第二十二話
◯。 ……………………….. 。◯
──その日の夜。
今晩は、いつもと違う夜になりそうです。
私──園子は、寝支度を終えて、馨さまのお部屋へやってきました。
少し胸がどきどきしております。
いつもは、あかぎれの薬を塗っていただくだけでしたが、今日は初めての「共寝」なのですから。
コンコンと、部屋の戸を叩き、
「馨さま、失礼いたします」
とお部屋へ入らせていただきました。
部屋の奥にあるベッドに腰を下ろすといつもの流れで、手に触れられました。
「もうすっかりよいな」
「はい。馨さまのおかげです」
「また、痛くなったときは教えてくれ」
「その時は、お願いします」
私のあかぎれは長年の蓄積でした。
池田家で家事をこなすようになってからずっと悩まされてきました。
しかし、思いのほか早く治りました。薬の効能や、食事の量を増やして栄養をたくさん摂取したことも影響しているのかもしれませんが、私は、毎晩、馨さまが自ずから薬を塗ってくださったことが早期治癒の一番の理由だと思います。きっと『早く良くな~れ』と心の中で静かに念じてくださったのではないでしょうか。優しさが何よりも大きな治癒薬です。
それから馨さまは灯りを消しました。この家の主寝室のベッドは私の部屋のものより大きいので一緒に布団に入っても狭くありませんでした。馨さまの足先が私の足に触れました。触れたというより、当たった感じですが。私よりも冷たいようです。黙っているのも何なので私のほうから会話を切り出しました。
「あの商店街に受け入れてもらうにはまだまだ時間がかかりそうですね」
「ああ、そうだな」
「ですが、堂々とふるまう馨さまはとても素敵でしたよ」
「そうか。また懲りずに行こうか」
正方形の格子模様に木々が組まれた天井を見ながら互いに話します。
「眠いか?」
「いいえ」
実は緊張してしまって、目が冴えておりました。
「園子は、どんな子供だったのだ?」
ふいに馨さまが質問されました。共寝の時間は、お互いをもっとよく知るために作った時間です。
どうも答えるのが悩む質問ではありますが、馨さまならすべてを受け入れてくれる。暗いことでも楽しい声音で話そうと思いました。
「私はここに来るまでずっと、蔵で生活しておりました」
「蔵? 物置小屋じゃないか」
「はい。『白眼の呪い』を外に見られてはなるまいと思ったのでしょうね。まあ、住めば都です。案外住み心地もいいものなのですよ。蔵は宝の山でしたから」
「はは、宝か」
「はい。蔵にはたくさんの本がありました。おそらくお父様の者が大半かなと。お父様は医師なので、西洋の医術書などもあり、それは読んでもちんぷんかんぷんでしたが……。文学もたしなむ方でしたので、私は女学校に通えない代わり、ずっと蔵の本を読んでいました。それで何とか文字の読み書きができるんです」
気が付くと、馨さまは黙って私の横顔を、見つめておりました。
「10歳を過ぎたころからは家の使用人として働いてきました。そこには外の世界のことを教えてくださる方もいらして」
助さんと緑さんのことを思い出しました。今お元気になさっているのでしょうか。
「それからお母様や瑠璃子のお下がりの小説も読んでいました。私の知らないきらびやかな世界があるんだな、と。いつか外に出られたらいいなという密かな希望を胸に、毎日過ごしてきたらまさか、馨さまのもとに嫁げたので、とっても幸せです」
話を終えると馨さまは、目を細めました。
次に馨さまにお話を振りました。私も同じく、『白髪の呪い』を持つ馨さまがこれまでどんな人生を歩んできたのか、ずっと気になっておりました。
「うちは、長男は子どもの頃から何でも一人でしなければならない決まりがあった」
「一人で」
「ああ。広い部屋で一人、寝起きをしなければならず、こうやって誰かと共寝をするのも、赤ん坊の時以来だと思う」
天井を見ながら話す馨さまに対し、今度は私がその横顔を見つめました。
「5歳の頃、父を通じて英ちゃんの遊び相手になるよう指示された。英ちゃんとはそれ以来の付き合いだ」
「どんなことをして遊んだのですか?」
「あいつはやんちゃ坊主だったので、チャンバラごっこが多かったな」
なんだか想像がつきました。
「園子の白眼と違い、俺の白髪は染色で隠せば周囲に馴染むこともできる。そのため、子どもの頃は定期的に染色をされて、呪いを隠していた。だが俺たちはある夏の日、山で狐につままれたような不思議な経験をしたんだ」
「それは……」
「避暑地で静養中なんと1か月以上行方不明だったらしい。その時のことはよく覚えていないのだが、見つかったときにはすっかり髪の色が抜けて、呪いがばれてしまったのだ」
「それは大変な出来事でしたね」
「ああ。それから家同士でもめ事が起きた。呪いを隠してきたことや、英ちゃんを危険な目に合わせたのは俺のせいであることなど。しかし英ちゃんだけは、逆に俺に命を救われた、この力は祝福の力であると言って、また元通りの遊び相手に戻してくれた」
馨さまにとって英臣さまが大事なことがより理解できたように思えます。
「だが元に戻らないものもあった」
「えっ」
「その時、呪われた子を産んだ責任を感じた母は、家を出て行ってしまったから──」




