第4話 誰も助けない
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第4話 誰も助けない
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◇
二月に入った。
選抜の予定日まで、一週間。
俺たちは、放課後になると旧校舎に通っていた。
◇
「――今日も、動きはありませんね」
五百旗頭が言った。
旧校舎の二階。廊下の突き当たり。
旧図書室の扉は、閉まったままだった。
「中は?」
「確認しました」五百旗頭は言った。「机が一つと、椅子が六脚。それだけです」
「入れたのか」
「鍵は、事務室で借りられます」五百旗頭は言った。「『演劇部の備品を確認したい』と言えば」
……。
こいつ、嘘が上手くなったな。
「嘘は、ついていません」五百旗頭は言った。「演劇部の備品は、実際にあの部屋に残っています」
「そういう問題か?」
「そういう問題です」
◇
「――で、何かわかったのか」
「いくつか」五百旗頭はメモを開いた。
「机の位置が、部屋の中央です」
「ふつうだろ」
「はい。ですが、椅子の配置が、円形でした」
「円?」
「六脚が、机を囲むように」五百旗頭は言った。「――全員が、互いの顔を見られる配置です」
……。
「わたしたちのときは、どうでしたか」
「……覚えてない」
「わたしも、正確には覚えていません」五百旗頭は言った。「ですが、こういう配置ではなかったと思います」
……。
全員が、互いを見る。
顔を見合わせる。
……嘘をつくには、不向きな配置だ。
「意図があるのでしょうか」
「わからん」
◇
二日後。
動きがあった。
「――先生が、来ています」
五百旗頭が、階段の陰から言った。
見ると、旧図書室の前に、大人が二人立っていた。
一人は、柏木先生。
もう一人は、知らない人だった。
女性。事務室で見たことがある気もする。
二人は、何か話していた。
それから、柏木先生が鍵を開けて、二人とも中に入っていった。
◇
「……あの人、誰だ」
「事務職員です」五百旗頭は言った。「名前は、確認しています」
「調べたのか」
「はい」五百旗頭は言った。「――十年前の、卒業生です」
……。
心臓が、跳ねた。
「柏木先生と、同期です」五百旗頭は言った。「同じ学年」
……。
「じゃあ」
「はい」五百旗頭は言った。「――十年前、あの事件のとき、この学校にいた人物です」
◇
十五分ほどして、二人が出てきた。
柏木先生が、鍵をかけた。
そして、二人は、廊下を歩いていった。
声が、少しだけ聞こえた。
「――本当に、やるんですか」
柏木先生の声だった。
「……ええ」
女性の声。静かで、低かった。
「今年で、最後にします」
……。
それだけ、聞こえた。
二人は、階段を降りていった。
◇
「……最後?」
「そう聞こえました」五百旗頭も、緊張していた。
「どういう意味だ」
「わかりません」五百旗頭は言った。「制度そのものを終わらせる、という意味かもしれません」
「それなら、いいことじゃないか」
「……そうでしょうか」
五百旗頭は、階段のほうを見ていた。
「もし、そうなら」五百旗頭は言った。「――なぜ、最後に、もう一度やるのですか」
……。
……あ。
やめるなら、やらなければいい。
なのに、やる。
……何かを、確かめるために?
◇
その週の金曜。
俺は、たまたま、藤堂という一年生を見かけた。
昇降口だった。
小柄で、髪を短く切っていて、鞄が重そうだった。
一人だった。
「……」
声をかけようか、迷った。
でも、何を言えばいいのか、わからなかった。
結局、何も言えずに、見送った。
……。
その背中が、やけに小さく見えた。
◇
その夜。
図書室に、全員が集まった。
俺、五百旗頭、御手洗、ミライ、不破、日下部。
東海林は、部活で遅れると言っていた。
「――整理します」五百旗頭が言った。
「来週の土曜、旧図書室で、選抜が実施される可能性が高い」
「対象は一年生六人」
「運営に関わっているのは、柏木先生と、事務職員の女性」
「そして、その女性は、十年前の卒業生」
……。
「ここまでは、ほぼ確実です」
「で、どうするんだ」不破が言った。
◇
「――選択肢は、三つあります」
五百旗頭は指を折った。
「一。何もしない」
「却下だ」不破が即答した。
「二。事前に、対象者に伝える」
「それは、前に無理だと言ったよな」
「はい」五百旗頭は言った。「代わりの誰かが選ばれるだけです」
「三は」
「――当日、外で待機する」
……。
「待機して、どうするんだ」
「わかりません」五百旗頭は言った。「ですが、何かあったとき、すぐに動けます」
◇
「……それ、意味あるのか」
俺は言った。
「意味は、あります」五百旗頭は言った。「――十年前、それができなかったから、六人が死にました」
……。
「外に、誰かがいた」五百旗頭は言った。「でも、鍵を持っていなかった。だから、何もできなかった」
「ああ」
「わたしたちも、鍵は持っていません」五百旗頭は言った。「ですが」
五百旗頭は、顔を上げた。
「――人数がいます」
……。
「一人では、扉を破れないかもしれません」五百旗頭は言った。「でも、六人なら」
「破るのか?」
「破りません」五百旗頭は言った。「――呼びます」
「呼ぶ?」
「叫ぶ。人を集める。先生を呼ぶ。警察を呼ぶ」五百旗頭は言った。「――一人では躊躇することを、六人なら、できます」
◇
……。
日下部が、口を開いた。
「――僕は、参加しません」
……。
全員が、日下部を見た。
「なぜだ」不破が言った。
「証拠がないからです」日下部は微笑んだ。「もし何もなかったら、僕たちは、ただの妄想で騒いだ生徒になります」
「……」
「僕は、そういう立場に、なりたくない」日下部は言った。「――すみません」
……。
誰も、責めなかった。
日下部は、いつもそうだった。中立で、正直で、そして冷たい。
「……わかった」俺は言った。
「怒らないんですか」
「怒らない」俺は言った。「お前は、そういうやつだから」
日下部は、少し笑った。
「……ありがとうございます」
◇
「――だが」
不破が言った。
「俺は、行く」
「不破くん」
「見ているだけは、性に合わん」不破は腕を組んだ。「それに」
「それに?」
「……前に、俺は、疑われた側だった」不破は言った。「あのとき、こいつが庇った」
不破は、俺を指した。
「だから、今度は、俺が行く」
……。
こいつ。
やっぱり、いいやつだな。
◇
「わたしも行くわ」御手洗が言った。
「危ないかもしれないぞ」
「危なくないでしょう」御手洗はあっさり言った。「わたしたち、外にいるのだから」
「……そうだな」
「それに」御手洗は言った。「――十年前、外にいた人は、一人だったのでしょう?」
……。
「一人だと、できないことがあるわ」御手洗は言った。「でも、増えれば、変わるかもしれない」
……。
御手洗は、まっすぐ、俺を見た。
「――あなたが、そう教えてくれたのよ」
◇
「……わたしも行く」
ミライが言った。
「意外だな」
「なんで」
「お前、めんどくさがりだろ」
「めんどくさいよ」ミライは言った。「でも」
ミライは、少し目をそらした。
「……見てるだけって、しんどいから」
……。
その言い方に、何かが混じっている気がした。
でも、聞かなかった。
◇
そのとき、図書室の扉が開いた。
東海林だった。
竹刀袋を担いで、少し息が上がっていた。
「……ごめん。遅れた」
「いや」
「……話、聞いた」
「誰から」
「……不破」
……。
不破が、目をそらした。
……こいつ、連絡してたのか。
「……わたしも、行く」
東海林は言った。
◇
……。
空気が、少し、変わった。
ミライが、東海林を見た。
東海林も、ミライを見た。
二人の視線が、初めて、まともに合った。
……三か月ぶりくらいに。
「……」
「……」
誰も、何も言わなかった。
やがて、ミライが、ふん、と鼻を鳴らした。
「……勝手にすれば」
「……ん」
それだけ。
でも、それだけで、十分だった。
(第4話 了)




