第五話
「栄養失調だと? 男爵家の娘がどうして」
「詳細はわかりかねますが。ずっと冷たいものや、僅かな食事しか召し上がってこなかったのでしょうね。胃腸の粘膜や消化酵素の働きが極度に低下しておりますため、急に温かいものが流れ込んだことで、体調を崩されたのでしょう」
そういうことでしたのね。確かにお腹いっぱいなのに、無理やり流し込んだようなものでした。
「あ、あの……」
「お目覚めになられましたか。ご加減はいかがです?」
声をかけた私にお医者様が気付かれて尋ねてこられました。
「ええ、すっきりしました」
「それでは、しばらくはスープなど、消化のいいものから召し上がって慣れていくとよいでしょう」
「ありがとうございます」
お医者様は帰宅することになり、馨さまは見送りにいかれました。
私は、静かにため息をつきます。
結婚初日から、なんということでしょうか。
仕事に集中したい馨さまのたったひとつのご要望にも応えられず、負担をかけてしまう始末。
食事を食べただけで倒れてしまうみっともない様を見せてしまい、私の心に浮かんだのは、生家に送り返されるのではないかという不安でした。
心臓が早鐘を打ち出します。私にはもう、帰る場所はございません。
「……」
気付けば、馨さまがお医者様のお見送りから戻られておりました。
馨さまは何か言いたげでしたが、その言葉を聞くよりも先に私は謝罪をしました。
「結婚初日からご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
あまり力が入りませんでしたが、精いっぱい声を張り上げたつもりです。
「明日には元にに戻ります。必ず役に立ってみせますので」
無我夢中でした。いつも具合が悪いわけではありません。
今日は豪華な夕食に慣れずに身体を壊してしまっただけですから。
馨さまは少しばかり逡巡したのちに思わぬ言葉を発しました。
「具合が良くなるまでは無理をするな」
「え、あ、はい」
「何かあれば岬を頼れ。彼女は住み込みだ」
「わかりました」
それだけ言い残し、馨さまは部屋を去っていきました。
病人に対し、厳しい言葉をおかけになる方はありませんでした。これまで熱を出しても、怪我をしても働かされてきた身としては、その言葉が大変温かく感じました。
「良かったぁ……」
安堵した私には、今日一日の不安と緊張からくる疲れが波のように押し寄せました。
そういえば、このベッド。なんて心地がよいのでしょう。
シーツもお布団もお日様の香りがします。
固い蔵の床が寝床で、布団なんてぼろぼろの使い古しの毛布でしたから。こんなにも柔らかいものがあるんですね。
気が付けば私は、夢の世界へといざなわれておりました。




