第5話 制度の顔
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第5話 制度の顔
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◇
週明け。選抜まで、五日。
五百旗頭が、朝から動いていた。
◇
「――事務職員の記録を、調べました」
昼休み、図書室で。
「調べられるのか、そんなもの」
「公開情報の範囲です」五百旗頭は言った。「学校要覧、卒業生名簿、部活動の記録」
五百旗頭は、メモを開いた。
「名前は、和泉さん、と言います」
……和泉。
「事務室の、庶務担当です」五百旗頭は言った。「勤務歴、六年」
「十年前に卒業して、六年前に就職か」
「はい」五百旗頭は言った。「大学を出て、そのまま母校に戻ってきています」
……。
柏木先生と、同じだった。
◇
「二人とも、戻ってきてるのか」
「はい」
「偶然か?」
「わかりません」五百旗頭は言った。「ですが、十年前の同級生が、二人とも母校に勤務している。……確率としては、低いでしょう」
……。
「和泉さんは、何をしていた人なんだ」
「在学中ですか」
「ああ」
「――図書委員会の記録には、名前がありません」五百旗頭は言った。「別の委員会でもありません」
「じゃあ、無関係か」
「いえ」五百旗頭は言った。「――生徒会の記録に、名前があります」
……。
「生徒会?」
「はい」五百旗頭は言った。「――書記です」
……。
五百旗頭と、同じ役職だった。
◇
その日の放課後。
俺たちは、事務室の前を通った。
わざとではない。……いや、わざとだった。
窓越しに、中が見える。
数人の職員が、机に向かっていた。
その中に、和泉さんがいた。
……近くで見ると、思ったより若かった。二十七、八。柏木先生と同じくらい。
髪をひとつにまとめて、事務服を着て、黙々と書類を処理していた。
……普通の人だった。
どこにでもいる、事務員。
◇
「……普通ですね」
五百旗頭が、小声で言った。
「ああ」
「四巻のとき――いえ、演劇のとき、わたしは、黒幕を想像していました」五百旗頭は言った。「もっと、こう、威圧的な人物を」
「俺もだ」
「でも」五百旗頭は言った。「――あの人は、ただの事務員に見えます」
……。
そのとき。
和泉さんが、顔を上げた。
……目が、合った。
◇
……。
心臓が、止まりそうになった。
和泉さんは、少しだけ、驚いた顔をした。
それから。
……小さく、会釈をした。
……。
俺たちも、慌てて頭を下げた。
そして、その場を離れた。
◇
「……見られました」
「見られたな」
「まずいでしょうか」
「わからん」
廊下を早足で歩きながら、俺は考えていた。
……あの反応。
驚いていた。
でも、警戒はしていなかった。
むしろ。
……少し、困ったような顔だった。
「……なあ、五百旗頭」
「はい」
「あの人、俺たちのこと、知ってると思うか」
「――知っているでしょうね」
五百旗頭は言った。
「わたしたちは、あのゲームの経験者です」五百旗頭は言った。「そして、運営に関わる立場なら、当然、記録を見ています」
……。
「つまり」俺は言った。「向こうも、俺たちを、見てるってことか」
「はい」
◇
その夜。
図書室に残っていたのは、俺と五百旗頭だけだった。
他の面々は、部活や用事で帰っていた。
「……五百旗頭」
「はい」
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「お前、なんで、ここまでやるんだ」
……。
五百旗頭は、少し黙った。
それから、言った。
「――解けない問題が、嫌いだからです」
「それだけか?」
「……いえ」
五百旗頭は、テーブルを見ていた。
「あの演劇のとき」五百旗頭は言った。「わたしは、劇の結末を書きました」
「ああ」
「『もし、あなたが来ていたら』」五百旗頭は言った。「――回避できた可能性を、書きました」
「うん」
「あれは、事実ではありません」五百旗頭は言った。「想像です」
……。
「柏木先生は、あれを見て、崩れました」五百旗頭は言った。「わたしの想像で、あの人を、追い詰めました」
……。
「……それは」
「間違いだったとは、思いません」五百旗頭は言った。「でも、正しかったとも、思えません」
◇
五百旗頭は、顔を上げた。
「もし、あの想像が、正しいのなら」五百旗頭は言った。「――一人増えれば、結果は変わります」
「ああ」
「それを、証明したいのです」五百旗頭は言った。「――今度は、想像ではなく、実際に」
……。
ああ。
そうか。
こいつは。
自分が書いた「かもしれない」を、本当にするつもりなんだ。
◇
「……なるほどな」
「森本くんは」五百旗頭が言った。「なぜ、やるのですか」
……。
俺は、少し考えた。
「……わからん」
「わからない?」
「うん」
「では、なぜ」
……。
「気になるからだ」俺は言った。「あの一年生のこと」
「それだけですか」
「それだけだ」
……。
「あと」俺は言った。「――寝つけないから」
「寝つけない?」
「見て見ぬふりしたら、たぶん、しばらく寝れない」俺は言った。「それは、面倒くさい」
……。
五百旗頭が、少し笑った。
「……あなたらしいですね」
「そうか?」
「はい」五百旗頭は言った。「――あなたは、いつも、そうです」
◇
帰り道。
校門を出たところで、声をかけられた。
「――森本くん」
……。
振り返ると、和泉さんが立っていた。
コートを着て、鞄を持って。仕事帰りらしかった。
「……こんばんは」
「こんばんは」和泉さんは、静かに言った。
……近くで見ると、目が疲れていた。
でも、表情は穏やかだった。
「あの」
「――旧校舎に、来ないでください」
……。
心臓が、跳ねた。
◇
「……なんのことですか」
「見ていました」和泉さんは言った。「先週から、何度も」
……。
……ばれてた。
「……すみません」
「怒っていません」和泉さんは言った。「ただ、危ないので」
「危ない?」
「はい」
……。
「あの、和泉さん」
「はい」
「――来週、何があるんですか」
……。
和泉さんは、少し黙った。
それから、言った。
「……何もありません」
……。
嘘だ。
でも、追及できなかった。
◇
「森本くん」和泉さんは言った。
「はい」
「あなたは、今年の春に、あのゲームを経験しましたね」
……。
「はい」
「そして、突破しました」和泉さんは言った。「七人で」
……。
心臓が、冷たくなった。
「……知ってるんですか」
「知っています」和泉さんは言った。「――記録を、読みましたから」
……。
「あの記録は」和泉さんは言った。「――私が、いちばん、驚いたものです」
◇
和泉さんは、少し、遠くを見た。
「六人のはずが、七人だった」和泉さんは言った。「誰も気づかなかった」
「……」
「そして、全員が、生きて出てきた」和泉さんは言った。「――誰も、落ちずに」
……。
「私は」和泉さんは言った。
そこで、言葉を止めた。
少し、間があった。
「……いえ、なんでもありません」
「和泉さん」
「もう、帰ります」和泉さんは言った。「あなたも、早く帰りなさい」
……。
和泉さんは、頭を下げて、歩いていった。
……。
俺は、その背中を見ていた。
小さい背中だった。
……。
そして、思った。
あの人は。
十年間。
何を、見てきたんだろう。
(第5話 了)




