第二十一話
帽子が吹き飛び、色眼鏡を落としてしまいました。
さらに、ぶつかってきた方は、そのまま眼鏡を踏んで立ち去っていきました。
顔をあげると、大変です。
「あれは……呪われ者! どうしてここに?」
「近づいちゃいかん! 何が起こるかわからんぞ」
「白髪に、白眼だと? 何故、呪われた者同士がこの町にいるのだ!?」
「この商店街に来るんじゃない。呪いが移ったらどうするんだ」
「帰れ、帰れ、帰れ!」
あたりに冷笑と怒号が飛び交いました。
私はめまいがして、そのまま真っ白な世界にぽつんと取り残されたような不思議な感覚になりました。
池田の家から出て、ようやくつかんだ小さな幸せ。
お節介から始まった行動に、あたたかなお返しをもらって、岬さん、英臣さま、宵さまという、私を肯定し受け入れてくれる存在が増えたことで、こうやって外に出る勇気が出た。
しかし、その「勇気」とは──諸刃の剣。
やはり、私が家から外に出るのは間違った判断だった──
「お前たちは」
怒気を含んだ声が耳元で響き、私の意識が商店街へと戻りました。
はっとしました。
「『白』を嫌うが、『白』に何かされたのか?」
声とは異なり、馨さまは普段と変わらない冷静な表情で、聴衆をじっと見つめました。
すると、それまで騒いでいた者たちがぴたりと口を止めたのです。
そして、色眼鏡の破片をポケットにしまい、帽子についた土ぼこりをはたいてから、私にかぶせてくださいました。
「俺はいいが、妻のことは傷つけないでくれ」
最後に馨さまが聴衆に述べた言葉は、たいへん寂しそうでした。
馨さま、私はあなたさまも傷ついてほしくないですよ。
周囲の張り詰めていた空気が緩んだような気がしました。婦人方が胸を痛めたような顔で、馨さまのことを見つめています。中には「確かに、『白』に何かされたと言えば……そうよね」と馨さまのおっしゃることに納得されている方も現れました。
「園子、帰るか?」
馨さまは悲しそうに私の顔を覗き込んでおります。ふと来たときの言葉が頭に浮かびました。
『これからは隠すのではなく街に馴染んでいこう』
──それが私たちの目標です。
せめて商店街を往復するくらいはいさせてもらいましょうか。
「お買い物をしてみたいです」
「ああ、いこうか」
「はい」
「何が欲しい?」
「コロッケはどうでしょうか?」
「またコロッケでよいのか? メンチやカツレツはどうだ」
会話を始めると、私はあまり周囲の目線が気にならなくなりました。自分たちの世界に入り込んでしまった感じです。馨さまがうれしそうに目を細めます。周りに何を言われても、それらを跳ね返してしまうだけの強さを持つ馨さまがとてもかっこよいと思いました。
それから色眼鏡を修理に出し、例の肉屋に行きました。
私はメンチもカツレツもどちらも食べてみたく、選べないでいると、二人で半分ずつ食べることになりました。互いが半分まで食べたものを交換するというのは甘く、恥ずかしいです! しかし初めて食べたこの二つの総菜の触感にはまた感激しました。
「サクサクして、肉汁がじゅわっと広がって美味しい」
「ああ、本当だな」
心からの言葉を店先で述べれば、店主さんも私たちを怖がるより、喜んで下さっておりました。
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何よ、何よ、何よ!!!!
私──池田瑠璃子は、光雄君への恋文の続きを書かせるために、園子に会いに来た。
そうしたら、今は逢瀬中ですって?
いらいらする。園子の奴、お相手の侯爵様とうまくやっているみたいじゃないの。
こちとら、あんたがいなけりゃ、恋文の続きもかけないし、お出かけの約束もできないっていうのに!
「逢瀬ってどこにいったの! 教えなさいよ」
「……それは、お二人の個人的なことですので……」
この使用人も、たかが使用人のくせに、すっかり園子の言いなりになっているじゃない。
「これはあの子の仕事なの! すぐに居場所を教えないと、あんたなんかこの家で働けないようにしてやるわよ!」
精いっぱいの脅しが利いたようで、使用人は口を割ったわ。
それが、逢瀬の場所を聞いたら、坂の下にある翠星商店街だっていうじゃない。逢瀬が商店街だなんて……全然お洒落じゃなくて、園子姉さんらしくて笑ってしまう。
だったら少し揶揄ってやろうかしら。
そう思った私は商店街に向かったわ。
ところが、商店街にきて驚いたわ。
巷の女の子の憧れ『YOI SUGISAKI』のアールヌーボーの着物を着た女と、白いスーツ姿の恋人同士が商店街の中では、ひと際目立っていたの。
隣の男、白髪だし……あれは油小路さまに違いないわ。呪いの髪を隠すことなく街を歩くだなんて……おっそろしい。近づいていくと、二人は腕を組んで仲睦まじげに笑い合う。きっと油小路さまが姉さんにあの衣装を送ったのね。なんていうことかしら! 私が着たほうが可愛いのに……。
悔しいわ……私……間違ったかしら……。
光雄くんは、売れない作家。ロマンチックなお人だけれど……侯爵様のような裕福なお家の生まれではない。正直言うと、姉さんの元に恋文を書くのを頼みに行くのも面倒くさくなってきて光雄くんとの関係もこじれてきていた。もともと私宛に来た結納品だったのに……。どうして、姉さんが幸せそうにしているの……!
気付けば私は姉さんの方に体当たりしてその場から逃げ去っていたわ。




