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俺はイサーンからWokeして異世界へ  作者: ilxamz


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第4章 スリングショットと狼

第4章 スリングショットと狼

「ぐぅぅぅぅ……」


 朝の静けさを破って、腹の抗議の声が響いた。アティウスはため息をつき、いつもの空腹とともに目を開ける。たとえ彼がドンバン村の村長の息子であっても、この農耕のごく初期の暮らしでは、毎食、腹いっぱい食べられるわけではない。ましてや、古代メソポタミアに似た半乾燥の環境を持つ新しい世界では、食い扶持を稼ぐのは全員の務めだ。七歳の彼でさえ、例外ではなかった。だが幸い、前世の彼は、たくましいイサーンの子だった。野山の恵みを採り、小さな生き物を捕まえて自分で調理するという田舎の暮らしを、幼い頃から身につけている。それが、いま役に立った。昆虫、カエル、アマガエル、魚、貝、田んぼのカニ。タンパク質になり、食べられる生き物なら、片っ端から腹に収めてきたのだ。


 竹の寝台に座って、少年は手ごろな大きさの石で、Y字の木の枝を丁寧に磨いていた。磨いては握ってみて、いちばん手に馴染み、しっくりくる大きさに整えていく。しかし、頭の中には、釈然としない思いが渦巻いていた。


「スリングショットがあれば、いいんだけどな……」少年は、残念そうに独りごちた。


 前の世界の田舎の子にとって、スリングショットは、一日たりとも手放せない万能の相棒だった。遊びにも、鳥撃ちにも、リスを狙うのにも、はては犬を追い払うのにも使えた。だが、この世界の大きな問題が、彼を頭痛に追い込んでいた。……ここには、ゴムがないのだ! アティウスは、手の中のY字の枝を、苛立ちと諦めの混じった目で見つめ、どうしてこの世界にはゴムの木の一本も残っていないんだ、と腹立たしく思った。しばらく粘って枝を削り続けたが、空腹はますますひどくなってくる。ついに彼は現実に降参し、手を止めて考えた。……それなら、別の方法を考えるしかない、と。


「ぐるる……ぐぅぅ……」腹がまたしても鳴り響き、胃が焼けつきそうになった。アティウスは、何か腹に入れようと、家の中へ戻ることにした。彼には、とっておきの秘策がある。燻製にして取っておいた、ヒレ肉の切り身だ。青銅器時代の道具と保存方法はまだ行き届かず、限りもあるため、すでにほんの少し、すえた臭いを放ちはじめている。だが、イサーン人の消化器と胃袋にとっては、こんなものはちゃちなものだ。噛んで飲み込んでも、何の問題もない。


 燻製肉に手を伸ばしたとき、彼の目に飛び込んできたものがあった。家の脇に積み上げられた、巨大な黒牙イノシシの骨の山だ。数日前に村人たちが仕留めたものである。特に、大きな腱の筋。剥がされて、干されて、ねばりとした強靭さを帯びている。その瞬間、少年の目は、ゆっくりと大きく見開かれ、ぱっと輝いた。前の世界の記憶と知識の蔵が、どっと脳内に溢れ出す。彼は、理系らしい筋道を立てて考えはじめた。もしこの世界に、現代のスリングショットのようなゴムの弾力がないなら、代わりに、木の翼板にたわみの力を蓄える方式にしたらどうだろう? 古代の遠距離武器なら、ほかにもたくさんある。コンポジットボウ、クロスボウ、そしてストーンボウ、あるいはスラーボウと呼ばれるもの。歴史上、実際に存在した古代の発明だ。思ったより難しそうだな、とは思ったが、仮説が固まれば、実験はすぐに始まる。農耕初期の時代の素材、つまり木の骨組み、動物の腱、樹脂があれば、力学の理にかなった実用的な武器を設計し、作り上げることができるのだ。


 最初の工程は、複合弓の本体づくりだった。森の単体の木では、十分に力強い反発力は得られない。そこでアティウスは、古代世界でもっとも高性能な複合素材の技術を選んだ。弾力のある竹、あるいはワサビノキ科の木やオークの木を、クロスボウの翼の芯にする。次に、細かくほぐした動物の腱の繊維を、熱して煮詰めた樹脂に、ハリナシバチの蜜蝋か動物の皮の膠を混ぜたものに浸し、翼板の背(バッキング――射手と反対側を向く面)に、何層にも平行に重ねて貼りつけた。樹脂と膠が完全に乾けば、この腱が、激しい引っ張りと反発の力を受け止め、木の骨組みを折らさずにいてくれる。一方、翼板の腹(ベリー――射手側を向く内側)には、最大の威力を得るために、古代人は、牛や水牛の角の板を内側に貼りつけて、すさまじい圧縮の力に耐えさせるのだ。


 続いて、弦と弾受け(ザ・ストリング&パウチ)。古代のクロスボウの仕組みでは、弦は絶対に伸びてはならない(スタティック・ストリング)。木の翼から弾への反発力を、百パーセント伝えるためだ。そこで少年は、動物の腱か太い麻を、しっかりと編み込み、平行な二本の弦にした。二本の弦の真ん中は、動物の皮の弾受け(パウチ)で編みつなぐ。スリングの革当てのように、石を抱え込む形だ。弓の両端の近くには、小さな木の棒でスペーサー(弦間の保持材)を作り、二本の弦が、弾が通り抜けるときに打ち合わないよう、突っ張らせた。


 最後は、クロスボウの台座と弦の固定機構(ストック&トリガー)。主となる木の台座には、弾受けがつかえずに走れるよう、全長にわたって二本の溝を彫り込んだ。農耕初期の時代の引き金の仕掛けはまだ複雑ではないため、彼は木製のナット(留め栓)と、単純な木のくさびの仕組みにした。弦を引いて動物の腱の弦をかけると、弾受けは石をしっかりと抱え込む。留め栓を外せば、動物の腱を組み合わせた古代の複合翼板が、猛烈な勢いで跳ね返り、石を撃ち出すのだ。利点と性能は、ふつうのゴムのスリングショットよりもはるかに高い破壊力があること。複合翼板の反発力は、人間の手首にかける輪ゴムの引っ張りよりも、数倍も強い(ドロー・ウェイト)。そのうえ、木の台座が支えてくれ、引き金の機構もあるので、腕の力で引いたまま保持する必要がなく、狙いを定めて、ぶれずに正確に撃てる。この種の武器は、古代中国や中世ヨーロッパの歴史では「ストーンボウ」と呼ばれ、鳥や小動物を狩る定番の武器だった。石の弾は手に入りやすく、鉄の矢尻のように獲物の肉を傷つけないからだ。それでも、破壊力は十分に高い。


 数日が過ぎた。村人の何人かが、村長の息子がまた奇妙なことをしているのに気づきはじめた。木、動物の腱、樹脂、骨。あらゆるものが組み合わされて、ついに奇妙な武器が生まれたのだ。見た目はクロスボウに似ているのに、撃ち出すのは石ころである。


「できた!」アティウスは、誇らしさに顔いっぱいで笑った。彼はそれを「パチンコ・クロスボウ」と名づけた。もっとも、それが何なのか、何のためのものなのか、誰ひとり理解してくれなかったが。


 さあ、いよいよ実戦での実験の時だ。アティウスは愛用の武器を担いで、ドンバン村の西側へと向かった。そこは疎らな林と、小さな虫や動物たちの森で、絶好の命の溜まり場だった。鳥、リス、角トカゲ……おお! 動くタンパク質ばかりだ。たっぷり獲れるぞ。少年は新しい武器を手に、林の奥深くへと分け入った。結果は、期待をはるかに超えた。仕掛けの音とともに撃ち出された石は、的を正確に撃ち抜いていく。ほどなくして、彼は森の鳥を二羽、リスを一匹、そして角トカゲを一匹、仕留めた。


「おお、タンパク質……」少年は初めての成果に、満足げに微笑んだ。


「アティウス!」


 背後から、聞き慣れた澄んだ声が響いた。振り返ると、水の魔法を使う姉の「ミアー」が、こちらへ歩いてくる。村の子どもたちが二、三人、一緒だった。みんな、手に提げた竹かごには、たったいま皆で摘んだ野菜と野の果物が、ぎっしり詰まっている。野の果物と野菜を採りに来たのだろう。


「わあ、いっぱい採れたわね、野の果物と野菜」ミアーは言いながら、弟の手の中の獲物に目をやった。その直後、きれいな眉がぎゅっと寄る。姉の顔は、心配と吐き気がない交ぜになっていた。獲物に視線が向いたのだ。「ちょっと待って……アティウスも、いっぱい獲ったのね。鳥、リス、角トカゲ……あんた、その角トカゲ、本当に食べる気?」


「どうして食べちゃいけないんですか?」アティウスは肩をすくめ、けろりと答えた。


「それ、トカゲなのよ!」ミアーは、心配そうな顔で、甲高い声で抗議した。


「肉は肉ですよ、ミアー姉さん」


 ところが、ついてきた子どもたちは、目を輝かせて集まってきた。興奮した顔で、わっと取り囲む。「ほんとに食べられるの?」「おいしい?」「鶏みたいな味?」 アティウスはまた肩をすくめた。「あとで食べてみればわかるよ」 ミアーは、止めようと口を開きかけた。だが結局、理屈っぽい弟の気持ちを遮る言葉が見つからず、ふくれっ面で突っ立っているしかなかった。それから、彼の腕に抱えられたものに目を留めた。石を撃って狩りをする、クロスボウのようなあの道具に。


 そのとき、ひやりとした風が、森の奥深くからさっと吹き抜けた。ただ冷たいだけの風ではない。低い唸り声がこだまして、風に乗って運ばれてきたのだ。


「ぐるるるるる……!!」


 あたりは、一瞬で静まり返った。子どもたちも、ミアーも、凍りついたように立ちすくむ。むろん、ドンバン村の子どもたちは、村の周りの森で生き延びる感覚と本能を、ちゃんと身につけている。この危険の音を、よく知っていたのだ。ミアーは、恐怖に杖をぎゅっと握りしめた。「いまの音は……」 アティウスは目を細め、意識を研ぎ澄ませた。すぐにわかった。これは、ただの野生動物の声ではない。魔物と呼ばれる危険な存在だ。少年は、真剣で断固とした声で言い渡した。


「ミアー姉さん、子どもたちを連れて、先に村に戻って、早く!」


「待って、アティウス!」ミアーは驚いて、彼の名を呼び止めた。


「先に戻ってください!」アティウスは、きっぱりと念を押した。その表情と眼差しは、いまは厳しく真剣で、七歳の子どもとはまるで思えない。ミアーは気圧されて立ちすくんだが、やがてこくりとうなずくと、急いで子どもたちをまとめて、村のほうへ駆けていった。


 周囲が片づくと、アティウスはためらわなかった。パチンコ・クロスボウをしっかりと構え直し、風に逆らって、まっすぐ声のする森の奥へと走り出す。胸の中では、筋道を立てて考えていた。もし魔物がこのあたりにいるなら、村は危ない。少なくとも、まずは様子を探って、自分の目でその姿を確かめなければ。それを持ち帰って村人たちに知らせ、備えさせれば、安全も高まり、みんなが対応しやすくなる。


 茂みをかき分け、現場にたどり着いたとき、目の前に現れた光景に、アティウスは足を急停止させ、一瞬、息を止めた。


 あれは『角熊』――危険度の高い魔物だ! 姿は熊に似ているが、体は水牛の何倍も巨大。筋骨隆々とした体は、真っ黒で分厚い毛に覆われ、額の真ん中から、長く鋭い角が突き出ている。大きな前足には、青銅のナイフのように鋭い爪が生えていた。ところが、その巨大な角熊の目の前に、一頭の巨大な狼が立ちはだかっていた。灰色の狼で、黄色い瞳が光を宿して燃えている。全身は傷だらけで、真っ赤な血にまみれていた。牙を剥き、唸り声をあげながら、命を捨てる覚悟で、角熊と戦う構えをとっている。


「体格が全然違う……ふつう、こういう動物は、勝てないとわかれば、退いて逃げるはずだ。なのに、どうしてこいつは、踏みとどまって戦ってる?」アティウスは、いぶかしみながら胸の内で思い、素早く状況を分析した。熊の攻撃は、牙と角のほかに、前足がある。一撃で敵の体を粉々に叩き潰せる力だ。灰色の狼は、あらゆる面で分が悪い。


「くぅん……」


 そのとき、かぼそい、かすかな鳴き声が、巨大な灰色狼の背後から聞こえてきた。アティウスが分厚い茂みの奥に目を凝らすと、小さな灰色の仔狼が、三、四匹、怯えて身を寄せ合い、丸まっているのが見えた。仔狼とは言っても、体の大きさはかなりのものだ。だが、母狼の倍以上も大きな角熊と比べれば、柔らかな肉の塊も同然だった。簡単に潰されてしまう。


「そういうことか……」アティウスは、小さく呟いた。眼差しが、理解の色に変わる。この母狼は、愚かなのではない。戦いたいわけでもない。ただ、逃げられないのだ……背後には、命をかけて守らなければならない子どもたちがいるから。そして角熊が、轟くように吠えると、体ごと躍りかかった。灰色の狼は、ぎりぎりで跳んでかわす。だが、傷の深さと、あまりに違いすぎる体格のせいで、このままでは、あと数呼吸のうちに、母狼は殺されてしまうに違いない。


 アティウスは深く息を吸って、気を落ち着かせた。そして、目の前の戦いに割って入る決意を固めた。選りすぐった大きさの特別な石を取り出し、クロスボウの台座の二本の溝にセットする。巨大イノシシの腱と樹脂を混ぜて作った弦を、ぎりぎりと力を込めて引き絞り、留め栓にしっかりと掛けた。


「おい! この間抜けな熊野郎!」


 アティウスは、ありったけの声で叫んだ。角熊の注意を引きつけるために。巨大な角熊は、はっと動きを止め、声のほうへ、ぐるりと首を向けた。その瞬間こそ、少年が引き金を引いた瞬間だった。石が勢いよく撃ち出される!


 パァン!!


 弦が跳ね返る轟音。石は、猛烈な速さで台座を飛び出し、顔を向けていた角熊の顔のど真ん中に、まともに命中した。ただ、熊の分厚い皮と力強い筋肉のせいで、このスリングショットの石の衝撃は、致命傷にも、命に関わるほどの傷にもならなかった。大したダメージにはならない。だが、それでも結果は上々だった。熊の動きを止め、一瞬、注意をそらせたのだ。そして、それで十分だった。そのとき、熊の気がそれたその隙に、灰色の狼は、最後の力を振り絞って跳びかかった。身の丈二メートル近い角熊の、分厚い首筋に飛びつくと、大きく口を開け、鋭い牙を根もとまで深く突き立てた。顎でがっちりと食らいつく。やったぞ!!


 ぶしゅうっ! 角熊の首の傷口から、生温かい血が噴き出した。熊は、狂ったような激痛に、森じゅうに響く咆哮をあげる。だが、次の瞬間、巨大な黒い熊は、とてつもない前足と太い腕で、灰色の狼の胴体を、猛烈な力で叩き払った。


 ドォン!!


 凄まじい一撃は、母狼の体を数メートルも吹き飛ばした。体は地面に叩きつけられ、胴体からは、裂けた傷と血しぶきが飛び散る。アティウスは、ためらわなかった。いまここで何かしなければ、すべてが終わるとわかっていたからだ。彼は急いで、ほぼ一フィートの長さの木の棒を矢としてつがえた。穂先は、特別に鋭い石を、しっかりと縛りつけたものだ。それを素早く射出台の上に置く。アティウスは身を乗り出し、動物の腱の弦を、力の限り引き絞った。狙いを、ただ一つの急所に定める。そして、弦を放した!


 ヒュッ!!


 鋭い石の矢は、最高速で空を切り裂いて飛んだ。まっすぐに標的へ突き進み、角熊の目に、真正面から突き刺さる。しかも、深く、ほとんど貫通するほどに食い込んだ。撃った角度と、ほぼ一フィートもある矢尻の長さからして、おそらくちょうど脳に達したはずだ。もしこの一矢が目に入らなかったなら、この石の矢尻が、厚い皮を貫けたかどうか、アティウス自身にもわからなかった。巨大な角熊は、狂気と苦悶の入り混じった、最後の哀れな咆哮をあげた。巨体は、よろよろと前に二歩進んだだけで、全身の力がふっと消え失せ、仰向けに倒れて、ドスン! と地面を打ち、森じゅうを揺らした……大地が震える。あたりのすべてが、再びゆっくりと、静けさを取り戻していった。


 アティウスは、長く深く息を吐き出して、積もった緊張を吐き出した。それから急いで、灰色の大きな黄色い瞳の狼のもとへ歩み寄る。狼は、そこに横たわって、弱々しく喘いでいた。胴体の深い傷から、血が止めどなく溢れている。少年の顔は、胸を締めつけられるような悲しみに沈んだ。


 その、金色がかった黄色の輝く瞳が、ゆっくりと近づいてくるアティウスを見上げた。その眼差しには、憎しみも、怒りも、怯えも、もはや欠片も残っていなかった。まるで、その黄金色の瞳は、外見をすり抜けて、目の前にいるアティウスの魂と、本当の姿を見通しているかのようだった。狼の息は、少しずつ弱まり、途切れがちになっていく。そのとき、四匹の仔狼たちが、茂みから一斉に駆け出してきて、母親のもとへ走り寄った。くんくんと鳴きながら、母の周りを取り囲み、小さな舌で、真っ赤な傷を、何度も何度も舐める。幼い心で、舐めれば傷が治って、母が元気になると信じているのだろう……だが、もう遅かった。アティウスは、偉大な狼の前に膝をついて座り込んだ。手を伸ばして、母狼の頭にそっと置き、優しく穏やかな声で語りかける。やがて母狼の息は、静かに細くなり、美しい黄金色の瞳から、ゆっくりと光が消えて、すべてがついに動かなくなった。


「アティウス!!!」


 静寂を破って、彼の名を呼ぶ声が、背後から響いた。父トゥイス、ミアー、そして十人以上の村人たちが、息を切らして追いついてきたのだ。全員が、明るい松明と青銅の槍を手にし、いつでも戦に出られる構えだった。だが、一行が広場の中央にたどり着いたとき、目に飛び込んだ光景に、全員の足がぴたりと止まって固まった。巨大な角熊の亡骸が地面に横たわり、四匹の仔狼が、母の死骸のそばで、怯えて身を寄せ合っている。そしてアティウスは、そのときすでに、仔狼の一匹を腕に抱き上げて、まっすぐ立ち上がっていた。父と村人たち全員に、自分が無事で、ここにいることがはっきりと見えるように。


 少年の顔は、いまは空っぽで、何の感情も浮かんでいなかった。視線は、母狼の魂の抜けた体に、まっすぐ注がれている。七歳の子どもには理解できないほど、深く重い何かに、思いを沈めているかのようだった。そしてそのとき、誰ひとり知る由もなかった。今日、この風の吹く森で起きた出会いと対峙が、アティウスとドンバン村の運命を、永遠に動かし変えていく大きな転換点になることを。

翻訳ノート(ご確認いただきたい点)


項目訳の選択理由

人名アティウス / トゥイス / ミアー第1〜2章の表記と統一しました。「ミアー姉さん」は「พี่มีอาร์」の敬称を、日本語の自然な呼びかけに直したものです

ミアーとアティウスの口調アティウスは丁寧語、ミアーは「〜のよ」「あんた」原文では、アティウスが「ครับ」で話し、ミアーが「เจ้า」で返します。この距離感を再現しました。第3章のアティウスは、父には「〜ですか」寄りの丁寧体、独白では素の口調です

「小さな天才さん」「はいはい、小さな天才さん」原文の「จ้า พ่ออัจฉริยะตัวน้อย」の、からかうニュアンスを出しました

方言章末のぼやきのみ東北弁風(「食いてぇだべや」)原文の「เด้」を、素朴な訛りで再現しました。イサーンの雰囲気を最も出したい一行なので、ここだけ方言にしました。全体を方言化するのは、読みにくくなるため避けています

食べ物カーオ・ジー・ホイ・キア+説明前回までの方針と同じく、音訳に短い説明を添えました

角熊 / 黒牙イノシシ / 青銅「角熊」「黒牙イノシシ」第1〜2章の語彙と統一しました

「パチンコ・クロスボウ」「パチンコ」はスリングショットの意日本語の口語で、パチンコはスリングショットも指します。ただし、遊技のパチンコと混同される可能性があるため、作中で「ゴムがない世界のスリングショット」と明示されている点を活かしています。別名(例:「投石弩」)をご希望なら変更します

技術用語コンポジットボウ、ストーンボウ、スラーボウ、バッキング、ベリー、スタティック・ストリング原文の英語併記をそのまま残し、ライトノベルの読者にも馴染む形にしました

擬音パァン/ヒュッ/ドォン/ドスン/ぐぅぅ原文の「ปั้ง」「ฟุ่บ」「ตู้ม」「ตึ้ง」「จ๊อก」を、日本語のオノマトペに置き換えました

ハリナシバチの蜜蝋「ハリナシバチの蜜蝋」原文の「ชันโรง」に対応します

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