魔力を喰らうという魔物
〈21:28〉
「〈聖衣〉!」サハギーは防御魔法を唱えた。「さあ、準備はできましたよ、ガイさん」
「サンキュー旦那!」淡い光に包まれた弓兵は背後に声をかける。「じゃあ、援護は頼んだぜ、姫!」
「誰が姫よ!」踊り子はそっぽを向く。「……マンティコアが降りてきたら、すぐに〈大地障壁〉を張るから、巻き込まれるんじゃないわよ」
「そっちこそ、間違って俺の方を閉じ込めないでくれよ?」ガイはくっくと笑う。「さあてと、ちょっくら金貨千枚もらってくるぜ!」
「ご武運を」と、サハギーが去りゆく弓兵に祈りを捧げる。
地面に座り込んで一連の流れを傍観していた俺も、小声で「がんばって奴をひきつけてくれ……」と呟く。
今回も俺はこいつらにマンティコア対策を提案したが、自分自身は怪我で動けないというフリをして、囮役を弓兵のガイ=バエシに代わってもらった。
狙いはもちろん――
「来ましたよ!」サハギーが叫び、夜空の一点を指す。「アラーダさん、準備を!」
半魚人の示した先に浮かぶのは、燃えあがる獣の双眸――マンティコアのお出ましだ。
「ええ、わかってる!」
アラーダは〈大地障壁〉 の詠唱を始める。
それと同時に、俺は地面を蹴って走り出した――川の下流へ。
「ッ!?」アラーダが驚いて俺のほうを振り向く。「あんた、動けないんじゃなかったの!?」
「アラーダさん、いいから! 」サハギーがたしなめた。「呪文詠唱を中断しないでください! ガイさんが危ない!」
「あーくそ、気を取られた! 伝令の馬鹿のせいでやり直しね!」アラーダは再び詠唱を始めようとした。「……って、マンティコアはどこ!?」
「そんな! さっきまでガイさんの頭上に……」サハギーが周囲を見回す。「あ、あそこです!」
俺は背後の騒ぎを気にもとめず、一直線に川へと走って、そのまま岩場から飛び込み――
「……あ、あれ?」
――飛び込んだはずが、川の水面が近づくどころか、みるみるうちに離れていく。
っていうか、飛んでいる。地面から足が離れている。宙に浮かんでいる。
あ、脇腹が痛いぞ。なんかめり込んでる。硬いやつがめりこんでいる。これはなんかわかってきた。
爪だ。巨大な爪が俺の胴体を締め付けている。
「……ってぇーことは……」
おそるおそる俺が振り向くと、そこには大きく顎を開いた獅子の顔面があった。
俺は空中でマンティコアに鷲掴みにされたまま、頭からガブリとひと齧りされた。
* * *
〈21:26〉
司祭服の半魚人が両手をかざす。
「動かないで。じっとしてください」
またしても俺は、マンティコアの飛ばす毒針を喰らい、地に倒れ伏していた。
「くそ……なんでだ……なんであいつは俺を狙ってくる……」
隕石爆発から逃れるために川に逃げこむのは名案だと思っていた。
しかし、川の下流、二つ目の橋から先に行こうとすると、どうしてもマンティコアが俺を襲ってくる。
他の人間を囮に使おうとしても、マンティコアは構わず俺の方に向かってくる。
嫌がらせのようなモンスターの配置。クソゲーだ。
「あなた、魔術師でしょ」俺の独り言にアラーダが答えた。 「あれは〈魔術師殺し〉よ。〈魔術師殺し〉のマンティコア。正規軍なら聞いたことあるんじゃなくて?」
「俺は魔術師じゃない! 魔法なんて使えない、一個足りとも!」
俺は叫んだ。魔法が使えたらどんなによかったことか。
「本当に?」思案げになるアラーダ。 「……となると、〈魔術師殺し〉は今、無差別に対象を選んでいるってわけ?」
「いや!」俺は叫んだ。「無差別じゃない……! あいつは、明らかにあいつは……俺を狙っている! 前もそうだった! 前の前も……前の前の前も! 何度も何度も! あいつは! 俺だけ!!!」
「おいおい、落ち着けって、伝令さん」長髪の弓兵が俺をなだめる。「よほど〈魔術師殺し〉に好かれてんだなぁ、アンタ」
「治療は終わりましたよ」サハギーがそう言って立ち上がる。「……ふむ。しかし魔術師でもないのに狙われるとは、何故でしょう? 何か心当たりはお有りですか? 以前あの魔物と遭ったときに攻撃して、恨みを作ったとかは?」
「いや」俺は首を横に振る。そもそも毎回会うのは初めてなのだが、真面目に説明すると面倒だ。「俺から攻撃したことは、一度もない」
「……変ね。てっきり私は、その辺に転がってる奴らみたいに、あなたが私たちより階梯の高い魔術師だから狙われたのだと思ったけど」
アラーダが言っているのは、目の前にある魔法兵連隊の死体だ。
こいつら傭兵三人組も同じ魔法兵だけど、練度は正規軍より劣っているらしい。
まあ、確かにアラーダの魔術師としてのレベルがさほど高くないことはわかる。身をもって知っている。
魔法でマンティコアを閉じ込めようとして、間違って俺の方を閉じ込めるくらいだからな。
「連絡係を優先的に狙えと命令されているのかも。魔物にもそれくらいの知能があるやつはいるわ。マンティコアがあなたの顔とか臭いを覚えているとしたら……」
いや、それはない――と思ったが、口には出さなかった。
そもそも俺は伝令ではないし、マンティコアに顔を見られるのも毎回初めてのはずだ。
それ以外に何か、俺があいつに狙われる理由。
俺だけが狙われる理由が、俺自身にあるはずだ。
……心当たり、ないことはない。
まさかとは思うが――
* * *
〈21:21〉
「勇者が召喚されることは、魔王軍も知っているのか?」
砦の中を案内されている間、俺はヨルに訊いてみた。
「勇者召喚の儀を? ……まさか。軍事機密ですよ、厳しい情報統制が敷かれています」
「む。そうか……」
「そうです。私が勇者召喚という大業を成し遂げられる程の大魔術師というのは、まだ軍内部にしか知られていないことなのです、残念ながら……」
俺は首を傾げる。
それがマンティコアに狙われる理由だと思ったのだがな。
つまり、俺が勇者だから、魔王軍に危険視されているのではないか、ということだ。
考えてみれば隕石が落ちるのだって、あまりにもタイミングが良すぎる。
魔王軍が勇者召喚の時間と場所を把握していたから、そこを狙って落としているのではないか。
うーん。ヨルはこう言っているが、例えば軍にスパイとかがいて機密が筒抜けになっている可能性もあるんじゃないか?
……まあでも、隕石爆発の被害範囲広すぎて、魔王軍もめっちゃ巻き込んでるよな。
やるにしても普通、自軍を引っ込めてからやるか。
ひとりの人間を殺すために、何万人もの同胞を巻き込むとは思えない。
隕石の方は本当に偶然の、ただの自然災害と考えるほうが自然かもしれない……。
「……しかし噂は広まり、ゆくゆくは私の高名も世に轟くことでしょう。その暁には……」
「あれ?」恍惚としたヨルの独白を聞いていたペオルが口を挟んだ。「でも、ヨルさん、国際魔法学会のときに発表したって言ってませんでしたっけ?」
「……それは初耳だな」俺の後ろでガチャリと甲冑が鳴った。ラートの目が光り、ぼそりと呟く。「機密漏洩。軍法会議……」
ヨルが慌てふためく。
「あ、あれはあくまでも理論の部分を発表しただけで! 具体的な勇者召喚の手法については何一つ述べていない! しかも私が宮廷魔術師として任命される前の話です! あの発表がお偉方の目に止まって私は予算をもらえたわけですから、そこから遡って法を適用するのは流石におかしいでしょう!?」
ちっ、とラートの舌打ち音。こいつ、よほど上司が嫌いなのか。
「うーん」ペオルが唸る。「でもそうなると、ヨルさんが勇者召喚の研究をしていたことは、誰でも知ることができたわけですよね。ヨルさんが宮廷魔術師であることも機密ではないわけですから、この二つの情報を結び付けられたら、誰だって『ヨルさんが勇者さまを召喚しようとしている』と……」
「ま、まあ!」ヨルが言葉を遮った。「その可能性もゼロではないということですね! そこまで推測できる者が魔王軍にいたなら、なかなかの切れ者だと褒めざるを得ませんな! アッハッハ……」
ヨルが汗でずれた眼鏡をくいくいと直す。
「フン」ラートが呆れたように鼻息を鳴らす。「まあ、勇者召喚などという御伽噺、我が軍ですら信じている者はそうそういない。予算だって、たまたま組織再編のおこぼれで余った金が、物好きな宰相の気まぐれで降りてきたようなもの。現に私だって、お前が勇者だとはまだ信じていないぞ。その力、戦場で見せてもらうまでは……」
しばらく付き合って何となくわかってきたが、どうもラートは軍からヨルの監視役を押し付けられているらしいな。肩書きはヨルの方が上だが、単純な上下関係にはないってわけか。
「……まあ、常識的な感覚からすると、魔王軍が勇者召喚を予測している可能性は、低いってわけか……」
――だとしたら、俺がマンティコアに狙われる理由は、なんだ?
* * *
〈21:26〉
「……変ね」アラーダは首を傾げる。「てっきり私は、その辺に転がってる奴らみたいに、あなたが私たちより階梯の高い魔術師だから狙われたのだと思ったけど」
俺はふと思い立って尋ねてみた。
「魔術師のレベルか。ちょっと気になっていたんだが、レベルってどうやったらわかるんだ?」
少なくとも俺は外見で誰がレベルいくつかとか、判断できないぞ。
異世界だからと言って、ネトゲみたいに人物の上に名前とか数字が浮かんでるわけじゃないもんな。
俺の質問に答えてくれたのはサハギーだった。
「どんな職業でも、自分のレベルは自分で自然とわかるものですが、他人のレベルを判断するのはそう簡単ではありませんね。代表的な手段としては、〈調査〉という情報魔術です。これは他人のステータスを盗み見ることができる呪文です」
「俺たちの中で覚えてるやつはいねえけどな。情報系は大規模なパーティじゃないと覚える余裕がないんだよ」
とは、弓兵ガイの言葉だ。
サハギーはそれに頷き、言葉を続ける。
「魔物の中でも、魔力を喰らう魔物の仲間には、同じことができる目を生まれつき持っているものがいます。いわゆる〈魔眼〉ですね。おそらくはマンティコアも、そういった類の魔眼を持っているのでしょう」
「博識だねえ、旦那は」とおだてるガイに、半魚人は胸を張った。
「聖職者としては当然です。この世界を知ること、それは即ちこの世界を作り給うた神の御業を学ぶことと同じですから」
「魔力を喰らう魔物……か」
俺はそこに少し違和感を覚えた。……ええい、率直に聞いてみるか。
聞かぬは一生の恥、聞くは一瞬の恥と言う。
っていうか、どうせすぐ死ぬし。
「魔力が必要なら、なんで魔力そのものを察知しないんだ? 魔力はレベルを測るよりも難しいのか?」
やはり答えたのはサハギーさん。
「……まあ、難しいと言っても、他人の体力が見かけではちょっとわからないのと同じです。情報魔術ではレベルも魔力も同時にわかりますから、魔眼でもきっと同じように見えているのだと思いますが……」
「レベルが高いほど魔力の最大値はあがるんだから、結局どっちを見てても同じことよ」とアラーダがツッコミを入れる。
「しかし……」とサハギーが顎に手を当てる。「言われみればそうですね。『レベルを見て襲う魔物がいる』というのも、所詮は昔からの言い伝えですから、厳密に検証されたわけではありません。実際は、魔力とレベルのどっちを察知しているかはわかりませんね。『レベルを見て襲うと思われていた魔物が、実際は魔力の方を見ていた』……本当だとしたら面白いことです。新しい研究になるかもしれない」
「旦那ァ、学者肌も結構だけど、金にならない研究をするのは程々に……」
「いやいや、これも聖職者としての義務で……」
「まあ、お金がなくて私たちの仲間になってくれてるんだから、私は文句ないけど……」
三人がワイワイやってるのを尻目に、俺はサハギーさんに言われたことを反芻する。
マンティコアが他人のステータスを見る〈魔眼〉を持っている可能性。
〈魔眼〉は、職業レベルや魔力を判定できるものらしい。
この話が本当だとすると、マンティコアが俺を狙う理由に、新しい説が立てられる。
「……魔力って、魔術師じゃなくても持っているものなのか?」
「はあ?」アラーダが言う。「そりゃそうでしょ。筋肉だって魔力で動いているんですもの、魔力がなきゃ指一本動かせないわよ」
だよな。
いつだったか、ヨルが似たようなことを言っていた。
この世界の自然現象は魔力で動いている、って。
俺もこの世界で普通に生きてるってことは、魔力を持っているはずなのだ。
「なあ、俺がいま魔力をどれくらい持っているか知りたいんだが」
「おいおい」長髪の弓兵が肩をすくめる。「俺たちの中で〈調査〉を覚えてるやつはいねーって言ったじゃん」
「魔術師の鍛錬を積んでいたら自分でわかるものなのですが、他の手段は今ここでとなると……」と、サハギーが言う。
「っていうか」アラーダは眉をひそめる。「魔法も使えないのに、そんなのわかってどうするのよ」
「……いいか、よく聞いてくれ」俺は立ち上がって注目を集めた。「マンティコアには魔法が効く。これは俺が過去の経験から知った事実だ。 そこでひとつ、俺から提案がある。魔法を使って、マンティコアを封じ込める作戦だ……」
俺はいつものように、サハギーさんの〈聖衣〉で守られた囮役でマンティコアをおびき寄せ、それをアラーダの〈大地障壁〉で閉じ込める作戦を伝えた。
「……問題は、アラーダさんの魔力が無いって点だよな。そこで、ガイって言ったっけな、あんたの〈魔力吸収〉 を使う。それで俺から魔力を吸ってくれ。経路を逆向きにすれば、仲間にも魔力を分け与えられるんだろ? ……作戦は以上だ。 賞金の金貨千枚はあんたたちで山分けすればいい。悪い話じゃないだろ?」
「な、なんで私の残存魔力を!?」「なんで俺の隠し技を!?」「なぜ私の魔法を!?」
アラーダ、ガイ、サハギーが三者三様に驚く。
「細かいことはいいだろ。俺は急いでいるんだ、このあと用事があってな。やるなら早くしてくれ。どうだ、乗るのか? 乗らないのか?」
三人は輪になって何やら話し合ったが、すぐに判断は下ったようだった。金貨千枚の魅力は大きい。
サハギーさんが申し訳無さそうな顔をして、俺の方を見て口を開いた。
「もしあなたの魔力があまりにも少ないと――魔術師じゃないのですから、少なくて当然ですが――少し吸っただけでも命にかかわります。本当に良いのですか?」
俺は頷いた。
「ああ、構わない」
「じゃあ、あんたから魔力を吸い取るぞ。体調がヤバくなったら言ってくれ」ガイが俺に向かって手をかざす。「まったく。一体これで、あんたに何のメリットがあるってんだよ?」
「俺はただ、あの魔物にもう二度と会いたくないだけだなんだ。いいから始めてくれ」
「あいよ」と言って、ガイは短く呪文を唱えた。
青白い魔力の奔流が、俺からガイの両手へと流れ出す。
献血で注射されたときのような、奇妙な感覚があるが、耐えられないほどではない。
〈21:28〉
時計を見ると、例の時刻まであとニ分。
「おいあんた」ガイが不安げに言う。「まだ大丈夫なのか? 」
「ああ、問題ない。続けてくれ」
ガイが俺の魔力を吸い続けてる間に空は赤らみ始め、ジェットエンジンのような轟音が聞こえてくる。
「ねえ、なにあれ」と、空の一角を指したのはアラーダだった。
「なにか、空の様子がおかしいですね……」サハギーが目を細める。
空を仰ぐ二人の仲間をよそに、ガイだけは別のことに驚きを覚えていた。
俺の身体からガイの両手へと流出する青白い粒子の群れは、未だに勢いが衰えていない。
「……おいこれ、終わんねえぞ! 本当に大丈夫なのか! お前どれだけ魔力持ってるんだよ!」
その一方で夜空には、みるみる大きくなっていく赤い凶星。
「ちょっと!」アラーダが騒ぎ出す。「なんか空がヤバいんだけど! これ逃げたほうがよくない!?」
「ま、まさか……まさかこれは、古より伝え聞く十大禁呪のひとつ、〈彗星……」
〈21:30〉
隕石爆発の音によってかき消され、サハギーの言葉は最後まで聞き取れなかった。
その場にいた俺たち四人は爆風で散り散りになった。
俺は肋骨を折り、肺を焼かれ、皮膚を爛れさせながら、地面で蛆虫のようにのたうちながら、心の中では会心の笑みを浮かべた。
今回は成功回だ。大きな進展があった。
マンティコアが俺を狙っている理由がわかった。
――魔力だ。やつは魔力を多く持っている人間を狙っているんだ。
どういうわけか、俺には大量の魔力があるらしい。




