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魔術師殺し

「うわああ!」


 俺は後ずさりした。どの道すぐ死ぬ運命とはいえ、鋭利な刃物を突き付けられて平静でいられほどハードボイルドな性格じゃない。


 目の前に立っているのは、茶髪を肩まで伸ばした、垂れ目の若い男だった。連合の兵士たちがつけていたものとは異なる洒落た萌葱(もえぎ)色の革鎧を身に着け、左腕の篭手に装着したクロスボウを俺に向けている。


 クソッ。こいつが魔王軍の狙撃手なのか? 認めたくはないがイケメンだ。クラスに一人はいる、女子にモテモテのバンドマンってタイプだ。こんな奴に俺は殺されるのか! ふぁっく!


「おいおい、そんなに睨むなよ」茶髪男は苦笑いしながら言った。「落ち着け。味方だ。連合軍だって。俺の手を取りな」


 なに? こいつは魔王軍じゃないのか?

 

「ガイさん、矢をつがえっぱなしですよ。驚くのも無理はないでしょう」


 と、穏やかな声をかけたのは、いつの間にか俺の横に座り込んでいる、白い法衣に身を包んだ巨体の男だった。法衣はペオルが身に着けていたローブと似ているが、銀の刺繍が入っていて、より高価そうに見える。興味深いことに、男の肌は青みがかっていて、耳のあるべき場所には代わりにヒレがついている。モヒカンのような髪型もよく見れば背中から続くヒレ……背鰭みたいだ。半魚人……マーフォークって種族だろうか。


「おっと! サハギーの旦那の言う通りだった」茶髪男はクロスボウを装備した左手を引っ込め、右手を差し出した。「こいつぁ失礼。さっきまで臨戦態勢だったものでね。いや、今もそうなんだが」

 

 俺はしぶしぶガイと呼ばれた男の右手を取って立ち上がった。乗ってきたポチがすぐ近くに待機しているのを見て、ほっと溜息をつく。 サハギーと呼ばれた巨漢も、そんな俺の様子を見て安心したように頷き、立ち上がる。


 そこで初めて、その場にいるもう一人の存在に気づいた。ガイ、サハギーの二人に背を向けるようにして、少し離れた場所に赤い髪の女性が立っていた。敵襲を警戒しているのだろう、 右手には三日月刀(シミター)が握られている。しかし身体に纏っているのは鎧ではなく腹部まるだしのセパレートタイプの赤いドレスで、時折ロングスカートが髪と一緒に風にはためいている。戦場に似つかわしくない色気。えーっと、ほらあれ、千夜一夜物語アラビアンナイトから飛び出てきたような女性。


 その赤髪の女性がちらりと俺を見た。


「運が良かったわね。あと一分見つけるのが遅かったら、その辺の死体と同じ運命を辿ってたわよ。解毒したサハギーに感謝したら?」


 顔の下半分が薄絹のベールで覆われていたものの、長い睫毛に覆われた二つのぱっちりした目を見ただけで、この女性がかなりの美人だとわかった。しかしあまり見惚れているのも恥ずかしいので、俺は目を逸らして半魚人のおっさんの方を向く。


「サハギー……さん。あんたが俺を治してくれたのか」確かに、もうとっくに毒が回って良い時間のはずなのに、俺はまだ生きている。「……ありがとう。俺はイリス……えーと、伝令兵だ」

「なに、礼には及びません。聖職者として当然のことです。私は司教ビショップのサハギー=ウォザエといいます」


 握手を交わしながら、ニッコリとサハギーは笑う。鮫のようなギザギザの歯が見えてちょっと怖い。


「前から思ってたけど、聖職者と冒険者って兼業ありなの、旦那?」長髪の若者が口を挟んでから、俺の方を向く。「あ、ちなみに俺は弓兵のガイ=バエシな」

「礼拝堂で祈りを捧げるばかりが信仰ではありませんよ、ガイさん。こうして体を張って民草を救うことも、神の代理人としての立派な仕事です」

「ふーん。だったら義勇兵ボランティアとして戦争に参加してもよかったんじゃ? そのほうが清貧を貫けるし」

「聖職者であるとはいえ、自分で自分の食い扶持を稼ぐことも大事だと私は考えています。人の施しで生きていくことを良しとしない、真の聖職者だけが冒険者になるのですよ!」

「なにカッコつけちゃってんのよ、サハギー」赤髪の女性が茶々を入れる。「司教ビショップとは名ばかりで、教会から貰える給料が雀の涙ってだけでしょ」

「アラーダさん……そうはっきり言われては……」しょんぼりと肩を落とす巨漢を見て、他の二人が笑う。


 なるほど。各自やたらと好き勝手な格好をしていると思ったら、こいつらは正規兵ではないらしい。つまり。


「……あんたたちは傭兵か? 連合軍に雇われてる?」


「まあね。雲行きが怪しいからそろそろ尻尾巻いて逃げようかってところに、あんたが来たのさ」ガイは大げさに肩をすくめる。「で、そこにおわすのが我らが魔法兵連隊第二中隊アラーダ班のリーダー、アラーダ姫だ」


 と言って、茶髪男は恭しく赤いドレスの女性を紹介した。


「ちょっとガイ! 逃げるってのは言わなくていいでしょ! あと姫も余計!」アラーダはガイに向かって怒鳴りつけた後、俺に向き直る。 「ええ、そうよ、私がこのパーティのリーダーで踊り子(ダンサー)のアラーダ=サブラよ。……伝令さん、報告チクりたかったら、報告チクってもいいわ。でもまさか、私たちに命を助けてもらった恩義は忘れてないわよね? 少しは色を付けた報告してもいいのよ?」


 俺を本物の伝令だと思って、なんだか都合のいいことを言っているアラーダさん。仕事を完遂せずにほっぽり出すことに職業的な後ろめたさを感じているのだろう。冒険者とか傭兵稼業って評判とか大事そうだもんな。


 だが俺は、アラーダとは別のところが気になっていた。


「魔法兵ってことは……魔法が使えるんだな、あんたたち」


 ついにこの世界に来て、実戦レベルの魔法が使えそうな面子に出会えた。うまく利用すれば、〈川飛び込み作戦〉がダメだったときの保険になるかもしれない。


「それはもちろん」サハギーは血の海に沈んだ他の兵士の死体を見やる。「あなたを解毒したのも白魔法によるものです。他の方には間に合いませんでしたが……」


「でも、俺たちが使えるのは並以下の魔法ばかりだぜ。誰も本職プロパーの魔術師じゃあないからな」というガイ。


「だからこそ、これまで〈魔術師殺し〉のターゲットにならず、生き残れたんでしょ」アラーダはふと何かに気づいたように、俺の方を向いた。「そんなこと聞くってことは、あなた魔法を使えないのね?」


「ああ、まったく使えないけど?」


 俺の言葉を聞いて、アラーダが深刻な表情を浮かべる。


「となると、〈魔術師殺し〉は今、無差別に対象を選んでいるってわけね……私たちも例外ではなくなった、ということか」

「やれやれ」ガイは首を横に振る。「簡単には逃げられそうにないな」

「今も〈魔術師殺し〉はどこかに身を潜めて、こちらの隙を窺ってる最中でしょう」と、サハギーは警戒した様子で周囲を見回す。


 三人の会話についていけず、俺は口を挟む。


「ちょっと待て。〈魔術師殺し〉って何だ? それが俺を狙った狙撃手の名前なのか? あんたらが警戒している相手も、そいつなのか?」


「は? 正規軍じゃ教えてないわけ?」信じられない、という視線をアラーダが向けてくる。「前衛を無視して魔術師ばかり狙ってくることから付いた二つ名よ――〈魔術師殺し〉。金貨千枚の賞金首」


 〈魔術師殺し〉――いかにも狙撃とか爆弾で敵をネチネチ殺しそうな、嫌な名前だな。この辺に転がってる死体は、〈魔術師殺し〉に殺された正規軍の魔術師たちのものか。


「俺が軍にいた頃にゃ、魔王軍の賞金首については一通りレクチャー受けてたんだがな」と、ガイが言う。「〈魔術師殺し〉には、どういうわけか魔法が効かない。魔王軍にとっちゃ、後方撹乱にうってつけの秘密兵器ってわけだ」


「魔法が効かない!? そんなことが可能なのか! そんな効果の装備か何かを持ってるのか、〈魔術師殺し〉は!?」


 これはまた重要な新情報だ。〈魔術師殺し〉の装備をひっぺがせば、隕石爆発を生き残れるのではないか? 彗星魔術メテオマンシーも禁呪とはいえ魔法の一種のはずだ。


「そこまではわからないわ」と、アラーダ。「そういう噂もあるし、人工的に作られた魔法生物の類って噂もある。とにかく、魔法が効かないってのは本当よ。さっきも、一瞬姿を見せた〈魔術師殺し〉に狙いを定めようと集中したけど、不思議と意識がかき乱されて呪文を唱えられなかった」


 うーむ、と俺はアラーダの言葉を聞きながら考えていた。


「それって、魔法が効かないって言うよりは、魔法が唱えられないってことだよな。既に唱えられた魔法なら効いちゃうんじゃないのか? ……地点指定の範囲攻撃とかで、対象に意識を絞らなければいいわけだろ」


 つまり、彗星魔術メテオマンシーみたいなマップ兵器には無意味な気がするぞ、そのタイプの魔法無効。だったら俺の目論見は虚しく崩れ去るわけだが……。


「伝令さん……あなた魔法が使えない割に鋭いわね」と、アラーダが思案げに頷く。「ガイ、サハギー、どう思う?」

「試してみる価値はありそうだが、そんな強力な攻撃魔法、誰か使えたっけ? 俺は補助専門だから論外だし」

「いえ、ガイさん。攻撃魔法じゃなくてもいいのでは? たとえば防御魔法、アラーダさんの〈大地障壁アースウォール〉で〈魔術師殺し〉を閉じ込める、というのはどうです?」


 何を話し込んでるのかと思えば、こいつらは〈魔術師殺し〉を倒すという方向で物事を考えているのか。意図せずして俺の発言が役に立っているようである。


「それだわ!」アラーダがサハギーの言葉に目を輝かせる。「防護壁を三角錐状に張るとして、必要なマナは通常の〈大地障壁アースウォール〉の三倍……ちっ、今の私じゃ足りない。エーテルの残りは?」


「さっき、彼に〈解毒デトックス〉を行うため、私が使ってしまいました」サハギーは首を横に振る。「あれが最後の一本だったはず」

「俺はまだ残存マナに余裕がある」ガイがにやりと笑う。「裏技でこれをアラーダ姫に渡すってのはどうだ?」

「「裏技?」」アラーダとサハギーが訝しむ。


「いいか、これはとっておきの秘密だが……粘膜が接触している相手とは、マナを共有できる」ガイが目を閉じ、アラーダに向かって口をすぼめて突き出した。「チューだよチュー。下のお口でもいいけど」

「な、なんと破廉恥な」と言ってサハギーが顔を伏せる。


 アラーダは黙って三日月刀シミターをガイの首につきつけた。

「あんまりふざけてると首が落ちるわよ」

「わーっ、冗談! 冗談っす! 〈魔力吸収マナドレイン〉の経路を逆向きにすれば、俺から姫にマナを与えられるよ!」

「はやくやって」と言って、アラーダは三日月刀シミターの峰でお調子者の頭を叩いた。


 嘘じゃないのに、とか茶髪男はぶつぶつ文句を言った後、短く呪文を唱え、両手をアラーダに向けて突き出した。青白いオーラのようなものがガイの身体から出て、アラーダの方へと速やかに流れこむ。濃いマナの流れが目に見えているのだろうか、綺麗なものだ。


「さて」ガイからマナを貰いながら、アラーダが呟く。「あとはどうやって〈魔術師殺し〉をおびき出すかね」


 サハギーが指を一本立てる。

「あの毒針程度なら、私の〈聖衣ホーリークロス〉の加護で弾き返せます。加護を受けた人間が毒針の飛んで来る方向へ走っていけば、〈魔術師殺し〉も近接戦闘に持ち込まざるを得ないでしょう」

「そこをガツン!ね」とアラーダが頷く。「仲間を〈魔術師殺し〉と一緒に閉じ込めないように気をつけないと」

「残る問題は」魔力の受け渡しを終えたガイが、口を開く。「俺たちの中に近接戦闘に自信のある奴がいないってことだな。さて、誰が貧乏くじを引きますか」


 蚊帳の外で冒険者三人組の話を聞きながら、俺はずっと新しい隕石対策を考えていた。俺にとって真の敵は〈魔術師殺し〉ではなく、21時30分に爆発する隕石だ。そして思い付いた新たな作戦は次の二つ。


1.〈魔術師殺し〉が持ってるかもしれない魔法無効装備を奪い、隕石落下の被害から逃れる。

2.〈大地障壁〉とやらのシェルターの中に潜むことで、隕石落下の被害から逃れる。


 どちらも可能性は未知だが、今までになかった選択肢だ。それだけで試す価値はある。

 だから俺は手を挙げて発言した。


「助けてもらった礼がある。俺が囮になろう。一対一の近接戦には自信がある」


 自信が出るのは、これから何回もループした後の話だけどね。


「本当!?」アラーダが俺の手を握ってきた。「是非とも頼むわ!」

「なにも〈魔術師殺し〉を倒す必要はないのですよ」と、サハギーが言う。「閉じ込めさえすれば、我々はこの場を逃げられるのですから」

「いや、むしろ一緒に閉じ込めてもらいたい。〈魔術師殺し〉を間近で見たいんだ」

「命知らずの勇者ね!」アラーダが握った手をぶんぶん振る。「でも、私もそのほうがやりやすくてありがたいわ!」

「俺も矢で援護するぜ。倒したら金貨千枚は山分けでいいよな?」と、ガイ。

「あ、ああ」俺は空の一角が赤みを帯び始めていることに気付いた。もう時間がない。「それでいい。善は急げだ。サハギーさん、頼む」


 巨漢の半魚人は頷き、呪文を唱えた。


「光よ、彼の者を包み護りたまえ――聖衣ホーリークロス! 」


 その詠唱が終わるか終わらないうちに、俺は川の下流へと走りだした。身体が暗闇の中、幽かに光りだすのを見る。


――ひゅんっ

――カキンッ


 背中で風切り音と金属音が連続でなった。〈聖衣〉とやらはちゃんと機能しているようだ。肌がむずりとしたあたりから毒針の飛んできた方向に見当を付け、そちらに向き直る。走る間に何度も、


――ひゅんっ

――カキンッ


 という音の連続を耳にする。その度に方向を修正し、走り続ける。そしてついに、背後からガイの叫び声。

 

「来たぞー! 〈魔術師殺し〉だ!」


 どこだ? 視界の左右には見当たらない。立ち止まって振り返るが、そこにも期待するものはない。代わりに遠くでガイが、俺の頭上向けて矢を射るのが見えた。


 俺は天を仰いだ。


 迫る来る隕石の赫々たる逆光とジェットエンジンの如き轟音の中、それはゆっくりと羽ばたきながら降りてきた。


 そのとき俺は初めて、無意識に〈魔術師殺し〉がヒトの形をしていると思い込んでいたことに気付いた。


「な、なんじゃこりゃあ……」


 ギョロリとこちらを睨みつける爬虫類の双眸。血にまみれた口から覗く乱杭歯。悪魔を思わせる巨大な黒い翼。盛り上がった筋肉が蠢く獅子の体躯。禍々しく先端の尖った蠍の尻尾。


 化物じゃん。


 アラーダが大音声で呪文を唱えるのが聞こえた。


『大地よ、三度勃みたびおこりて、彼の地に壁を築け――大地障壁アースウォール!』


「ちょちょちょちょっと待ってー! 一対一ってのは、相手が人間だったときの話でぇぇええ――!?」


 俺の叫びは大地からそそり立つ三枚の壁に阻まれ、誰にも届くことなく虚しくかき消えた。壁はたちまち天を覆うほどに成長し、俺と〈魔術師殺し〉を中心とした、二十畳程の三角錐型シェルターを形成した。


 騒々しい外界がシャットアウトされ、暗闇が訪れる。シェルターの中で光るものは俺の身体から発せられる〈聖衣〉の燐光だけ。つまり俺から〈魔術師殺し〉は見えなくなったが、〈魔術師殺し〉からは俺が見える。


 シェルターが形成された三秒後、俺の首は〈魔術師殺し〉の大きな顎の中で噛み砕かれた。


〈21:30〉

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