第3章 魔法と青銅
乾いた土の匂いと午後の日差しが、ドンバン村の木々の梢を透かして降りそそぎ、むっとする熱気に包まれた枯れ葉が、かすかな香りを漂わせていた。柵の向こうでは、蝉の声が降るように響いている。アティウスは家の裏手の大きな岩に腰かけ、小さな手で刃の鈍いナイフを握り、木の矢を削っていた。鳥やネズミなど小型の獲物を狩るための罠に使うものだ。跳ね木とテコを組み合わせたその仕掛けは、前世の知識をもとに、彼が自分で縮小模型として考案したものだった。
「アティウスぅぅぅ!!!」
背後から、耳に馴染んだ澄んだ声。続いて、乾いた落ち葉を踏む軽やかな足音が駆け寄ってくる。少年が振り向くより早く、華奢な少女の体が、後ろから力いっぱい抱きついてきた。
「ぐえっ!」
アティウスは息が詰まって、思わず小さな声を漏らした。危うく岩から滑り落ちて、地面に転がるところだった。
「ミアー姉さん!」
十二、三歳くらいの少女は、してやったりとくすくす笑い、腕をほどいて隣に腰を下ろした。淡い茶色の髪を肩の上でさらりと揺らす。青緑の瞳は、日の光を受けた大河の水面のようにきらきらと輝いていた。ミアーは、このドンバン村でアティウスがいちばん気を許している数少ない相手のひとりだ。そして彼女のほうも、この七歳の弟分をことのほか可愛がっているらしい。しょっちゅう顔を出しては、何か面白いことを持ちかけて、一緒に遊びたがるのだった。
「また何かごちゃごちゃ作ってるのね。そんなちっちゃいのに、よく働くこと」
ミアーは首をかしげ、彼の手にある木の棒をのぞき込んだ。
「罠の仕掛けを考えてたんです」
「七歳の子が、そんなこと考えながら座ってるわけないでしょ?」
「普通の子ならね。でも僕は普通じゃないから」
「はいはい、小さな天才さん」
ミアーは明るく笑い、手を伸ばして彼の頭をわしゃわしゃと撫で回した。髪がぐちゃぐちゃになる。彼女はそのまま、岩の縁に並んで座り直した。
アティウスの目が、彼女の細い腰に結ばれた小さな革の水袋に留まった。体を動かすたびに、中で水がちゃぷちゃぷと軽い音を立てている。
「ミアー姉さん、また池に遊びに行くんですか?」
「そうよ」彼女は目が細くなるほど満面の笑みを浮かべた。「どうして? 何か面白いもの、見たい?」
アティウスが答えるより先に、ミアーは細い両手をぱっと前にかざした。すると、水袋の口から、水の粒がふわりと渦を巻いて浮かび上がってきた。まるで、目に見えない糸に引かれるように。
少年は目を見開き、まばたきもせずにそれを見つめた。水の粒は、風ひとつない空気の中、重さなどないかのように宙にとどまり、くるくると回っている。そのとき、梢を抜けた午後の日差しが水の粒にふれて屈折し、小さな七色の虹が、二人の目の前に美しい弧を描いて架かった。
「わあ……」アティウスは喉の奥で声を漏らした。
ミアーは誇らしげに微笑み、少し胸を張る。
「きれいでしょ?」
アティウスは、二つの世界を生きた者の目で、目の前の即席の虹を見つめた。前の世界の人間として、彼はそれがどう起こるのか、科学的によく知っている。太陽の白い光が、密度の異なる媒質を通り抜けるとき、屈折し、内部で全反射し、波長ごとに分かれて、さまざまな色になるのだ。だが、理屈で動く彼の頭が理解できず、今まさに答えを求めて悲鳴をあげているのは、そこではなかった。
「姉さんは、どうやって水を、重力に逆らって浮かせてるんですか?」
奇妙な物理の質問に、ミアーはぱちぱちとまばたきをした。愛らしい顔に、はっきりと戸惑いが浮かぶ。
「どうって……魔法を使ってるのよ。みんなやってるじゃない」
「じゃあ、その『魔法』って、何なんですか?」
「……え?」今度は少女のほうが、うろたえはじめた。「魔法は魔法でしょ。みんなそう呼んでるじゃない」
「それって、どういう仕組みで動くんですか? 何か動力になるものがあるんですか?」
「……わかんない」
「どうして水は、姉さんの言うことを聞くんですか? どうして、思いどおりに引いたり押したりできるんですか?」
「……それも、わかんない」
「どうして、ほかの子や、村のほとんどの人は、姉さんと同じことができないんですか?」
「……わ、わかんない、わかんないってばっ!」ミアーはむくれ顔になり、答えを探そうと思ったこともない質問の連続攻撃に、頬をぷくっと膨らませた。「あんたって、いつも変なことばっかり聞くのね、アティウス!」
アティウスは小さくため息をついた。少女が集中を解くと、浮かんでいた水の粒は、ゆっくりと地面に落ちていく。
「それですよ。僕がいちばん知りたいのは」
やがて夕方になり、むっとする熱気がやわらぎはじめた。空は金色がかったオレンジ色に染まっていく。村の子どもたちは、きゃあきゃあと歓声をあげながら、涼を求めて村はずれの池へと駆けていった。アティウスは土手の上で膝を抱えて座り、それを眺めている。ミアーは誰よりも先に走り出し、粗い布のスカートをたくし上げて水に入った。その直後に起こったことに、ほかの子どもたちは、たちまちどよめいた。
彼女は、ほかの子のように泳いではいなかった。水の上に、しっかりと立って歩いているのだ。いや、違う……よく見れば、水の圧力と水の塊のようなものが、彼女の足裏をそっと抱えて支えているようだった。足の下の水面は、体重に合わせてわずかにへこんでいるのに、表面張力と圧力は、彼女の体を沈ませないだけの強さを保っている。ミアーは水と戯れ、走り、跳ね、くるくると回った。まるで、固い地面の上で踊っているかのように自由に。この世で彼女が溺れ死ぬことは、絶対にないだろう、とすら思えるほどだった。
「すっごーい、ミアー姉ちゃん!」ほかの子どもたちが、羨望と称賛の声を張り上げる。
けれど土手に座るアティウスは、さらにその先まで考えを巡らせていた。頭が猛烈な勢いで回りだし、探究者の本能のままに、筋道を立てて仮説を組み上げていく。もしミアーが水を操り、引いたり押したり、水の塊と干渉したりを、ここまでのレベルでやれるのなら……水をもっと高速で動かせたら? 限られた空間で、水圧をどんどん圧縮していったら? 莫大な水の塊を、ごく小さな穴や隙間から押し出したら、どうなる?
前の世界では、圧縮された超高圧の水は、厚い石板を切り、鋼鉄さえ簡単に断ち切ることができた。まさしくウォータージェット切断機の技術だ。もしミアーの力をその域まで高められるなら、彼女はとてつもなく恐ろしい殺傷兵器になるだろう。
だが……ふと、少女の顔に目をやったとき。彼女は笑って子どもたちと遊んでいるのに、アティウスは気づいた。髪の生え際に、大粒の汗がにじみはじめている。呼吸は荒く、つかえがちになっていた。体はこわばり、重い荷を肩に乗せたまま、一度も下ろせずにいる人のようだった。
「もう無理ぃっ!」ミアーは裏返った声をあげ、そのまま体の力を抜いて、どぼんと水に沈んだ。村の子どもたちの、温かな笑い声の中で。
アティウスは、その瞬間に理解した。この魔法の力は、タダではない。使うには、支払わねばならない代償がある。操れば操るほど、そして奇抜なことを注ぎ込めば注ぎ込むほど、体は疲れ果て、生命のエネルギーを燃やしてしまうのだ。いま、無理にミアーに高圧水で石を切らせたりしたら、彼女は疲労のあまり、心臓が止まって死んでしまうかもしれない。いったい、魔法とは、どんな仕組みで動いているのだろう? そして何より重要なのは……この世界の誰もが、それを使えるわけではない、ということだ。
その夜。あたりは闇に沈み、広場の真ん中で弾ける焚き火の明かりだけが、ちらちらと揺れていた。アティウスは焚き火のそばで、父トゥイスと並んで座っていた。少年の視線は、木の台の上に置かれた、古びた青銅の剣に注がれている。祖父から受け継がれた、古い宝剣だ。青銅の肌は、火の光を赤みがかった褐色に映して、荘厳で、過去の物語に満ちて見えた。この時代は青銅の時代。銅と青銅にはまだ大きな価値があり、鉄は広く使われていない。
「父さん」アティウスが、沈黙を破った。
「どうした、チビ助」トゥイスは木工の手を止め、息子に微笑みかける。
「この青銅の剣は、誰が打ったんですか?」
トゥイスは大きく笑い、あごひげを軽くなでた。「ただの鍛冶屋や、普通の金属職人じゃないぞ」
「え? じゃあ、誰なんですか?」
「年寄りたちの言い伝えではな、この剣は『火の魔法使い』が作ったものなんだ」
アティウスは、はっと顔を上げた。目がきらきらと輝く。「火の魔法使い、ですか?」
「ああ」トゥイスは手を伸ばして古い剣を取り上げ、鈍い刃を、いとおしむように撫でた。「父さんがちょうどお前くらいの年の頃だ。火の魔法使いがひとり、このドンバン村にやって来てな。自分の手で、こうした青銅の武器を作る手助けをしてくれたんだ。お前の祖父さんや村の者たちが、魔物やあたりの危険から家族を守れるように。務めを終えると、その人は去っていった……そしていつの日か、この青銅の剣は、お前の手に渡るだろう。お前が大きくなって、それを背負う覚悟ができたときにな」
アティウスは目の前の剣をじっと見つめ、胸の中で懸命に考えを巡らせた。もしこの話が本当なら、その火の魔法使いは、ちっぽけな火をともしたり、祭りの余興に火を吹いたりするだけの人間ではなかったことになる。千度を超える高温を操り、炉の域にまで熱を高めて、銅と錫の鉱石を、たったひとりで青銅に溶かし込んでしまったのだ!
ミアーの水の魔法……過去の来訪者の火の魔法……。これらはすべて、何か隠された物理や化学の法則に沿って、動いているに違いない。魔法とは、いったい何なのだろう? 少年は、深い思索の底へと沈んでいった。
夜も更けた。半砂漠の草原という土地柄、あたりの空気は冷えはじめている。アティウスは屋根の上に登り、太い枝の上に大の字に寝転がった。視線の先には、果てしなく広がる宇宙。頭上には、見たこともない星座が、空いっぱいに瞬いている。前の世界で知っていた星座とは、まるで違った。涼しい風が、土と自然の香りを運んで、そっと吹き抜ける。遠くから、夜の虫たちの鳴き声が聞こえてきた。
静けさの中で、アティウスはすべてを振り返った。ミアーの水の力、火の魔法使いの言い伝え、家にある青銅の剣、祈祷師の小屋にあった謎の黒い石板、そして、この村の誰ひとり、論理的な答えを与えてはくれない、数え切れない疑問。
「魔法って、いったい何なんだ……」少年は、ひとりつぶやいた。
もしかしたら……この村の人々が拝み、神聖な魔法と呼んでいるものは、実は、別の形の自然現象にすぎないのかもしれない。ただ、この時代の人間には、その仕組みを説明するだけの知識も、科学の道具もない、というだけで。前の世界の古代人が、雷を恐れ、虹を恐れ、空の星を神々の御業と信じて拝んだのと、同じように。
少年の口もとに、かすかな笑みが浮かんだ。闇の中で、その瞳は強く輝いていた。好奇心と、燃えるような決意に満ちて。
「もしいつか……その仕組みと働きのすべてを理解できたなら……もう、これを魔法とは呼ばなくなるんだろうな」彼は小さな拳をぎゅっと握りしめた。「でも、それでも……どんなに難しくたって、必ずその真実を解き明かしてみせる!」
ちょうどその静かな夜、村の祈祷師の古びた小屋の暗がりの中で。古代の文様を刻み、ひそかに保管されていた漆黒の石板が、何の前触れもなく、ふっと淡い青の光を放って、瞬いた。まるで、その内に宿る何者かが、小さな少年の純粋な願いを感じ取り、応えたかのように。別の世界から生まれ変わった少年。天を衝くほどの力を望むのでも、誰かの上に立つ王になりたいのでもない。ただ、この世界の法則の真実を、理解したいだけの少年に。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……」
しかし、その厳かでロマンチックな空気は、一瞬で粉々に打ち砕かれた。アティウスの腹が、夜通しの空腹を告げ口するように、大きな音を立てて鳴り響いたのだ。少年は腹を押さえ、目をぐるりと回すと、屋根の上でごろんと横向きになった。そして、前世の故郷の方言で、ぶつぶつと愚痴をこぼした。この村の誰にも、決して通じない言葉で。
「あ〜〜、カーオ・ジー・ホイ・キア、食いてぇだべや〜!!」
彼は飢えに呻きながら、「カーオ・ジー・ホイ・キア」を思い浮かべた。温かいもち米に塩を振って、火で炙ったもの。遠い遠い昔、イサーンの高原で過ごした少年時代の、何より懐かしい定番のごちそうだった……。
ผมได้เขียนเนื้อหานิยายเรื่องนี้ ต้นฉบับภาษาไทย ถึงตอนที่ 22 แล้ว และผมจะพยายามแปลออก มาให้ดีที่สุด ให้ถึงตอนล่าสุดและนำเสนอให้ถูกต้องอย่างเต็มที่




