第十九話
それから数日後の朝のこと──
「今日の昼、お前に客人が来る」
馨さまはそれだけ言い残してお仕事に出かけていきました。
私のもとに客人が来るのは、人生で初めてのことです。
いったいどなたがこの家を尋ねてくるのでしょうか。
帝国陸軍異能特殊部隊の方、それとも馨さまのご家族である侯爵家の皆様。まさか、池田家の誰かだったりして。
掃除中もずっと頭の中に、不安が占拠しておりました。後々気になるくらいなら、その場で詳しく聞いておけばよかったと感じます。もう少し質問力というものを鍛えなくてはならないわ。と悩む私もなんだか私らしいなと感じます。
近頃は、馨さま、岬さん、英臣さまとお優しい方ばかりで、安心していましたが、その「客人」は白眼のことを知っているのでしょうか……。ともかく心配なので、本日は室内でも色眼鏡も着用しておくことにしました。
「ごめんください」
「はあい」
いよいよ、やってきた客人。その方を見て私は大変驚いてしまいました。
何故ならその方が、雑誌『ハイカラ婦人』にて特集されていた人気の衣装デザイナー杉崎宵さんだったからです!
「YOI SUGISAKIのデザイナー杉崎宵よ」
と言って、宵さんは私に名刺を差し出しました。英語がかかれた名刺をもらうなんて!
そして私の目は、宵さんにくぎ付けになりました。
身体の線がきれいにみえるフラッパードレスに釣り鐘状の帽子であるクロッシェを身に着けた、先進的なお姿。(ちなみに衣装の名前は全部『ハイカラ婦人』で学びました)
宵さんのご尊父は、帝国におけるモダンデザインの父と呼ばれるお方。西欧諸国へ留学経験もある方を父に持ち、お仕事をお側で見守りながら育った宵さんご自身も、類まれなるセンスをお持ちのようです。
現在は銀座の百貨店に店舗を構え、ご自身がデザインした着物やモダンガールの洋服を販売されていると『ハイカラ婦人』に掲載されておりました。
あまりの驚きで気分が高揚しましたが、ふと冷静に考えてみると、どうしてそんな方が我が家にという疑問が浮かび、私は早速伺ってみました。
「あの、どうして我が家にいらしたのでしょう?」
「あなたの夫──油小路侯爵の息子さんからの依頼でね。最新ご結婚なさったのでしょう? ご婦人に新たなお召し物を見繕いたいと頼まれたのよ」
「なんと! 馨さまが私に……!?」
「あら、その反応! 奥さまには秘密で依頼してきたのね。サプラーイズ。なんて素敵なご夫婦」
「あ、ありがとうございます……」
大変うれしく思いました。嫁いだ時でさえ、瑠璃子のお下がりでしたし、そもそも外に出かけないので、大したものは必要ないと思い、英臣さまの接待の時でさえ、貸衣装で済ませておりましたので。
馨さまのさりげない気遣いもうれしくなりますが、このような著名な方に直接依頼をなさるとは、やはり侯爵家の方の横のつながりというのはすごいものですね。
「ところで、あなた本当に奥様……?」
「はい、間違いありません」
宵さんは江戸っ子という雰囲気のちゃきちゃきとした女性です。私の姿をまじまじと見つめてきました。
「侯爵夫人になるお方にしては地味ね? 色眼鏡だけはお洒落だけど……浮いているわ」
「も、申し訳ございません」
「どうして謝るのよ?」
「えっ……」
じっと迫られ、見定められたような気がして、強張り、謝罪の言葉が出てしまいました。
しかし、よくよく宵さんのお顔を見ると、好戦的で、楽しそうなお顔つきをされています。
「それだけ地味なら、変身させがいがあるってことよ! ほら、さっそくだけど採寸させてちょうだい」
「は、はいっ!」
それから私は、客間でくるくると回されながら体を採寸されました。
宵さんは、布地の見本を私に見せて、おすすめの模様や、色合いを丁寧に説明してくれます。
流行りのデザインを教えてくださるので、とても勉強になりますが、何が着たいかは私に判断させてくださりました。
その結果、アールヌーボーやアールデコといった意匠を取り入れることにしました。
近頃は嫁いだ時よりはよくなってきたとはいえ、血色のよくない私が、できるだけよく見えるような色合いも検討してくださることに。そうして、着物とドレスを数点準備いただくことが決まり、その日の訪問は無事に終了したのです。
「来週またお邪魔するわ。楽しみにしていてくださいね」
「はい、本日はありがとうございました!」
宵さんはこれからお店に戻ってお仕事されるそうです。とても元気で明るくかっこよく、素敵な女性で一緒にお話をするだけで、気分が高揚するのがわかりました。
その夜、馨さまとの、二人きりの時間──
「宵さんのような著名な方が客人とは思ってもみませんでした」
「はは……。英ちゃんに教えてもらった有名なデザイナーでな。園子を驚かせようと思った」
馨さまは宵さんが来た経緯を白状されました。
「しかし、あれほどたくさん見繕っていただいてよろしいのですか?」
「ああ。先日の接待の労いだ」
「あんなに高価なものを、本当にありがとうございます」
「ああ。だが箪笥の肥やしになるのもつまらん。服ができたらそれを着て出かけるのはどうだ」
──なんと。初めての逢瀬のお誘いをいただきました。




