向こう岸の戦場
砦から二つ目の橋を通り過ぎようとすると、どこからともなく毒針が飛んできて俺を殺す。木や岩の遮蔽物に隠れながら進んでも、姿をさらした一瞬のうちに毒針が飛んで来る。
二つ目の橋より前の地点で川に飛び込んでも、城の堀のときと同じで、水深が足りず、隕石爆発に巻き込まれて死んでしまった。
姿の見えない、厄介な狙撃手。魔王軍の者だろうか。勇者である俺を狙っているとか? まさか。勇者の召喚に成功したことは砦の中の人間ですらまだほとんど知らないはずだし、俺の一般兵士への変装はバッチリのはず。
ともかく、狙撃手がどこにいるか、どこから俺を狙っているのか。それを把握しないことには、ここから先には進めそうにない。
〈21:24〉
「はぁーっ……」
俺は思い切って、マィアウリス砦を出てすぐのところにある橋を渡った。
対岸には戦場が広がっている。Wifiが飛んでたら「戦場なう」とでもツイートしたいところだ。
歴史の授業で、「昔の戦争は名乗りを上げて一騎討ちするなど、儀礼的で形式的なことが多かった」とか聞いたことあるけど、このファンタジー世界でやってる戦争はかなりガチっぽい。戦場に近付けばそれだけ死のリスクが増すのは明らか。できることなら橋を渡りたくはなかったが、狙撃手がいるとしたらこっちだもんな。しゃーなしだな。
戦列を作る兵隊たちのすぐ後ろを、俺は馬に乗って何食わぬ顔で走る。兵士の何人かは俺の方をちらりと見たが、職務遂行中の伝令だと思われているのか、何も言われずにスルーされる。
いいぞ。この調子で何事もなく川下りを続けられたらいい。戦場に選ばれている場所はほぼ平野で、馬を遮るものはない。
しかし、密集隊形になって固まっている兵隊たち――中隊とか百人隊とか呼ばれる戦闘単位だろう――を幾つか通り過ぎた頃、風景に明らかな違和感が生じた。
地面が赤く染まり、そこかしこに死体が転がっている。
近くに敵の姿はない。魔王軍と斬り結んいる兵隊たちがいるのは、俺から見て左手1キロ先ってところだ。ところがこの死体は前線よりも後ろにある。こちら側は一進一退の攻防を繰り返しているのだろうか?
馬の足を緩め、血の海に入り、兵士の死体に近寄ってそれをよく観察する。軽装だ。俺の着ている正規兵の革鎧とデザインは似ているが、ローブの形をしている。
そしてグロい。内臓が口から飛び出している。あれ。これ、俺が狙撃手にやられたときと同じ死に方じゃね? まさかと思って顔を上げると、右手前方には既に二つ目の橋が見えていた。俺が殺された場所に近い!
――ひゅんっ
危ない。そう思った瞬間に馬から飛び降りたが、遅かった。太い毒針が、これ見よがしに俺の左腕に刺さっていた。
「うう……失敗した……」
俺は地面に転がり、大の字になった。腕時計が示す時間は、
〈21:26〉
橋にたどり着く時間が、向こう岸を渡っていたときよりも二分早い。以前は蛇行する川に沿って走っていたのに、今回は戦場をちら見しながら走っていたせいでコースが直線的になり、だいぶショートカットしていたようだ。時間を短縮できたのはいいが、狙撃が来るタイミングを見誤ってしまった。
やがて来るであろう毒の苦しみを思い出し、恐怖に怯え、目を固く閉じる。
――くそっ、狙撃手はどこにいるんだ? 姿すら見せないじゃないか。まさか本当に透明なのか? だったらどうしようもないぞ!
ガサゴソと近くで物音が聞こえた。同時に、身体の中を不思議な感覚が通り抜ける。暖かい風が頬を撫でたときのような感覚。
――なんだ? 狙撃手が死体を確認しに来たのか? これは姿を拝むチャンスか?
おそるおそる目を開けると、弩がこちらを向いていた。




