第十八話
それから英臣さまへのおもてなしが始まりました。
上官の方を接待するのは初めてのことでしたが、さすがは岬さん。接待の段取りの上級者というくらいに手慣れており、てきぱきと準備してくださいました。食事は懐石料理の仕出しを頼み、私はお吸い物を用意しました。食事の最中は、英臣さまと馨さまにお酒を注ぎます。
英臣さまとお酒を飲む際、馨さまは普段は見せないようなお顔で笑っておられました。白い頬が少し紅潮しておられたせいか、とてもかわいらしく思えます。私と一緒にいる時にもあのような笑顔を作れるような妻になりたいものです。
英臣さまは大酒飲みで、あっという間に準備していたお酒がなくなってしまいました。岬さんに買いに行ってもらうという思いもよらぬ事態もありましたが、英臣さまも馨さまも大変楽しい時間を過ごされていたように思います。英臣さまが我が家で寝てしまわれたので、翌朝、馨さまが英臣さまをご自宅まで送っていくことになりました。英臣さまは帰り際、
「園子さん、また来てもいいか?」
「はい、もちろんです」
「今度はうちの隊みんなを連れてきます」
と言い残していきました。
英臣さまは、『白眼の呪い』を『白眼の祝福』と仰いましたが、帝国陸軍異能特殊部隊には、馨さまや私と同じく『白』の力を持つお方が集められているとのことです。皆さんどのようなお方なのでしょうね。お会いするのが楽しみです。
そうして、無事、初めての上官の方のおもてなしが完了しました。
「岬さん、ありがとうございました」
「奥様もです。英臣さまと言えば大層なご身分のお方ですから、恐れおののいておりましたが」
「えっ……」
大層なご身分のお方? なんと! 私はそれを把握しておりませんでした。
「そうでしたか……」
「まさか、奥様、ご存じではなかったのですか?」
「は、はい……」
「獅子宮英臣さまは、我が帝国の皇位継承順第二位の皇太子さまであられます」
「……な、なんと!」
それを早く教えてくださいよ、馨さまに岬さん! と心の中で叫びます。かなり気さくにお話してしまいましたが大丈夫しょうか?
上官を自宅まで送り、帰宅された馨さまにもお話しました。
「あの……先ほど岬さんから、英臣さまが皇太子さまであると伺いまして……」
「ああ。そうだ」
「私、粗相はなかったでしょうか……皇太子さまと知っていたらもっと華やかな宴にすべきだったかと……馨さまに恥をかかせるようなことはなかったでしょうか」
焦りと恥ずかしさで、馨さまのお顔を見られません。しかし──
「また来たいということは、うちでの時間が気にいったということだろう」
と馨さまは優しく仰いました。
「そう、ですか」
「ああ。細かいところまで気を配ってくれて助かった。ありがとう」
「まあ、良かったです」
心の底から安堵し、緊張からの解放で、思わず腰の力が抜けてしまいました。そして、気付けば馨さまの身体にへなへなと寄りかかってしまいました。
「大丈夫か」
「ええ、大丈夫です。今は充実感でいっぱいでございます」
その日の夜も、いつも通り風呂を済ませてから、馨さまのお部屋に足を運びました。
毎晩お薬を塗っていただき、私のあかぎれはとてもよくなってきました。これまで水に手を入れれば沁みるのを我慢してきたのですが、今では割れた部分は治癒し、沁みることもありません。
密かに考えていました。あかぎれが完璧に治ってしまったら、この夜の穏やかで幸せな二人きりの時間はなくなってしまうのでしょうか。傷が治癒することは嬉しいことなのに、馨さまに薬を塗ってもらう時間がなくなると考えると寂しさを感じます。そんなことを考えていた時、珍しく馨さまが口を開きました。
「昼間、英臣が帰ってからほっとして腰を抜かしただろう」
「は、はい……はずかしながら」
「客人を迎えるのは、大変なことだ」
「ですが、岬さんもおりますし、馨さまのお仕事と比べれば……」
「それでも、俺は感謝している」
「あ、ありがとうございます」
手に薬を塗りながらですので、あまり表情は見えませんが、優しい言葉に、頬が熱を帯びていきました。
「俺は、園子のことを昨日、初めて知った」
「蔵に閉じ込められていたことや、家を出ることが許されなかったこと、でしょうか」
「そうだ」
「恥ずかしい過去と思い、お話しすべきではないと思っておりました」
「そうだろう。しかし、そんな過去も含めてお前のことを、もっと知りたいと思った」
「えっ」
「他の者より先に、夫である俺が知っていたいと思った」
馨さまは、表情を変えずに淡々と仰りました。
「つまらないことばかりですが……」
「苦しいことなら無理に話さなくていい。それでもお前が何を考え、どう生きてたのか、知りたいと思ったのだ」
「馨さま……」
「この手は、もうすぐ治癒するだろう?」
はっとしました。私がここへ伺う理由がなくなってしまう。そのことに馨さまも気付いていたことが驚きでした。
「そのときは、週末だけでもいい。共寝の時間を作り、眠くなるまで話をしないか」
「……!」
それは思いもよらないお誘いでした。




