第1話 三学期
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『恋愛推理ゲーム 5』
第1話 三学期
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◇
一月。
冬休みが明けて、三学期が始まった。
校舎に戻ってくると、なんだか妙な感じがした。二週間離れていただけなのに、少し遠くなったような。
教室の空気も、少し変わっていた。
三年生が受験に入る。二年生は、あと二か月で三年になる。
誰も口には出さないけれど、全員が、その事実を意識していた。
◇
朝のホームルーム。
担任が、プリントを配った。
「進路希望調査、再提出な」
……。
教室が、少しざわついた。
「前に出したやつがあるだろ。あれの、修正版だ」担任は言った。「三年のクラス編成に使う。だから、今度は適当に書くなよ」
……。
俺は、プリントを見た。
文系か、理系か。
志望校。
志望する学部。
将来つきたい職業。
……。
前に出したときは、全部空欄だった。
今回も、たぶん、同じになる。
◇
放課後、図書室。
「――で、みなさんは書けたのですか」
五百旗頭が言った。
「わたしは、もう出したわ」御手洗が言った。「文系。史学科志望」
「早いな」
「決まっているもの」御手洗はあっさり言った。「ドイツ語のある大学を、いくつか調べたの」
「もう調べたのか」
「冬休みにね」
……。
こいつ、本気だな。
「わたしも出しました」五百旗頭が言った。「理系。物理学科です」
「志望校は」
「三つ書きました」五百旗頭は言った。「……現実的な難易度で言えば、一つは厳しいですが」
「挑戦するのか」
「します」五百旗頭は当然のように言った。「無理だと決めるのは、受けてからです」
……。
こいつらは、いいな。
決まっているというのは、それだけで強い。
◇
「森本くんは?」
「……まだ」
「まだ、とは」
「白紙」
五百旗頭が、少し黙った。
「……前と、同じですか」
「同じだ」
「そうですか」
五百旗頭は、それ以上、何も言わなかった。
責められるより、こたえた。
◇
「――あ、ここにいた」
ミライが入ってきた。
手にプリントを持っている。同じやつだ。
「湊さんも、進路調査ですか」
「そう」ミライは椅子に座った。「めんどくさいよねー」
「書きましたか」
「書いたよ」
「なんて?」
「『大学進学』」ミライはあっさり言った。「以上」
「……以上?」
「うん。それだけ」
……。
「志望校は」
「書いてない」
「学部は」
「書いてない」
「職業は」
「書いてない」
……。
五百旗頭が、頭を抱えた。
「……それ、通りますか」
「通るよ」ミライは言った。「去年も、それで出したし」
◇
「……なあ、湊」
「なに」
「お前、本当に、何もないのか」
「ないよ」ミライは言った。「あんたと一緒」
……。
「でも、大学は行くんだろ」
「行くよ」
「なんで」
「働きたくないから」
「……前も、そう言ってたな」
「事実だからね」
……。
こいつは、ぶれない。
でも、なんとなく、それだけじゃない気もした。
◇
東海林が来たのは、そのあとだった。
竹刀袋を担いで、いつも通り、少し離れた席に座った。
……三か月前より、席は近くなっている。
最初は、テーブルの端だった。今は、一つ空けた隣。
ゆっくりだけど、進んでいる。
ミライが言った通りだった。
「……東海林さんは、進路、書きましたか」
「……ん」東海林は頷いた。「……体育系」
「あ、そうなんですね」
「……推薦、狙う」東海林は言った。「……剣道で」
「すごいです」
「……まだ、わからない」東海林は言った。「……結果次第」
……。
そうか。
こいつも、決めてるのか。
◇
「――全員、決まってるんだな」
俺は、思わず言った。
「え?」
「いや」俺は言った。「みんな、書いてるなと」
「森本くん」五百旗頭が言った。「焦る必要はありません」
「焦ってない」
「焦っています」
「……」
「顔に出ています」
……。
こいつ、なんでわかるんだ。
「別に、今すぐ決めなくてもいいと思うわ」御手洗が言った。「わたしだって、職業の名前は、まだわからないもの」
「でも、方向は決まってるだろ」
「そうね」
「俺は、方向もない」
……。
御手洗が、少し考えて。
それから、言った。
「――でも、あなた、いつも、何かしているわよね」
「してないだろ」
「しているわ」御手洗は言った。「誰かが困っていると、なんだかんだ、動いているもの」
……。
「面倒くさいって言いながら」御手洗は言った。「結局、やってるわ」
◇
その日の帰り道。
一人で歩きながら、俺はプリントを見ていた。
空欄。
……何を書けばいいんだ。
やりたいことがない。なりたいものがない。
でも、このままだと、本当に「Fランでいいや」で終わる。
……それは、なんか、嫌だった。
なんでかは、わからないけど。
◇
と。
ポケットのスマホが鳴った。
五百旗頭からだった。
『森本くん』
『少し、気になることがあります』
『生徒会の書類に、動きがありました』
……。
嫌な予感がした。
『どういう動きだ』
返信は、すぐ来た。
『――施設の使用申請です』
『旧校舎の、二階』
……。
心臓が、跳ねた。
旧図書室。
『使用目的は、空欄』
『申請者名も、空欄』
『ですが、承認は下りています』
……。
俺は、足を止めた。
冬の夜。息が白い。
スマホの画面が、やけに明るかった。
『……いつからだ』
『来週です』
……。
……また、始まるのか。
(第1話 了)




