第二十話
さて、次の休み、馨さまとの逢瀬になりました。
「いかがでしょうか」
今日私が着用したのは、宵さんが作ってくださった銘仙です。
白地にアールヌーボーと呼ばれる意匠の植物や花が施されております。曲線美がとても美しい繊細な絵が描かれた布地は、海外から取り寄せたものだそうです。それで着物を仕立てるとは、なんと大胆な発想でしょうか。自分でも着られるのに今日は岬さんが着付けをしてくださりました。
さて、馨さまの感想はいかに。
「似合っている」
少し目を細めて優しくそう仰いました。
馬子にも衣裳とは言いますけれど、馨さまのお隣に並ぶに、ふさわしい存在になれたでしょうか。
そういう馨さまも、白いジャケットにネクタイ姿の洋服を着ております。
軍服も素敵ですが、こういった普段着もとても似合っておられました。
外に出る際は、色眼鏡をします。
宵さんは色眼鏡が似合うような配色を意識したと仰っておりました。
編み上げのブーツを履いて、カンカン帽をかぶると完璧、という言いつけ通り、私はしっかり着飾り玄関を出ます。
「奥様……大変すてきです!!」
岬さんが目を輝かせて、お見送りしてくださりました。
「さあ、行こうか」
「はい、ところで本日はどちらへまいりますか?」
「外に出たことがないのだろう?」
「はい……恥ずかしながら」
「それほど素敵に着飾って、恥ずかしいなんてことはない」
「そうですね」
なんともこそばゆい会話のやりとりです。
ふと私が歩き出すと、馨さまはまだ立ち止まったまま、左手を腰におき、じっと立ってこちらを見つめておりました。その体制は一体何でしょうか。
「?」
「……あ」
「…………な、なるほど!」
気が付くまで、5秒ほど時間がかかりましたが、理解しました。
腕を組んで歩くというご提案ではないでしょうか?
私は殿方と腕を組んだ経験などありませんが、逢瀬ではそうやって殿方が先導すると聞いております。
「こ、これでよろしいでしょうか」
「ああ」
私は馨さまの左腕にそっと自分の手を巻き付けました。あまり近づきすぎると心臓の音が聞かれてしまいそうです。
「今日は家から近い翠星商店街を散歩しよう」
「はい、なんて素敵なんでしょう!」
「銀座の百貨店や、カフェーに行くのも考えたが、まずは近いところから。徐々に遠出をするのはどうだろうか」
なんということでしょう。馨さまは初めて外にでるよちよち歩きの赤ん坊のような私に実にふさわしい逢瀬を計画してくださっています。確かに流行りの場所へ行くのも憧れますが、正直、普段岬さんが買い物に出かけている商店街がどんな場所なのかは気になっておりました。どれほどにぎわっている場所なのでしょう。
ただひとつだけ心配があります。
今日馨さまは軍帽などをかぶることもなく、白髪を晒しております。
商店街で揶揄われてしまうようなことは、ないでしょうか。
「心配か?」
「ええ、少し」
「しかし、これからは隠すのではなく街に馴染んでいこう」
「えっ……」
そのような考えに至ることはなかったので、私は驚いてしまいました。
「俺はこれまで軍の仕事の際の昼飯や宴会などであっても、外に出るのは苦手だった。それで園子に弁当を作ってもらった」
「そういういきさつがあったのですね」
「しかし、上官がああ言うのだ。これは祝福の力、と」
「ええ。考えてみれば、『白』の呪いが誰かを傷つけたことはこれまで一度もございませんでした」
「俺も同じ認識だ。だから、それを盾に堂々としていよう。街の人にも受け入れてもらうのだ」
「なんと素敵なお考え」
こそばゆいです。こうやって一緒にいる時間が増えていけば、どんどん馨さまがこれまでどう生きてらしたのか、何を考えておられるのかなど、いろいろわかっていくのでしょうね。ふと手元を見つめます。あれほどひどかったあかぎれはこの日に合わせたかのようにすっかりきれいに治癒しておりました。
そうして、邸宅から坂を下ったところにある翠星商店街を歩きます。
看板をくぐると、町家づくりの商店が両脇にずらりと50軒ほど並んでおります。
「あれは、なんですか?」
「呉服店で、その隣が写真館だ」
「写真館は、どんな時に利用するのでしょう……まあ、おいしそうなにおい。これは噂のお肉屋のコロッケ!」
「食べたことがあるのか?」
「実は……作ってみたくて、岬さんにお願いして試食をしたのです」
「そうか」
「すみません、無駄遣いを……」
「探究心があるのはいいことだ。それに俺が仕事に行っている際も楽しそうでなによりだ」
「ありがとうございます」
「コロッケが食卓に出るのが楽しみだな」
お弁当に入れるつもりですから、もっとびっくりすると思いますよ!
「馨さまはコロッケがお好きですか?」
「ああ、一度だけ食べたことがある。俺は野菜のとまと以外苦手なものはない」
これは耳寄り情報です! さらに歩みを進めていくと、青果店に豆腐屋、魚屋、酒屋などがあります。いつも食材はこの辺りのお店にお世話になっているのでしょう。しかし、徐々に人通りが増えていくと、奇異の目で私たちを眺める人が増えていきました。
「あの髪……白髪よ」
「隣の女は恋人かしら……奇抜な恰好ね」
私は身を隠しているので服装だけしか注目されませんが、馨さまの白髪に言及する人たちがおり、私は心苦しい思いでした。
とその時──
ドンッと早歩きの女学生のような恰好をした方に、ぶつかられてしまいました。
思わず躓いてしまった際、帽子が吹き飛び、色眼鏡がずり落ちてしまったのです。
さらになんと、その女学生は私の色眼鏡をパリンと踏んづけて逃げていきました。
どうしましょう。晒したくなかった白眼が公になってしまいました。




