第九話
すると、馨さまの手が私の手にすっと重なったのです──
「……」
「……っ!」
馨さまの手は私と同じで、冷えておりましたが、肌に触れるのは初めてのこと。胸がとくんと鳴りました。しかし、思いのほか触れたままの沈黙が長いので、だんだん恥ずかしくなってしまいました。
私の手は、年中台所仕事や掃除をしている中でできた、ひびわれとあかぎれで、ざらついております。きれいとは程遠いぼろぼろの手が、馨さまは気になったのでしょうか。しばらくして手を離すと、
「弁当、ありがとう。いってくる」
と言ってお出かけになられました。
さて、今日は、明日からのお弁当のおかずをいろいろ考えてみる日としましょう。
◯。 ……………………….. 。◯
「カオル、お主、近ごろ身だしなみが整ったな?」
「そうですか」
俺にそう声をかけたのは、帝都陸軍異能特殊部隊隊長を務める、上官であり皇太子の獅子宮英臣である。彼は皇位継承権第二位。
俺は幼少の頃から、一つ年下の英臣殿下の遊び相手をしてきた。今では英臣が新設した帝都陸軍異能特殊部隊で共に勤務している。
「ああ。軍帽も軍服もほこり一つなく、軍靴は輝いておるぞ?」
言われたとおりに軍帽・軍服・軍靴と視線を移してみる。
「たしかに」
「今気づいたのか」
「はい」
「いつも俺が見た目を気にせえと言っても全く聞かなかったくせに、どうした?」
上官は話し出すと長い。
「眉目秀麗な軍人であるというのに、細かいところに目が行き届かないのが、勿体ないと思っていたのだ」
「はあ……」
それに変わり者だ。誰もが嫌悪するこの白髪を、彼だけは褒めてくれる。白髪の呪いをもって生まれ、責任を感じた母は家を出ていった。それでも世の中捨てたものではないと思えたのは、彼がいたからだ。
「まあ、大方予想はつく。すべて奥方の功績であろう」
「……!」
「なんだ、お前、気付いておらんかったのか?」
「はい……」
「ようやくお主んとこに収まってくれた、ありがたき奥方じゃ。大事にするんだぞ」
「わかっております」
帰ったら礼をいわなければ。
園子が来て今日で10日。初めて家に来た日は驚いた。まん丸の色眼鏡に、がりがりの腕。顔色が良いとも言えなかった。初日から医者を呼ぶことになったときは、顔や口には出さずとも、心の中で先が思いやられた。しかし、倒れたのはあれ一度きり。日に日に彼女の血色はよくなっている。彼女は思いのほか強い心を持っている。
「君に求めることは何もない」縁談の席でも必ず発してきたあの言葉は、すべての縁談を断られるという結果を招いた。だが、園子だけがあの言葉に「暖かい環境など望みません。ただ、せめて、妻として貴方様のお手伝いをさせてくださいまし」と立ち向かってきたからだ──




