第十五話
本日から家の中で色眼鏡をかけるのはやめました。
岬さんが驚いておりました。旦那様がこのままでいいと仰ってくれたと話すと、岬さんは優しく微笑んでくださいました。この家は、私にとって温かくて安全な場所。優しい人たちに囲まれて本当に幸せです。
「おはよう」
軍服に着替えた馨さまが、食堂へとやってきました。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「ああ」
と私の顔をみた馨さまは、色眼鏡がないことに気付かれました。
「そっちのほうがいい」
口元だけわずかにほほ笑むと、私の頭をぽんと優しく撫でました。それは刹那、本当にさりげないことで、すぐに席につき、いつもと同じく準備が整うまで新聞を読み始めました。
馨さまにとっては、ごく当たり前のことのような仕草でしたが、私はあのような優しい笑顔で異性に触れられたのが初めて。甘やかな気持ちが胸の中で膨らんでいきました。
それから食堂で朝ごはんを食べていると、突然、馨さまが岬さんを呼びました。
「岬、園子の食事も、俺と同じぶんだけよそってくれ」
「???」
私は驚いてしまいましたが、岬さんはすぐ一礼すると、
「かしこまりました」
と下がっていきました。
私は食が細く、朝ごはんは馨さまの半分の量だけいただいていますが、これがよくなかったのでしょうか。岬さんはお茶碗にご飯を追加で盛って、お味噌汁をつぎ足します
「馨さま、どうなさったのですか?」
「余計なお世話かもしれないが、しっかり食べてほしい」
もしかしたら昨夜、軟膏を塗っていただいた時、棒のように細い腕を見たからでしょうか。あかぎれの薬にしても、食事にしても、馨さまは細かなところまで私を気遣ってくださいます。
「しっかり食べれば傷の治りも早い」
私はなるほどと思い、あかぎれの手を見つめます。
「ああ、だがまた倒れたら困る。少しずつだ」
「はい。頑張りますね」
それから私は少しずつ食事の量を増やしていきました。
初めこそは、お腹がいっぱいで苦しくなってしまいましたが、徐々にそれにも慣れてくると、馨さまと同じ分だけ食べることができる日も増えてきました。
──ある夜のことです。
軟膏を塗っていただく時間は毎晩の恒例行事になりました。その時間だけ二人きり。互いに何か言葉を交わすこともありません。しかし、それは優しさにあふれた時間。
この時間を過ごすたび、温かな気持ちが高まり、この家に来ることができたことに心から感謝したいと思います。
今日も軟膏を塗り終えると、珍しく馨さまが口を開きました。
「園子、上官が家に来たいと話している」
「帝国陸軍のお方がですか?」
「ああ、少し厄介者なんだ。言い出すとしつこい」
上官の方をそのように仰るのが思いのほか以外に感じました。
「お前が嫌なら断るのだが」
「いいえ」
私は即答しました。「内助の功」は妻のだいじな役目。
白眼のことだけは気がかりですが、馨さまのためを思えば断るはずありません。
「ぜひ、おもてなしさせてください」




