わからん殺し
〈21:24〉
崖から飛び降り、倉庫に侵入し、薬を盗み、通りに出て、罠を仕掛け、馬を奪い、砦の外に出る――ここで残り六分。
前は戦場の反対側ということで砦の南へ馬を走らせていたが、今回はそうもいかない。川は砦を囲むように蛇行しながら東西に流れている。地図では東端に海が見えたので、西側が上流、東側が下流ということになる。
俺は迷うことなく東へと馬首を向けた。一般に、川は下流に行くほど合流して水嵩を増すため、川幅が広がり、水深も深まる。水を隕石爆発に対する防護壁として利用するなら、川の下流に行くほど効果的だろう。最悪、河口よりも先――つまり海まで行けば、爆発の被害からは確実に逃れることができるはず。原爆が落ちて広島湾が無くなったとかいう話は聞かないし……まあ、六分で河口まで辿り着けるかは怪しい。行けるところまで行って、時間が来たら川に逃げ込むしかない。
夜闇の中、川の向こう岸に無数の火が上がっている。鬨の声が悲鳴と入り混じってこちらに届く。魔王軍の兵士の姿は遠くておぼろげだが、亞人連合の兵士たちの背中ははっきりと見える。川を背にして、橋を渡らせまいと死闘を繰り広げている。俺は砦で見た布陣図を思い浮かべる。橋を突破されたら魔王軍に砦が包囲されるわけだ。連合軍としては援軍が来るまでここを持ち堪えたい、といったところだろう。
おかげで此岸には人っ子ひとりいない。南に逃げていたときより戦場がぐっと近くなって戦闘行為に巻き込まれないか不安だったが、この川を挟んでる限りは大丈夫だろう。俺は馬に拍車をかけ、川べりを走る。
問題は隕石爆発を逃れた後、どうするかだな。砦は壊滅しているだろうから、どこか別の街に行くしかない。それも歩きで。俺が川底に潜って生き延びることができたとしても、馬に同じ真似をやらせることはできないからな……。目指すとしたら南方だ。記憶の中の地図では、歩ける距離にキッサニアとかいう街があった。
隕石の被害がその街まで及んでいたらどうしよう? ベッドで眠るのを諦めるどころか、もしかしたら数日間は飯にありつけないかもしれない。それで餓死したらまたループするのか? あークソッ、考えるだけでも気が滅入る。
なんてことを考えているうちに、新しい橋が見えてきた。砦を出て二本目の橋だ。俺は時計を見た。
〈21:28〉
ふむ。この時間に二本目の橋に辿り着くのか、覚えておこう。
さて、隕石の時間が近い。そろそろ決断のときだ。三キロくらいは川を下ったはずだ。もう川もだいぶ深くなってるんじゃないか?
俺は手綱を引いて馬を止めた。そのとき、
――ビュン!
と、風切り音がした。
「熱ッ!」反射的に俺は首の後ろに手をやった。「いってぇー……なんだ?」
馬の蹴った石ころにでも当たったかと思ったが、違った。首の後ろに硬い感触が残っていた。俺は迷わず、その硬いものを引き抜く。
――矢、ではない。針だ。
太さ2ミリ、長さ5センチ程の針だ。俺の血にまみれている。
針の先端には〈返し〉がついていて、ピンク色の肉を少し巻き込んでいた。ちょっとグロいな。
「うっぷ」それを見ていたら急に、吐き気が襲ってきた。「おえ……」
いや、確かにグロテスクな代物だが、吐き気の原因はそれではない。この程度のグロ画像なら、ネット上で意図せずいっぱい見てきた。
背筋を寒気が走った。額に脂汗が浮かぶ。
おかしいぞ。今回はちゃんと酔い止め薬を飲んだ。召喚酔いは抑えられているはずだ。薬の効き目が切れた?――そんなことは今まで一度もなかった。ありえない。
喉の奥から温かいものがこみあげてきて、馬の上にぶちまけた。ブルルン、と馬が嘶く。
カンテラに照らされた吐瀉物は赤黒い固形物だった。まるで俺の内臓がすべて吐き出されたかのように――
って、〈ように〉じゃねえ! これどう見ても俺の内臓じゃん! すげえ! 口から内臓垂れてるよ俺! ナマコかよ!?
はいはい。この症状は召喚酔いではありませんね。どう見ても毒です。ありがとうございました。
実績のロックが解除されました――〈毒死〉。なんつって。




