第十三話
コロッケで浮かれていた気持ちはどこへいってしまったのでしょう。
せっかく結婚を機に新しい人生を始められると思っていたのに。瑠璃子の来訪は、結婚してもなにも変わらないとことを突き付けられたようでした。情けない姿を岬さんに見られたことも心苦しく、その夜はあまり元気が出ません。
馨さまがご帰宅され、一緒に夕食を食べましたが、いただきますとごちそうさまの挨拶だけの静かな時間になってしまいました。
『捨てられていないか様子を見に来てあげたんですよ』
あの言葉が呪いのように私の心を暗がりに引き込みます。
『君に求めることは何もない』と言われた結婚初日。私はいずれ、捨てられてしまうのでしょうか。
食事中馨さまは、ちらちらとこちらを伺って、目が合うと気まずそうに目をそらします。
何か話したそうですが、私は暗澹たる気持ちのせいで、馨さまに声をかける勇気もありません。
馨さまがお風呂に入っている間、岬さんと夕食の片づけをしておりました。無言のままでいるのも気まずく私は声をかけました。
「岬さん、今日は恥ずかしいところを見せてしまって、すみません」
「恥ずかしいなんてこと──」
「ひどい妹でしょう。実は馨さまとの縁談は妹に来たもので、身代わりとして私はここに来たんです」
「奥様……」
「男爵家の娘を装っていますが、ずっと蔵に押し込められて使用人みたいに働いてきたんですよ」
「──奥様!」
早口でまくしたてていると、岬さんは私の手を握りました。
「私は口減らしで親に捨てられ、字も読めません」
「えっ」
「何にも恥ずかしいことはありません! 私はむしろ、奥様のことを心から応援したくなりました!」
「……っ!」
私は思わず涙ぐんでしまいました。
「みさきさぁん……ありがとうございます……」
岬さんが自身の弱みとも呼べることを打ち明けながら私を肯定してくださったからです。
「私もお手伝いさせてください!奥様が実家に戻られるなんてこと、決してないよう努めます」
涙をぬぐっていると、そこに、お風呂上がりの浴衣すがたの馨さまが顔を覗かせました。
風呂上りの馨さまは頬が少し上気しています。
「園子」
「はい、旦那様」
「風呂から上がったら部屋に来い」
「あっ……は、はいっ」
すぐに馨さまは踵を返し部屋へと戻って行かれました。
お風呂上りに部屋へ呼ばれた………⁉
「奥様っ……夜にお誘いだなんて、心配無用だったみたいですね」
「岬さんっ」
岬さんは軽く飛び跳ねながら、おしとやかにほほ笑みました。
「実家に送り返すって話だったらどうしましょう」
「そんなはずありません。だって旦那様、頬を赤らめておりましたもの」
あれは、風呂上りだからじゃないの?
「ともかく奥様、残りは私に任せて、早く湯あみをして旦那様のところへ行ってください」
岬さんに背中を押されて、私は風呂に入り身支度を整えました。
そうして今、馨さまの部屋の扉をこんこんと叩いたのです──




