第6章 聖なる樹、トリニティ、森の加護
「第6話は非常に長編となったため、1つの章の中で3つのパートに分けてお届けします。かなりボリュームがありますが、作中には私がどうしても紹介したかったイサーン(タイ東北地方)特유の言葉や価値観が込められています。現代的なイサーンの視点を描きつつも、古き良き伝統的な価値観もしっかりと残した内容にしました。こうした文化や魅力を、これからも未来へ向けて描き続けていきたいと思っています。」
#6 聖なる樹
朝の陽が、乾きはじめた大地を照らしていた。ぬるい日なたの匂いと、味気ない土の匂いが、鼻先をかすめていく。アティウスはプラン畑の前に立ち、考え込むように見つめていた。毎日目にする光景は、旧世界の科学の理を、いやおうなく思い出させる。同じ作物を何年も同じ土地で作り続ければ、土の養分とミネラルが尽きるのは、当然のことだ。幸い、プランはあまり水を必要としない作物らしい。それでも、隣の畑に目をやれば、いまはプランが一本も芽吹いていない。土の状態は危機的だった。見渡すかぎり、乾ききった砂まじりの土が広がり、大小の粗い石ころが、あたり一面に散らばっている。
ドンバン村に残された時間は、日に日に減っている。ぐずぐずしてはいられない。アティウスは頭の中の疑問を振り払い、小川の水汲みをイスイと一緒に忙しくこなす父トゥイスのもとへ向かおうとした。だが、数歩進んだところで、自分の考えにつまずいた。養分だの、ミネラルだの、科学の話を、農耕の黎明期に生きる村人たちに、どう説明すれば、いちばんわかりやすく伝わるのだろうか。
仕方ない。こうなったら、あれを使うしかないか。少年の姿をした天才は、村人たちが「加護」と呼ぶものの正体が、本当は何なのか知らない。この世界の定義は、曲がりくねっていて、わかりにくかった。水の加護、火の加護、森の加護。だがひとつだけ、彼にもわかったことがある。この世界では「加護」という言葉が、とてつもない言葉の力を持っているということだ。言葉は権力である、と著名な哲学者デリダは言った。この世界もまた、その法則で動いている。言葉が人々の信仰を動かす力を持つのなら、「あの土は加護が足りないんだ」と村人たちに伝えればいい。養分やミネラルの話は、あとで、少しずつ説明して教えていけばいい。
今日のアティウスの主な目的は、森の奥深くへ入り、塩の産地を探すことだった。村の命をつなぐ貴重な資源だ。旧世界で身につけた観察の技を使い、熟練の猟師五人と父トゥイス、そして四匹の灰色の仔狼を率いていく。仔狼たちは、いまやすっかり大きくなって、頼もしいほど迫力がある。大木の木陰を静かに進む道中、アティウスは、塩が体にとってどれほど大切かを、猟師たちに丁寧に説明した。人は汗をかいて重労働をすると、体内のミネラルを失う。ナトリウムを補わなければ、体は弱り、足がつりやすくなる……そう話しているうちに、アティウスは、村人たちが崇める「森の加護」の意味を、少しずつ読み解きはじめた。
森の加護が働くと、その人の感覚は驚くほど研ぎ澄まされ、身体の力も大幅に高まる。科学の目で見れば、旧世界の人間が、アドレナリンの作用で、火事場から甕を抱えて逃げ出すといった、信じがたい力を出す状態とよく似ている。ただしこの世界では、感覚まで鋭くなる。これが、この世界の人々が「加護」と呼んでいるものなのか……少年は頭の中で、整然と情報を組み立てていった。
森の奥へ足を踏み入れた初日、一行は、角の生えた巨大ウサギの魔物に出くわした。体は赤ん坊ほどもふくれている。この低級の魔物の恐ろしさは、桁外れの脚力と、高く跳んで額の鋭い角で獲物を貫く突進にある。だが、アティウスは慌てなかった。猟師たちと連携し、仔狼たちに合図を送って、追い込みをかけさせる。そしてウサギの目をくらませる作戦で誘い込み、突っ込んできたウサギの角を、大木の幹に深々と突き刺させた。身動きの取れなくなった魔物にとどめを刺すのは、全員でかかれば、造作もなかった。
ところが、アティウスの目を、魔物を仕留めたこと以上に見開かせたのは、そのウサギの巣の近くにある場所だった。深い森のただなかに隠れた、頭よりも高い草が広がる、広大な草原。近寄ってじっくり観察すると、少年の心臓は激しく鳴りはじめた。草の穂には、大小さまざまな実が、びっしりとついていたのだ。
間違いない。これは野生の稲だ! 探している聖なる樹ではなかったが、これが食料の一大宝庫であることは、アティウスにはよくわかった。彼は父と猟師たちに、草を刈り、できるだけ多くの実を村へ持ち帰ってほしいと頼んだ。それから、持ち歩いていた獣の皮と、墨の棒を取り出し、森の位置を丁寧に地図に描いて書きとめた。もちろん、この時代にはまだ文字というものが広まっていない。猟師たちもトゥイスも、少年の行動を、ただ不思議そうに眺めているしかなかった。
金色の瞳の仔狼たちが両脇を固め、捕食者の気配を放っていたおかげで、一行はほとんど魔物に出会わずに進めた。やがて探検隊は、地下に眠る天然の塩の鉱床にたどり着いた。みんなが歓声を上げ、岩塩を籠に詰めていく。
そのとき、塩場の縁に目をやったアティウスの視線が、ひと株の小さな茂みに吸い寄せられた。旧世界の宗教の伝説で、モーセが洞窟で見たという、闇の中から燃え上がる炎の柱ではない。だが、なじみ深い香りが鼻をくすぐった瞬間、アティウスは目を見開いて、思わず大声で叫んでしまった。
「聖なる樹……ホーリーバジル、ガパオだ!」
興奮が少し収まると、アティウスはさっそく次の計画を立てはじめた。森から戻ったら、ミアーと村の少女たちに大切な役目を任せるつもりだった。前世で読んだ話では、女性は男性より、色合いの微妙な違いを見分ける能力が生物学的に高いという。そこで彼は、ミアーに、周辺で「トウガラシ」を探す手伝いを頼むことにした。トウガラシと野生のニンニクの姿かたちを、ミアーに真剣に聞かせたのだ。食事の一大革命への準備のために。
6.1 トリニティ
今回、聖なる樹であるガパオを野生のまま見つけたことで、アティウスは頭が割れそうなほど考え込む羽目になった。ガパオは丈夫な植物でありながら、同時に弱さも抱えている。この村の劣悪な気候と土に、株ごと掘り起こして植え替えれば、根づかなかったり、目の前で枯れてしまったりする危険がとても高い。そこでアティウスは、なんとかガパオを無事に村へ持ち帰って育てられるよう、旧世界の技を応用して知恵を絞った。そして、挿し木が、いまのところ最も生き残る見込みが高い方法だろう、と結論した。
探検隊が村に戻ると、塩と野生稲の実の量に、村人たちは胸を躍らせて大喜びした。アティウスはすぐさま、姉のミアーと、村の少女四、五人のもとへ走った。色の微妙な違いを見分ける力を持つ女性たちに、植物探しを手伝ってもらうのが最善だ、というのがアティウスの考えだった。彼は、さきに説明した特徴のとおりにトウガラシと野生のニンニクを探してほしい、と頼んだ。ミアーは弟の役に立てることを、たいそう喜び、張り切った。
それでも、アティウスにはこの土地の地理の知識が、まだまだ足りなかった。都市国家の領域や、広大な大陸の広がりとなれば、なおさらだ。そこで彼は、残った村人たちに、これまでに訪れた場所の情報を出し合ってほしいと頼み、大まかな地図を作ることにした。ミアーには、野菜や山菜を採った場所の位置を記録する地図づくりも、あわせてお願いした。
そうするうちに、アティウスは、村長として父トゥイスが背負う責任と、その重さに気づきはじめた。そこで、政治学と地理学と呼ばれるものについて、少しずつ父に語り聞かせ、新しい視点を開こうと決めた。そしてこの先、村の中に学びの場をつくることも計画している。もちろん、この時代にはまだ文字がない。大きな都市に、文字や記録の仕組みがすでにあるのかどうかも、彼にはまだわからなかった。
間もなく、ミアーと少女たちが、笑顔で村に戻ってきた。手には、赤や黄色や緑の鮮やかな、小さな実がある。アティウスが試しに口に入れてみると、カプサイシンの刺激が、舌じゅうを駆け巡った。この世界のトウガラシは、旧世界で知っていたものとは、だいぶ見た目が違う。そして少女たちが探してきた野生のニンニクも、見慣れない姿をしていた。粒は小さく、ひょろりと細い。だが、鼻を突く匂いは、とてつもなく強烈だった。アティウスが、各植物の特徴を大まかに説明しただけだったことを思えば、結果は期待をはるかに超えていた。
少年は、三つの食材を高々と掲げ、真剣な声で宣言した。
「これが、聖なる樹の『トリニティ』だ!」
その言葉は、旧世界でアティウスが属していたコミュニティの間でだけ通じる、内輪の冗談のようなものだった。前世のインターネットの世界では、ガパオ炒めをめぐって、激しい論争がしばしば巻き起こっていた。インゲンを入れる、タマネギを入れる、と奇抜なレシピに出くわす人が後を絶たず、それらは大罪だと、冗談めかして言い合われていたのだ。本物の、純粋なガパオ炒めの構成要素は、三つだけ。ひとつ、ガパオの葉。ふたつ、肉。みっつ、トウガラシとニンニク。調味料はノーカウント。この三つこそが神聖な柱であり、それ以外を加えたガパオ炒めは、異端であり、信仰に背く行いなのだ、と!
6.2 森の加護
このころには、アティウスは、聖なる食材をいくらか集めていた。総量は多くはない。それでも、ドンバン村の全員が味見をして、この世界の人々の口にガパオ炒めが合うかどうか確かめるには、足りそうだった。ただ、持ち帰った野生稲の実は、全員に炊いて配るには少なすぎた。そこで少年は、村の根菜であるプランを茹でて、ご飯の代わりに添えることにした。
主役の肉については、村の蔵に、燻製のイノシシ肉が少し残っていた。だが、アティウスにはその肉に対する秘めた思いがあった。将来、カリカリ豚のガパオを作るために取っておきたいのだ。そこで今日は、村の周りで手に入る、ありふれた小動物の肉を使うことにした。トカゲ、ヤエ(地中に巣穴を掘るトカゲ)、小鳥、野ネズミ。この上等なタンパク源を狩るため、アティウスは子どもたちに、コンパウンド・スティック、つまりパチンコ・クロスボウの使い方をすでに教えてある。おかげで、この小さな獲物を捕るのは、バナナの皮をむくより簡単になった。小さな子どもにだってできる。ところが、実際のところ、村人たちはこうした小動物があまり好きではなかった。爬虫類や小さな生き物を食べることに対して、頭に染みついた偏見まで持っていた。
だからこそ、生粋のイサーン人だった前世を持つアティウスは、イサーン魂の本物を見せなければならない。おれたちの故郷の人間は、何だって食べるんだ、と! 彼は村人たちに声をかけ、二十人ほどに手伝いを頼んだ。まず、鳥、ネズミ、リス、トカゲの肉から、内臓をすべて取り出す。大量の内臓は、あとで堆肥にして土を肥やすために、取り分けておくよう指示した。削ぎ落として刻んだ小動物の肉は、二十キロ以上にもなっただろう。
次の工程として、アティウスは村人たちに、この肉を「ダーン・ファイ」してもらった。ダーン・ファイとは、イサーンの民間の言葉で、肉を熱い火にかざし、表面がほどよく半生に焼ける程度にあぶることをいう。それから、すべての肉を「ラープ」にした。ほとんど一体になるほど、細かく叩いて刻んでいくのだ。
イサーンの人々の食文化は、たいてい、ラープやポン(イサーン風の煮込みや和え物)を作ることを中心に回っている。こうした料理の根っこには、かつて肉がとても貴重で、量も少なかった暮らしがある。肉を細かく刻んでラープにしたり、煮詰めてポンにしたりすることは、限られた食べ物を、家族や共同体のみんなに行き渡らせ、お腹いっぱいにするための知恵なのだ。コミュニティの結びつきを大切にし、絆を深め続けてきた、暮らしのかたちである。
肉を刻み終えると、次は、トウガラシと野生のニンニクを、土の臼でいっしょに搗き潰す。旧世界の知識が、アティウスに警告していた。この世界の人々は、トウガラシの辛さに一度も触れたことがない。入れすぎたら、体が拒絶して、舌が焼けつくように痛み、食べられなくなってしまう。だから彼は、トウガラシを、できるだけ少ない量に抑えた。最後に、ガパオの葉の準備だ。葉は、あまり多くは摘めない。将来、挿し木で増やすために、枝と茎を、わざと残しておく必要があったからだ。
村の中央にある広場――イサーンの言葉で「ドゥーン」と呼ばれる広々とした空き地に、巨大な素焼きの鍋が、弱火のかまどに据えられた。アティウスは、前回仕留めたイノシシの分厚い脂身を、その鍋へ入れた。大きな鍋が熱を伝えはじめると、白い豚脂がゆっくりと溶け出し、鍋底にたっぷりと広がる。鍋がじゅうぶんに熱くなると、脂がはぜる、ぱちぱちという音が絶え間なく響きだした。搗いておいたトウガラシとニンニクを入れて炒める合図だ。
そして今回の食事で、アティウスは、ドンバン村自慢の品をもうひとつ加えた。クーン茸である。この村ならではの野生の茸で、食感は旧世界の椎茸によく似ている。熱い豚脂にじっくり煮込むと、まろやかで自然な旨味が、ふわりと立ち上がってくるのだ。村人たちはふだん、この茸を、炙って、茹でたての新鮮なプランと一緒に食べるだけだった。
トウガラシとニンニクが鍋の熱に触れるやいなや、刺激的な匂いと、焼けつくような辛さの蒸気が、ぶわっと空気中に広がった。周りで見物していた村人たちの多くが、げほげほと咳き込み、鍋のそばから慌てて逃げ出した。トウガラシとニンニクの毒気に、耐えられなかったのだ。目や鼻に刺さる辛さに怯えた村人たちは、あの実は毒のあるベリーに違いない、と口々に言う。それでも、鼻を刺す匂いの中には、ひょろりとした球根であるニンニクの、えもいわれぬ魅力的な香りもまじっていた。
ニンニクとトウガラシが、弱火で炒められて黄金色に変わり、香ばしさが立ってきたところで、アティウスは村人たちに、かまどに薪をくべて火を強めてくれと頼んだ。大鍋の下で炎が勢いよく燃え上がると、アティウスは、刻んだ小動物の肉を、ざあっと鍋へ流し込んだ。巨大なへらは、十歳くらいにしか見えない小さな体のアティウスの手には、ひどく不釣り合いで、扱いづらそうだった。見かねたトゥイスが、もうひとつのへらを手に歩み寄り、てきぱきと巨大鍋の肉をかき混ぜはじめた。やがて、イスイや数人の大人たちも、喜んで加勢に集まってきた。
火の通った肉の、蠱惑的な香りが、あたりに漂いはじめる。アティウスは、土を濾して、きれいな塩水だけを残した、濃い塩水を小さな桶から鍋に注ぎ、よくなじませた。肉の香ばしい匂いに塩気の香りが混じって、村じゅうに、やわらかく広がっていく。アティウスは村人たちに、茹でたプランを、めいめいの器によそって待つようにと合図を出した。そして、火をもう一段階強めるよう指示する。巨大鍋をかき回す大人たちの顔を、汗の粒が滴り落ちる。さあ、準備は整った! アティウスは、きれいに洗って摘んだガパオの葉が入った籠を、鍋の中へ一気にぶちまけた。
「かき混ぜろ、かき混ぜろ〜! そしたらちょっくら味見してみっぺ!」
アティウスは故郷の言葉でそう叫び、へらでガパオの葉をすばやく炒めてしんなりさせた。そして、鍋をかき混ぜていたへらの先を、そっと舌先に当てて、味を確かめる。
「セープ・ラーイ!!」
少年は思わず、満足の声を上げた。村人たちは、聞き慣れない奇妙な言葉に、ぽかんとしている。アティウスは慌てて、通訳した。
「あ、『セープ・ラーイ』っていうのは、すごく美味いって意味ですよ!」
それを聞くと、村人たちは面白がって、まねしはじめた。セープ・ラーイ、セープ・ラーイ!
それから、アティウスは村人たちに、薪をかまどから引き抜き、灰をかぶせて火を弱めるよう頼んだ。こうして、この世界で初めての、ミックス肉のガパオ炒めが、正式に誕生した! アティウス、ミアー、トゥイス、イスイと、大人たち三、四人が、スパイシーなガパオ炒めを、温かいプランの器に盛りつけて、みんなに配っていく。村人たちは、トウガラシのベリーの威力を、まだ怖がっていて、おずおずと木のさじで口に運んだ。それでも、アティウスが先に、美味しそうに食べてみせていたのを見て、少しずつ、自分たちの口へ運びはじめた。
「セープ・ラーイ!! セープ、セープ、セープ!」
村人たちの声が、途切れずにあがる。誰もが目を見開き、満ち足りた笑みを浮かべた。このガパオ炒めの美味さを、何よりも確かに物語る光景だった。アティウスは満面の笑みで立っている。目の縁が真っ赤で、感極まって泣き出しそうな人のようだ。故郷の味が受け入れられた感動からか、それとも、顔にかかる火の煙と、トウガラシとニンニクのつんとする匂いのせいなのか、誰にもわからない。トゥイスとイスイが歩み寄り、息子を抱きしめて、愛しさと誇りをこめて頭を撫でた。
ところが、みんながガパオ炒めの味に夢中になっている最中、村の腰の曲がった老人のひとりが、すっくと立ち上がり、広場じゅうに響き渡る大声で叫んだ。
「森の加護じゃ!!」
「え……?」
アティウスは、いぶかしげに眉をひそめた。
目の前の老人は、ふだんは歩く力さえほとんどない、腰の曲がった人だ。その彼が、いまは背筋をぴんと伸ばして立ち、瞳孔を開いて、目を輝かせている。
「おお……わしには、森の加護がある!」
生涯、猟師になったことがなく、ふつうの畑仕事をしてきた老人は、興奮して言った。彼は手を伸ばし、かまどのそばに積まれた巨大な薪の丸太を持ち上げる。
「力を感じる! これは森の加護じゃ! おお……聖なる樹よ!」
言い終わるが早いか、老人は両腕に力を込めて、太くてごつい薪を、枯れ枝を折るように、いとも簡単にへし折った。
「おれにもあるよ!」
村の別の男の子、五、六歳くらいの子が、声を上げた。握りしめた石ころに、ぎゅっと力を込める。硬い石は、村じゅうの目の前で、さらさらの砂粒になって地面にこぼれ落ちた。
アティウスは口をぽかんと開けたまま、立ち尽くした。科学を司る頭脳が、一瞬、止まってしまう。トゥイスも呆然としている。イスイも呆然としている。広場の全員が、たったひと皿の食事から起きた超常現象を前に、言葉を失っていた。
【語注】
デリダ:フランスの哲学者ジャック・デリダ。「言葉(言説)が権力を持つ」という考え方を、アティウスが引き合いに出しています。
トリニティ:「三位一体」の意。ここでは、ガパオ炒めの三要素(ガパオの葉、肉、トウガラシとニンニク)を、半ば冗談で神聖視した言い方です。
ガパオ(ホーリーバジル):タイ料理に欠かせない、香りの強いバジル。ガパオ炒めはタイの国民食と呼ばれます。
ガパオ炒めをめぐる論争:タイのネット上では、「ガパオ炒めにインゲンやタマネギを入れるのは邪道」といった論争が、冗談まじりに繰り広げられています。
モーセの柴:旧約聖書で、モーセが燃える柴を見て神の声を聞いた場面。聖なる樹との連想で出てきます。
ダーン・ファイ:イサーンの言葉で、肉を火で軽くあぶり、表面だけ半生に火を通すこと。
ラープ:イサーン料理の代表格で、肉を細かく刻んで和えたもの。
ポン:イサーンの、肉や魚を煮詰めてほぐした、汁気のある料理。
ドゥーン:イサーンの言葉で、村の中の開けた空き地。
クーン茸:この村の野生の茸。原文の「เห็ดขื่น」(直訳は「苦い茸」)の音を写しました。椎茸に似た食感です。
セープ・ラーイ:イサーン語で「とても美味しい」の意。
ヤエ:地中に巣穴を掘るトカゲ。




