第十二話
「奥様、素晴らしいお考えです! となりますと、一度くらいは味見をしたほうがよいのではないですか?」
岬さんが提案をしてくださいました。確かに百聞は一見に如かず。
しかし、私には高い壁がありました。
「洋食屋に行くにしても、外出は難しいですから……」
ところがそんな私に思いもよらぬ朗報が!
「奥様、大丈夫ですよ。肉屋でコロッケを販売しておりましたから」
「岬さん……!」
私は思わずきらきらした顔で岬さんを見つめます。
「買ってまいります!!」
それから三十分もたたないうちに、岬さんは、コロッケを買ってきてくれて、私たちは、庭先で早速試食をします。
「外はさくさく、中はほくほくですね」
大きくはないのであっという間に平らげてしまいました。
「はぁ……お粗末様でした」
「奥様、店主さまにどうすれば家でコロッケを作れるか尋ねてみたのです」
「どうでしたか?」
「コロッケは揚げ油が必要です。洋食屋や肉屋などのお店ならまだしも、一般家庭でたくさんの油を入手するのは難しいのではと仰っておりました。ですから肉屋や洋食屋で召し上がる方が気楽ではないかと言われてしまいまして」
「そうでしたか……」
なるほど。油ですか。
「岬さん、ありがとうございます。それでもあきらめずに行きましょう。少しずつ自宅でコロッケを作る環境をととのえていきましょう」
「はい、奥様!」
一朝一夕でコロッケへたどり着けるなんて端から思っていませんもの!
「へぇ~。お姉様、生まれて初めてのコロッケはどうでしたか? せいぜい胃を壊さなければいいですけどね」
突然、頬を突き刺すような冷たい風がなびきました。
もう聞くことはないと思っていた声。聞きたくないと思っていた声。
「瑠璃子…!どうしてここに?」
鮮やかな銘仙の着物姿に束髪姿の瑠璃子が、私のもとへと現れたのです。
「どうしてって。捨てられていないか様子を見に来てあげたんですよ」
「……っ!」
余計なお世話です。
顔をしかめる私を岬さんがちらと見つめました。
「白髪の呪いをお持ちの旦那とは言え、やっぱり侯爵家の邸宅は素晴らしいわね! それでも私は結婚なんて無理だけど~」
「ご心配には及びませんから。早く帰らないと家族が心配しますよ」
「ふふ、他にも用があって…」
「なんでしょう?」
「光雄くんへの恋文の返事を書いてもらいにきたの。それはお姉様の仕事でしょう」
「……くっ」
結婚と共に池田家と縁を切ることができたと思っていたのに。
これからも付きまとわれるのでしょうか。
「……わかりました」
すぐに断れなかったのは、両親と共に何か報復をしでかすのではないか。馨さまにご迷惑をおかけするのではないかという不安からでした。
私はしぶしぶ、瑠璃子の恋文をしたためたのです。




