第6話 花を置く人
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第6話 花を置く人
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◇
火曜日。選抜まで、四日。
その日、俺たちは、放課後の旧校舎に張り込んでいた。
五百旗頭、御手洗、ミライ、そして俺。
不破は部活、東海林も部活。二人は「終わったら合流する」と言っていた。
「――来ないな」
「まだ四時です」五百旗頭が言った。「和泉さんの退勤は、五時半頃です」
「調べたのか」
「観察しました」
……こいつ。
◇
階段の踊り場に座って、待っていた。
ここからだと、二階の廊下が少しだけ見える。
「……ねえ」
ミライが言った。
「なんだよ」
「花の話、ほんとなの?」
……。
四巻の最後。
誰かが、旧図書室に花を置いていた。
でも、あれを見たのは俺じゃない。
……いや、正確には、誰も見ていない。
「――柏木先生が、言っていました」五百旗頭が答えた。「『定期的に、花が置かれている』と」
「誰が置いてるかは?」
「知らないそうです」五百旗頭は言った。「ただ、十年間、続いていると」
……。
十年間。
◇
「……なんで、確認したいの?」
ミライが聞いた。
「え?」
「花を置いてる人が、和泉さんだとして」ミライは言った。「――それが、何?」
……。
「それは」
「別に、悪いことじゃないでしょ」ミライは言った。「お墓参りみたいなもんじゃん」
……。
たしかに。
そうだ。
「……そうだな」
「じゃあ、なんで見張ってるの」
……。
俺は、少し考えた。
「……知りたいからだ」
「何を」
「あの人が、何を考えてるか」
……。
「……ふーん」
ミライは、それ以上、聞かなかった。
◇
五時を過ぎた。
冬なので、外はもう暗い。
廊下の電気は消えていて、非常灯だけが緑色に光っていた。
「……寒いわね」
御手洗が、カーディガンの前を合わせた。
今日は蛍光ブルーだった。暗闇でも、やたら目立つ。
「御手洗、その色」
「なあに?」
「暗いところだと、逆に目立つぞ」
「あら」御手洗は自分の袖を見た。「本当ね」
「隠れる気あるのか」
「あるわ」御手洗は言った。「でも、この色が好きなの」
……。
こいつは、ぶれない。
◇
五時半。
階段の下で、音がした。
俺たちは、身を縮めた。
……足音。
一人分。
ゆっくり、階段を上がってくる。
そして、二階の廊下に出た。
……和泉さんだった。
◇
手に、何か持っていた。
白い、小さな花束。
コンビニで売っているような、簡素なものだった。
和泉さんは、廊下を歩いて、旧図書室の前で止まった。
鍵を取り出して、扉を開ける。
かちり、と音がした。
そして、中に入っていった。
◇
「……行くか」
「待ってください」五百旗頭が、俺の袖を掴んだ。
「なんで」
「――今、行っても、意味がありません」
「意味?」
「あの人は、逃げません」五百旗頭は言った。「隠れてもいません。……ただ、花を置きに来ただけです」
……。
「では、何を確認するのですか」五百旗頭は言った。「『花を置いていましたね』と、言いますか」
……。
……あ。
そうか。
何も、追及することがない。
◇
十分ほどして、和泉さんが出てきた。
手には、もう花束はなかった。
扉に鍵をかけて、そのまま廊下を歩き、階段を降りていった。
……俺たちは、隠れたままだった。
和泉さんは、気づかなかった。
いや。
……気づいていたかもしれない。
でも、何も言わずに、帰っていった。
◇
「……行ってみましょう」
五百旗頭が言った。
「入れるのか」
「鍵は、事務室で借りられます」五百旗頭は言った。「明日にします」
「今じゃないのか」
「今、借りに行けば、和泉さんに会います」五百旗頭は言った。「それは、避けたいので」
……。
こいつ、慎重だな。
◇
翌日の放課後。
俺たちは、鍵を借りて、旧図書室に入った。
空っぽの部屋。
中央に机が一つ。椅子が六脚。円形に並んでいる。
そして。
部屋の隅に、花があった。
白い花。
コップに水を入れて、そこに挿してある。
……。
その場所は。
十年前、手記が見つかった場所だった。
◇
「……ここね」
御手洗が、静かに言った。
「ああ」
御手洗は、しゃがんで、花を見た。
「白い菊じゃないわ」御手洗は言った。「――トルコキキョウね」
「詳しいな」
「母が好きなの」御手洗は言った。「……お供えには、あまり使わない花よ」
……。
「どういう意味だ」
「わからないわ」御手洗は言った。「でも、選んでいる気がするの」
……。
選んでいる。
適当に買ってきたわけじゃなく。
◇
「――ねえ」
ミライが、部屋を見回して言った。
「なんだよ」
「これ、十年やってるんだよね」
「らしいな」
「何回くらいだと思う?」
……。
考えたことがなかった。
「月に一回なら、百二十回」五百旗頭が言った。「週に一回なら、五百回以上です」
……。
「……多いな」
「多いです」五百旗頭は言った。「そして、誰にも知られていません」
……。
◇
「……なあ」
俺は言った。
「はい」
「これ、罪滅ぼしか?」
五百旗頭は、少し黙った。
「――わかりません」
「じゃあ、なんだ」
「もしかしたら」五百旗頭は言った。「――報告かもしれません」
……。
「報告?」
「はい」五百旗頭は言った。「『今も、続けています』と」
……。
ぞ、と、した。
◇
「――ちょっと待って」
御手洗が言った。
「どうした」
「これ、見て」
御手洗が指したのは、花を挿してあるコップの下だった。
何か、紙が敷いてある。
濡れないようにするためだろう。
……いや。
違う。
それは、ただの紙じゃなかった。
◇
五百旗頭が、慎重にコップを持ち上げた。
下から出てきたのは、小さなメモだった。
手書き。
少し、にじんでいる。
短い文章だった。
『まだ、変えられていません』
『ごめんなさい』
……。
部屋が、静かになった。
◇
「……変えられていない」
「何を、でしょうか」
「わからん」
……。
でも。
なんとなく、わかる気もした。
十年前、この部屋で、六人が死んだ。
その結果を、変えることはできない。
過去は、変わらない。
……なら。
この人が「変えたい」と言っているのは。
……何だ?
◇
「――未来じゃないかしら」
御手洗が言った。
「未来?」
「ええ」御手洗は言った。「過去は変えられないわ。でも」
御手洗は、部屋を見回した。
「――同じことが、二度と起きないようにすることは、できるでしょう?」
……。
「制度を作り変えたのは、たぶん、この人よ」御手洗は言った。「誰も死なないように」
「ああ」
「でも」御手洗は言った。「――それでも、『変えられていない』と、書いているわ」
……。
……なぜ?
◇
メモを、元の位置に戻した。
コップを置き直して、部屋を出た。
鍵をかけて、廊下を歩いた。
「……ねえ」
ミライが言った。
「なんだよ」
「あの人さ」
「うん」
「――一人で、十年やってるんだよね」
……。
「誰にも言わないで」ミライは言った。「誰にも知られないで」
……。
「毎月、花を持ってきて」ミライは言った。「メモを置いて」
……。
「……しんどくないのかな」
……。
ミライの声が、少しだけ、低かった。
◇
俺は、何も言えなかった。
でも、たぶん。
しんどいと思う。
十年。
一人で。
誰にも言わずに。
……。
それは。
ずっと、あの部屋の外に、立ち続けているようなものだ。
(第6話 了)




