表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

甘く見ていた

砦の中で乗馬練習を計三時間ほど行った後、俺は覚悟を決め、ポチをツェンテル門へと走らせた。カンテラを低めに持ち、顔を見られないように俯く。


「おーい、さっきの不審者はどうした?」

門衛が俺の姿を認め、声をかけてきた。


間諜スパイだ!」俺は門衛から顔を背け、あべこべの方向に指をさした。「壁を越えて逃げやがった!」

「なに!」

「俺は後を追う! そこをどけ!」

言いながら拍車をかけ、馬を加速させた。


「うわ、ちょっと」間一髪で門衛が馬を避ける。「なんかお前、声が違……?」

「じゃ!」

「お、おい待て! 何もお前が行くことはない! 将軍への報告がまだだろ!」

背後で何やら門衛が叫んでいるが、もう遅い。

俺は砦の外堀に架けられた跳ね橋を渡り、ついに外の世界へと繰り出した。


〈21:24〉


作戦会議室で見た布陣図を思い返す。


魔王軍は、マィアウリス要塞の北東と北西の二方面から攻めてきている。対する連合軍の数は半分ほどで、ほぼ半包囲されている形になっていた。砦の背後に控える街を守るため、みんな必死で戦っていることだろう。数分後に隕石が落ちてきて、その努力が無駄になるとも知らずに……。


少し可哀想な気もするが、ま、結局は他所よその国の人のことだ。無関係な戦場に召喚された俺のほうが可哀想だと思う。自分の命がいちばん大事です。


とっとと逃げよう。


方向は南一択だ。北に逃げて、戦闘に巻き込まれるのは論外。はぐれた魔物が俺を襲うってこともありえそうだしな。


布陣図を信じるなら、南に魔王軍はいない。ただ、まったく不安要素がないわけでもない。南方の街から来たと思しき援軍が、北上している最中なのだ。南に逃げ続けるとすれば、こいつらとかち合うことになる。魔物と遭遇するよりはリスクは低いだろうが、何かしら手を考えなければ。


勢いに任せてすれ違うか?

物陰に隠れてやり過ごすか?

正直に話して保護してもらうか?


うーん。

細かいことは、実際に部隊と遭遇したときに考えればいいか。


ツェンテル門は北西を向いていたので、俺は砦の周囲をぐるりと半周し、ポチに南向きの斜面を下らせた(本当は南の門から出たほうが速いけど、途中の官邸あたりに兵士がわんさかいるので怖いのだ)。


そこで俺ははたと気付いた。


俺が乗馬の練習をしていたのは、ずっと砦内の舗装された地面の上だった。舗装されてない道を、それも岩石がごろごろ転がった斜面を馬で走る練習はしていない。経験したことのない縦揺れに驚き、俺は手綱を一瞬手離してしまった。


そのとき、ひときわ大きな岩が道の真ん中に現れ、ポチがそれを越えるべく跳躍した。振り落とされないように、俺は慌てて馬の首にしがみつく。着地した瞬間、衝撃で俺の下半身が鞍からずり落ちた。視界が、馬の首を支点に、ぐるりと回った。


気づけば俺は地面に叩きつけられ、栗毛の腹が頭上を覆っていた。ポチの脚が革鎧越しに俺の胸を踏みつけ、

――ボキッ!

と鈍い音が体内に響いた。


肺に骨が刺さったのか、息を吸うことも吐くこともできない。赤い液体だけが口から溢れてくる。


薄れ行く意識のなか、俺は走り去っていくポチを睨むことしかできなかった。


〈21:25〉



――結局、俺が障害競走に出れるほどの腕になるまで、ポチに六回殺された。


馬がとても危険な生き物だということを、身を以って知った。実家のポチに似てるのは栗毛と白い尻尾だけ。重さも大きさも十倍以上ある筋肉の塊だ。甘く見てはいけない。


ポジティブ・シンキングの弊害として、俺は物事を甘く見すぎる傾向があるようだ。


……そう、俺が甘く見ていたと痛感したものは、もうひとつあった。


隕石の威力である。


「援軍の部隊と遭遇したらどうしよっかなー?」などという心配は杞憂だった。


何度も何度もポチを使って南の草原を走らせたが、どんなに速く、どんなに遠くまで到達できたときでも、部隊と直接遭遇することはなかった。


彼方の闇に、部隊らしき灯りの群れが見えた――と思った頃には、空から赤く輝くものが轟音と共にやって来て、地上の夜は振り払われる。


身を焦がす熱線。

火の海と化す野原。

首をもぎ取る衝撃波。

薙ぎ倒される木々。

銃弾のように飛来する無数の礫。


爆風で馬と一緒に吹っ飛ばされた数秒後、吹き戻しがやって来て、再び身体がボロきれのように宙を舞う。


砦にいたときのように一瞬で死ねるのは、まだ幸せだったと気付いた。砦の外では、運悪く(﹅﹅﹅)最初の一瞬を生き延びてしまうことがある。そうすると、肺が破裂し、内臓が口から飛び出た状態で、数分間もがき苦しむことになる。


火球がキノコ雲となって空を上昇し、夕焼けのように辺りを赤く染める。


耳鳴りが収まったとき、部隊のいた方向から無数の呻き声が聞こえることに気付く。そこには、かつて人間だったものの群れが、手足のもがれた黒蟻のように地面を蠢いていた。


この隕石の威力――おそらく、10分間フルに馬を走らせたとしても、被害の及ばない地帯まで逃げきることは不可能だ。


俺はそう悟った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ