エピローグ 見ていた人
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エピローグ 見ていた人
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◇
柏木先生は、しばらく、床に座ったままだった。
誰も、何も言わなかった。
窓の外で、部活の声が遠く聞こえた。日曜の午後の、普通の音だった。
やがて、柏木先生は立ち上がった。
「……すまない。長く、引き止めた」
「いえ」
「聞いてくれて、ありがとう」柏木先生は言った。「十年、誰にも話していなかった」
……。
「なぜ、今、話したんですか」俺は聞いた。
柏木先生は、少し考えて。
それから、言った。
「――昨日の劇を、見たからだ」
◇
「『もし、あなたが来ていたら』」柏木先生は、タイトルを口にした。「……あれは、私に向けた言葉かと思った」
「そんなつもりは」
「わかっている」柏木先生は言った。「でも、そう受け取った」
「……」
「そして、思ったんだ」柏木先生は言った。「――ああ、この子たちは、答えを出したんだな、と」
……。
「十年、私は答えを探していた」柏木先生は言った。「行っていれば、変わったのか。それとも、どうにもならなかったのか」
「……」
「どちらでも、地獄だ」柏木先生は言った。「変わったのなら、私のせいだ。変わらなかったのなら、彼らの死には意味がない」
……。
「でも、君たちは」柏木先生は言った。「――『変わったかもしれない』と、書いた」
◇
「それが、答えですか」五百旗頭が言った。
「答えではない」柏木先生は首を振った。「だが、区切りにはなる」
「……」
「私は、行かなかった」柏木先生は言った。「その事実は、消えない」
「……はい」
「だから、これからも、抱えていく」柏木先生は言った。「――でも、もう、隠さない」
……。
柏木先生は、部屋を見回した。
空っぽの、床。
テープの線。
「……そろそろ、出よう」
◇
廊下に出て、柏木先生が鍵をかけた。
かちり、と音がした。
「先生」五百旗頭が言った。「最後に、ひとつだけ」
「なんだい」
「――第七役職とは、何ですか」
……。
柏木先生の、手が、止まった。
鍵をポケットに入れて、こちらを向いた。
「……知っているのか」
「カードを持っています」五百旗頭は言った。「一年前――いえ、数か月前に、図書室で見つけました」
……。
柏木先生は、目を閉じた。
それから、言った。
「――やはり、そうか」
◇
「先生も、知っているんですね」
「知っている」柏木先生は言った。「……いや、正確には、知らない」
「どちらですか」
「言葉は知っている」柏木先生は言った。「意味は、知らない」
「……」
「十年前、事件のあと」柏木先生は言った。「私は、学校の記録を見た。……当時、生徒会にいたからな」
「はい」
「その中に、あった」柏木先生は言った。「『第七役職 関連分 封印』と」
……。
事務書類の、あの記述。
「関係者に聞いた」柏木先生は言った。「誰も答えなかった。……そして、その資料は、消えた」
◇
「先生」俺は言った。「なんで、この学校に戻ってきたんですか」
「答えを探すためだ」柏木先生は言った。「あの日、何があったのか」
「……」
「十年、探した」柏木先生は言った。「――そして、ほとんど、何もわからなかった」
「……」
「わかったのは、二つだけだ」柏木先生は言った。「一つは、あの『試験』が、今も続いていること」
「……はい」
「そして、もう一つは」柏木先生は言った。
少し、間を置いた。
「――誰かが、それを、見ていること」
◇
……。
廊下が、静かだった。
「見ている?」
「そうだ」柏木先生は言った。「参加者でも、運営でもない。……ただ、見ている人間がいる」
「……」
「私は、何度か、その気配を感じた」柏木先生は言った。「資料を調べていると、先回りされている。……誰かに、見られている」
……。
ぞ、と、した。
「その人物は」柏木先生は言った。「――たぶん、十年前も、見ていた」
……。
心臓が、跳ねた。
「あの日」柏木先生は言った。「あの部屋で、六人が死んでいくのを」
……。
「――外から、見ていた」
◇
「……なんで、助けないんですか」
気づいたら、そう言っていた。
「わからない」柏木先生は言った。「――でも、私は、こう思っている」
「……」
「その人物は、たぶん」柏木先生は言った。「――助けられなかったんだ」
……。
「私は、行かなかった」柏木先生は言った。「それは、罪だ」
「……」
「でも、その人物は」柏木先生は言った。「――そこにいて、見ていて、何もできなかった」
……。
「どちらが、重いのか」柏木先生は言った。「私には、わからない」
◇
校舎を出た。
十二月の空は、もう夕暮れの色になり始めていた。
「森本くん」柏木先生が言った。
「はい」
「君のことを、『七人目』と呼んだことがある」
……。
心臓が、跳ねた。
「なぜですか」
柏木先生は、少し笑った。
「――君は、あのゲームで、七人目を隠しただろう」
……。
「知ってたんですか」
「知っている」柏木先生は言った。「観測記録に、残っている」
「……」
「六人のはずの参加者が、七人だった」柏木先生は言った。「それを、誰も見抜けなかった」
……。
「私は、それを見て、思った」柏木先生は言った。「――『一人、増やせるのか』と」
◇
「……どういう意味ですか」
「私は、ずっと、一人減った場合を考えてきた」柏木先生は言った。「私が行かなかったら、どうなるか」
「……はい」
「でも、君は、逆をやった」柏木先生は言った。「――一人、増やした」
……。
「そして、結果が変わった」柏木先生は言った。「君たちは、全員、生きて出た」
「……」
「だから、君を、そう呼んだ」柏木先生は言った。「『七人目』と」
……。
柏木先生は、俺を見た。
「――君は、私が失ったものを、増やせる側の人間だ」
◇
柏木先生は、帰っていった。
俺と五百旗頭は、しばらく校門の前に立っていた。
「……どう思う」
「わかりません」五百旗頭は言った。「ですが、ひとつ、確かなことがあります」
「なんだ」
「――柏木先生は、黒幕ではありません」
「ああ」
「そして」五百旗頭は言った。「――その上に、誰かがいます」
……。
「見ていた人、か」
「はい」五百旗頭は言った。「十年前も。……今も」
……。
冬の風が、冷たかった。
◇
その夜。
誰もいない、旧校舎の二階。
施錠された部屋の前に、人影があった。
鍵を持っていた。
かちり、と音がして、扉が開く。
空っぽの部屋。床に残った白いテープ。
その人物は、部屋の隅まで歩いていった。
十年前、手記が見つかった場所。
そこにしゃがみこんで。
何かを、床に置いた。
白い、小さな花だった。
そして、立ち上がって、言った。
「……ごめんね」
その声は、暗い部屋に、静かに落ちた。
「……まだ、もう少し、かかりそう」
扉が閉まる。
かちり、と、鍵の音がした。
(第4巻・完)




