特別編 クリスマス
十二月も、下旬に入った。
その日の図書室は、珍しくクリスマスの話になっていた。
「――もうすぐクリスマスですね」
日下部が言った。
「みなさんは、ご予定はあるのですか」
「俺は、友達の付き合いで出かける」不破が言った。
「ああ」日下部は微笑んだ。「不破くんは、合コンに誘われているんでしたっけ」
……。
「よく知ってるな」不破は言った。「さすが、顔が広い」
「いえ、たまたま」
「合コンじゃない」不破は言った。「ただの、人数合わせだ」
「その人数合わせに、不破くんが来るからと言って、女子が集まったそうですよ」
「……」
「なかなかの、集客力ですね」
◇
「――いや、待て」
不破が、急に慌てた。
「知らない女子だからな。……ちょっと、東海林、勘違いするなよ」
……。
全員が、動きを止めた。
東海林が、本から顔を上げた。
「……?」
「……」
「……なにが?」
……。
不破が、固まった。
「……いや」
「……?」
東海林は、心底、不思議そうな顔をしていた。
……。
こいつ。
何も、伝わってない。
◇
「――こほん」
日下部が、盛大に咳払いをした。
「他のみなさんは、ご予定は?」
見事な、話題の切り替えだった。
「特にありませんね」五百旗頭が言った。「例年は平日でしたし、特に予定は立てていませんでした」
「今年は週末ですよ」
「そうですね」五百旗頭は言った。「……ですが、変わりません」
「わたしは」御手洗が言った。「家族で、ちょっと豪華な晩ご飯を食べるかも」
「いいですね」
「今年は週末だから、家族がそろうかもしれないわ」
◇
「――わたしはねー」
ミライが、突然、身を乗り出した。
「秘密の、かっこいい、だんしぃとぉ……」
……。
「――で、東海林さんは?」日下部が言った。
「……部活」
「なるほど」
……。
ミライが、固まっていた。
「……ちょっと」
「はい?」
「……無視した?」
「していませんよ」
「したよね?」
「気のせいです」
……。
全員、無言だった。
……こいつら、うまいな。
◇
で、そのあと。
ミライが、こっそり俺の隣に来た。
「……ねえ、森本」
「なんだよ」
「気づいてる?」
「何を」
「あんたの番になる前に」ミライは言った。「話題、変わったでしょ」
……。
……あ。
たしかに。
順番でいくと、次は俺だった。
「あのままだったら」ミライは言った。「あんた、『予定ない』って言うことになってたよ」
「……ああ」
「この面子の前で」ミライは言った。「『クリスマス、予定ないです』って」
……。
……うわ。
「日下部が、切り替えたんだよ」ミライは言った。「わたしを踏み台にして」
「踏み台」
「わたしが変なこと言ったから、流れが変わったの」ミライは言った。「……つまり、わたしのおかげ」
……。
「……感謝くらい、しなさいよ」
「……う、うん。ありがとう」
「よろしい」
◇
クリスマスイブ。
俺は、田口の家にいた。
男子が、五人。
リビングに集まって、ゲームをしていた。
「……なあ」
「なんだよ」
「クリスマスイブだぞ、これ」
「知ってる」
「男五人で、ゲーム」
「知ってるって」
……。
まあ。
楽しいから、いいんだけど。
◇
「――しっかし」
田口が、コントローラーを握ったまま言った。
「森本は、いいよなあ」
「なにが」
「五百旗頭さんとか、東海林さんとか、御手洗さんとか」田口は言った。「仲良くなって」
「まあ、たまたまだけどな」
「いや、それが異常なんだよ」別の男子が言った。「普通、あの三人と喋れないだろ」
……。
そうか?
「特に東海林さん」田口は言った。「あの身長で、あのスタイルで、あの顔だぞ」
「モデルかよ」
「モデルだろ、あれは」
……。
……四季が?
「あれは高嶺の花だ」田口は言った。「不破とか日下部レベルじゃないと、チャレンジできない」
「そーだよね」
◇
「――とすると」
男子の一人が言った。
「五百旗頭さんか、御手洗さんか」
「五百旗頭さんは、無理だろ」田口は言った。「生徒会選挙で、可愛さが全校にバレた」
「あー、あれな」
「あれで、ライバル増えたよな」
……。
増えたのか。
「だとすると、御手洗さんか」
「可愛いよなー」
「いいな、森本」
◇
「……あー、そうですね」
俺は、適当に返した。
「なんだよ、その反応」
「いや」
「実際どうなんだよ」田口は言った。「五百旗頭さんとか」
「……」
「憧れてただろ、お前」
「憧れてた」俺は認めた。「喋るまでは」
「喋るまでは?」
「うん」
「喋ったら?」
……。
俺は、少し考えて。
それから、言った。
「……ちょっと、性格が」
「性格が?」
「ちょっと」
「ちょっと?」
……。
「……ドキドキ、しないっていうか」
◇
「――は?」
全員が、動きを止めた。
「お前、何言ってんの」
「いや」
「そばにいるだけで幸せだろうが!」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ!」
……。
そう言われても。
宇宙にキレてる姿とか、数式を宙に書いてる姿とか、そういうのばっかり見てるからな。
「じゃあ、御手洗さんだろ」
「……まあ」俺は言った。「ちょっと、世界史のことでいっぱいのような」
「なにー!?」
「美少女に勉強を教えてもらうとか、羨ましいだろ!」
「森本のくせに!」
……。
なんで、怒られてるんだ、俺は。
◇
「――ところで」
一人が、思い出したように言った。
「湊の話は、しなくていいの?」
……。
……ん?
「あー、ミライね」
田口が、あっさり言った。
「あれはいいや」
「なんでだよ」
「幼馴染だから」田口は言った。「性格、知ってるから」
……。
……え。
「幼馴染?」
「言ってなかったっけ」田口は言った。「あいつ、うちの隣なんだよ」
◇
「――隣!?」
「いや、正確には隣じゃない」田口は言った。「母親同士が親友で」
「ああ」
「小学校まで、ずっと一緒に遊ばされてた」田口は言った。「……で、性格を知ってるから、無理」
「何が無理なんだよ」
「あいつ、口が悪いんだよ」田口は言った。「ある意味、普通の人じゃ無理だろ」
……。
わかる。
わかりすぎる。
◇
「――何が無理なの?」
……。
リビングの扉が、開いた。
田口の母親が、顔を出していた。
「あんたたち、隣の家まで聞こえるような大きな声出して」
「うわ、母さん!」
「何、ミライちゃんがどうしたって?」
……。
田口が、青ざめた。
「ママ――じゃない、お母さん! ちょっと、盗み聞きしないでよ!」
「聞こえるように話してたのが悪いんでしょ」
……。
正論だった。
◇
「なに、ミライちゃんに用があるの?」
「ない!」
「呼んでこようか?」
「やめて!!」
……。
田口が、必死だった。
「小さい頃は、あんなに遊んでたのに」母親は言った。「もう思春期だと、仕方ないのかしらねえ」
「ちょっと、やめてくれー!」田口は叫んだ。「それ、ミライに伝わったら、怒られるやつだからー!」
……。
母親は、笑いながら、扉を閉めた。
……。
田口は、床に突っ伏していた。
「……まあ」俺は言った。「田口も、大変なんだな」
「お前に言われたくない」田口は言った。「お前の幼馴染は、東海林さんだぞ。実質アイドルじゃねーか」
……。
「いやいや」俺は言った。「言うほど、実際は」
「実際は?」
「……田口と、湊と、変わらないって」
……。
「そんなわけあるか!」
◇
帰り道。
冬の夜は、寒かった。
息が白い。
……と。
「――ちょっと、森本」
……。
目の前に、ミライが立っていた。
「うわ」
「うわ、じゃない」ミライは腕を組んでいた。「あんた、田口たちと、わたしの話してたでしょう」
……。
「……田口の母ちゃん伝いで、もう伝わったのか」
「違う」ミライは言った。「家が近すぎて、聞こえたのよ」
……。
……聞こえてたのか。
◇
「ほんと、男子って」ミライは言った。「美少女の幼馴染がいると、すぐ噂するんだから」
「……そ、そうですね」
……。
……ん?
今、自分で「美少女」って言ったか?
……いや、突っ込まないでおこう。
「――ところで」俺は言った。
「なに」
「お前、『秘密のかっこいい男子と過ごす』みたいなこと言ってたよな」
「言ったね」
「その男子、どこ」
……。
ミライは、鞄からゲーム機を取り出した。
そして、画面を、俺に見せた。
「――ここ!」
◇
画面には、二次元のキャラクターが表示されていた。
髪の長い、目のでかい、明らかにイケメンの、男性キャラ。
「……」
「わたしの推しのかっこいい男子と、いま、現在形で、過ごしてるでしょ」
……。
「……あー、2Dか」
「違ーう」ミライは言った。「2.5D」
「どっちでもいいだろ」
「よくない」ミライは言った。「あんたたちの好きなアイドルと、変わらないでしょ」
「いや、あっちは実在してる」
「実在してても」ミライは言った。「――架空の虚像であれば、2Dも3Dも現実も、一緒」
……。
……なんか。
妙に、説得力があった。
◇
「……なあ」
「なに」
「それ、楽しいのか」
「楽しいよ」ミライはあっさり言った。「裏切らないし」
……。
「文句も言わないし」ミライは言った。「勝手にいなくなったりしないし」
……。
その言い方が、少しだけ、引っかかった。
でも、俺は何も言わなかった。
「……じゃ、帰る」ミライは言った。「メリークリスマス」
「ああ」
「あんたも、早く帰りなよ」
「わかってる」
ミライは、ゲーム機を鞄に入れて、歩いていった。
……。
冬の夜。
クリスマスイブ。
……男五人でゲームをして、幼馴染の話をされて、ミライに聞かれていた。
……まあ。
悪くない夜だった。
(特別編 了)




