第3話 見ている側
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第3話 見ている側
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◇
一月の終わり。
その日、五百旗頭が図書室に来たとき、顔つきが違っていた。
「――わかりました」
「何が」
「対象者です」五百旗頭は、椅子に座った。「一年生です。六人」
……。
「どうやって調べた」
「担任の机の上に、名簿がありました」五百旗頭は言った。「面談用の資料に紛れて」
「見たのか」
「見えました」五百旗頭は言い直した。「――故意ではありません」
……。
こいつ、こういうときだけ言い訳が上手い。
◇
「名前は?」
「言いません」五百旗頭は言った。「本人たちに関係のない場所で、名前を出すべきではありません」
「そうだな」
「ただ」五百旗頭は言った。「――一人、知っている生徒がいました」
「知ってる?」
「はい」五百旗頭は言った。「――演劇部の一年生です」
……。
あ。
「公演のとき、裏方をしていた子です」五百旗頭は言った。「照明の手伝いに来ていました」
……。
覚えている。
小柄で、真面目そうな子だった。
俺が照明の位置を間違えたとき、慌てて直してくれた。
「……あの子か」
「はい」
◇
その日の放課後、真壁に会った。
演劇部の部室で、次の公演の脚本を書いていた。
「あ、森本くん! どうしました?」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょう」
「一年の、照明やってた子」
「ああ、藤堂ですか」
……藤堂。
「その子、どんな子なんだ」
「どんな、って」真壁は首をかしげた。「真面目ですよ。すごく」
「そうか」
「入部してから、一回も休んでません」真壁は言った。「あと、頼まれたことは絶対やります」
……。
「断らないタイプか」
「断らないですね」真壁は言った。「……ちょっと、心配になるくらい」
……。
◇
「――なんで、藤堂のこと聞くんですか?」
「いや」俺は言った。「なんとなく」
「なんとなく?」
「うん」
真壁は、じっと俺を見た。
「……何か、あるんですか」
「ない」
「嘘ですよね」
「……」
「森本くん、嘘、下手ですよ」
……。
御手洗と同じことを言われた。
◇
図書室に戻ると、御手洗とミライがいた。
「――どうだったの?」
「真面目な子らしい」
「そう」
「頼まれたら断らないって」
……。
御手洗が、少し眉を寄せた。
「それは」御手洗は言った。「――危ないわね」
「危ない?」
「ええ」御手洗は言った。「断れない人は、追い詰められやすいわ」
……。
「あのゲーム、嘘をついていいのよね」御手洗は言った。「そして、役割がある」
「ああ」
「断れない人が、そんな場所に入ったら」御手洗は言った。「――全部、引き受けてしまうかもしれない」
……。
ぞ、と、した。
◇
「……なあ」俺は言った。「やっぱり、止めたほうがいいんじゃないか」
「どうやって」五百旗頭が言った。
「その子に言えばいい」俺は言った。「『来週、変なことに巻き込まれるから、行くな』って」
……。
五百旗頭は、少し黙った。
それから、言った。
「――それは、できません」
「なんで」
「二つ、理由があります」
◇
「一つ目」五百旗頭は言った。「わたしたちの推測が、正しいとは限りません」
「でも」
「机と椅子が運ばれた。使用申請が出た。名簿があった」五百旗頭は言った。「――それだけです」
「十分だろ」
「十分ではありません」五百旗頭は言った。「もし違ったら、わたしたちは、ただの妄想を、後輩に吹き込んだことになります」
……。
「二つ目は」
「――言ったところで、どうなりますか」
……。
え?
「その子が、あなたの言葉を信じたとします」五百旗頭は言った。「そして、当日、行かなかったとします」
「……ああ」
「では、その代わりに、誰が行きますか」
……。
……あ。
「六人という数が決まっているなら」五百旗頭は言った。「――別の誰かが、選ばれるだけです」
……。
◇
……。
図書室が、静かになった。
「……それ」
「はい」
「十年前と、同じじゃないか」
「――そうです」
……。
一人が、行かなかった。
その結果、どうなったか。
「もちろん」五百旗頭は言った。「十年前と、今は違います。制度は安全に作り変えられています」
「ああ」
「ですが」五百旗頭は言った。「――『一人が抜けたら、どうなるか』は、誰にもわかりません」
……。
◇
「――じゃあ、どうすんの」
ミライが言った。
「わかりません」五百旗頭は言った。「……何もできない、というのが、正直なところです」
「見てるだけ?」
「はい」
……。
見ているだけ。
……。
……あ。
「……なあ」俺は言った。
「はい」
「これ」
「……」
「――十年前の、あの人と、同じじゃないか」
……。
五百旗頭が、動きを止めた。
◇
四巻で、柏木先生が言っていた。
十年前、あの部屋の外に、誰かがいた。
中が見えていた。
でも、鍵を持っていなかった。
だから、何もできなかった。
……ずっと、見ていた。
……。
今の、俺たちと、同じだ。
◇
「……気づいてしまいましたね」
五百旗頭が、静かに言った。
「気づいてたのか」
「はい」五百旗頭は言った。「昨日から」
「なんで言わなかった」
「……言いたくなかったからです」
……。
五百旗頭は、テーブルを見ていた。
「わたしは、ずっと、あの人物を、理解できませんでした」五百旗頭は言った。「なぜ、助けなかったのか。なぜ、見ているだけだったのか」
「……ああ」
「でも、今」五百旗頭は言った。「――同じ立場に、立っています」
……。
「わたしたちには、鍵がない」五百旗頭は言った。「権限がない。証拠がない。確信もない」
「……」
「だから、何もできない」五百旗頭は言った。「――そう言って、見ていることが、できてしまいます」
◇
……。
御手洗が、口を開いた。
「――ねえ、五百旗頭さん」
「はい」
「その言い方は、少し、ずるいわ」
……。
え?
「わたしたちには、できないことが、たくさんあるわ」御手洗は言った。「それは、本当ね」
「はい」
「でも」御手洗は言った。「――『何もできない』と、『何もしない』は、違うでしょう?」
……。
空気が、変わった。
◇
「……何ができますか」
「わからないわ」御手洗はあっさり言った。「でも、探せるでしょう?」
「……」
「調べる。聞く。準備する」御手洗は言った。「――当日、何かあったときに、動けるようにしておく」
……。
「それは、『何もしない』とは、違うと思うの」
……。
五百旗頭は、しばらく黙っていた。
それから、顔を上げた。
目が、少し変わっていた。
「……そうですね」
「ええ」
「――調べましょう」
◇
その夜。
俺は、家で、天井を見ていた。
藤堂という、一年生。
顔は、なんとなく覚えている。真面目そうな子だった。
その子が、来月、あの部屋に入る。
……。
俺には、何もできない。
権限もないし、証拠もない。
……でも。
何もしない、のとは、違う。
御手洗の言葉が、頭に残っていた。
……。
スマホを取った。
そして、五百旗頭にメッセージを送った。
『明日から、旧図書室を見張る』
すぐに、返信が来た。
『わたしも行きます』
少し遅れて、もう一通。
『――ですが、授業には出てください』
……。
こいつ。
(第3話 了)




