音が立て続けに鳴る。
「来たぞー! 〈魔術師殺し〉だ!」
遠くから届くガイの声。
俺は何も見ずに地面を蹴って後ろに飛び退る。
一瞬前にいた場所に、マンティコアの爪が降り注いだ。地面に降り立った獣は向き直り、真正面から俺と視線がぶつかった。
「ひいっ!」
二回目でも怖いものは怖い。本能的に俺が後ずさると、マンティコアはそれを追うように牙を剥いて飛びかかった。そのとき、
――ゴウッ
と音を立てて大地から岩壁がせり上がり、 俺の目と鼻の先にあったマンティコアの顎に一撃を食らわせた。岩壁はそのままニョキニョキと天に向かって伸び続け、マンティコアを向こう側に押しとどめる。
「……っぶねえぇ」
間一髪で〈大地障壁〉が起動し、マンティコアの隔離に成功したようだ。グッジョブだぜ、アラーダさん! と心の中で賞賛を送ろうとしたのも束の間、俺はある違和感に気付いた。
「あれ? なんか急に月が消えたような……」俺は四方を見渡す。「……って、閉じこめられるてるのは俺じゃねえかッ!?」
あのクソアマ、なにが『本番に強い方』だ! 閉じ込める方を間違えてるんじゃねえ! 川に行けなくなったじゃねえか!
――ドンッ
「ひいっ」
目の前の壁が大きな音と共にブルブル震えた。壁のすぐ向こうでマンティコアが体当たりをしているのだ!
――ドンッ、ドンッ
体当たりは止まない。
ちくしょう、奴はまだ俺を狙っているのか!? とっとと冒険者三人組の方に行けよ―! と俺は心のなかで祈った。
――ドンッ、ドンッ……
すると祈りが通じたのか、体当たりの頻度は落ちていき、やがて
――ガリガリ……ガリガリ……
と爪をひっかく弱々しい音に変わっていった。
「おっ、おお、これは……」
……そうだ。この岩壁は防御魔法だ。魔獣の攻撃に耐えられるくらい強度はあるのだ。マンティコアが諦めたっておかしくない。
むむむ。もしかして……この調子で隕石爆発にも耐えられたりして?
図らずも今の状況は、前回考えた作戦2『〈大地障壁〉のシェルターに潜み、隕石落下の被害から逃れる』を実行しちゃっているではないか。
ジェット機のような轟音とともに、壁がビリビリと震え始めた。いまごろ外は空が赤くなっているはずだ。
もう時間が近いぞ。ドキドキ。俺は時計をちらと見る。それはちょうど針が動いた瞬間――
〈21:30〉
――瞬間。
頭上から吹き付ける熱風に全身を殴られ、俺は壁に叩きつけられた。
「ゴバァッ」
肺を焼かれて口の中を切り、血反吐をぶち撒ける。
赤熱する壁に押し付けられて背中の皮膚が溶け、磔の状態になった。
息もできないまま瞼を開ける。崩れ落ちた天井から炎に包まれている砦が覗いていた。
間もなく吹き戻しの風が起こると、四方の壁はあっけなく倒れ、俺はその下敷きになって息絶えた。




