第17話 行かなかった理由
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第17話 行かなかった理由
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◇
「――一人抜けたら、変わる」
柏木先生は、俺の言葉を繰り返した。
「はい」
「そうだな」柏木先生は言った。「……そうなんだ」
そして、床に座った。
テープの線の上に。何もない床に、直接。
スーツではないから、汚れても構わないのだろう。
五百旗頭と俺も、少し離れて、腰を下ろした。
◇
「――話そうか」柏木先生は言った。「私が知っていることを」
「はい」
「といっても、たいしたことは知らない」柏木先生は言った。「私は、あの日、ここにいなかったのだから」
「……」
「まず、前提を話す」柏木先生は言った。「――十年前、この学校には、ある制度があった」
「制度?」
「非公式のものだ」柏木先生は言った。「成績や、素行や、その他いろいろな観点から、生徒が選ばれる。……そして、ある種の『試験』を受ける」
……。
心臓が、跳ねた。
それは。
「――君たちが体験したものと、似ている」
◇
「知ってたんですか」俺は言った。
「知っている」柏木先生は言った。「今もあることも、知っている」
「先生も、参加したんですか」
「選ばれた」柏木先生は言った。「……だが、参加はしていない」
……。
「私たちの代は、六人が選ばれた」柏木先生は言った。「全員、図書委員だった」
「六人」
「そうだ」柏木先生は頷いた。「――私を、含めて」
……。
図書委員は六人。五人が死んだ。
生き残った一人が、柏木先生。
「あの日」柏木先生は言った。「金曜の放課後。私たちは、この部屋に集まることになっていた」
「……」
「でも、私は行かなかった」柏木先生は言った。「――友人と会うために」
◇
「それで」五百旗頭が言った。「五人が集まった」
「そうだ」
「ですが、被害者は六人です」
「――ああ」柏木先生は言った。「そこが、わからない」
「わからない?」
「六人目が、誰なのか」柏木先生は言った。「私は、知らない」
……。
「図書委員は、六人。私が行かなかったから、五人」柏木先生は言った。「なのに、六人、死んでいる」
「……」
「もう一人、誰かがいた」柏木先生は言った。「――私の代わりに、なのか。それとも、別の理由でなのか」
……。
部屋が、静かだった。
「その人物のことは、警察も特定している」柏木先生は言った。「別の委員会の生徒だ。……でも、なぜ、あの場にいたのかは、誰も知らない」
◇
「――先生」五百旗頭が言った。「なぜ、あの部屋で、五人が死んだのですか」
「わからない」柏木先生は言った。「本当に、わからない」
「試験の内容は」
「聞いていない」柏木先生は言った。「行かなかったのだから、当然だ」
「……」
「ただ」柏木先生は言った。「――あとから、聞いたことはある」
「なんですか」
「その年の試験は、『例年と違う』と言われていた」柏木先生は言った。「誰かが、内容を変えたらしい、と」
……。
ぞ、と、した。
それは。
二巻で聞いた話と、同じだ。
「今年のゲームは、書き換えられている」。
◇
「――先生」俺は言った。「あの手記のこと、知ってますか」
柏木先生は、少し黙った。
「知っている」
「読みましたか」
「……読んだ」
……。
「警察が、遺族に返す前に」柏木先生は言った。「一度だけ、見せてもらった」
「どうやって」
「同級生だったからだ」柏木先生は言った。「彼女の家族に、頼み込んだ」
……。
「なんて、書いてあったんですか」
柏木先生は、答えなかった。
かわりに、こう言った。
「――新聞に出ていた通りだ」
◇
「本当に、それだけですか」五百旗頭が言った。
「……」
「先生」五百旗頭は言った。「手記は、途中で終わっていました」
「そうだな」
「『ああ、そういうことだったのか。わたしは』」五百旗頭は言った。「――そこまでです」
「……ああ」
「その先は、書かれていないのですか」
柏木先生は、しばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「――書かれていた」
……。
心臓が、止まりそうになった。
◇
「新聞には、出ていない」柏木先生は言った。「警察が、公表しなかった」
「なぜ」
「わからない」柏木先生は言った。「たぶん、意味がわからなかったからだろう」
「……なんて、書いてあったんですか」
柏木先生は、目を閉じた。
そして、暗唱するように、言った。
「――『ああ、そういうことだったのか。わたしは、まちがえた』」
……。
まちがえた。
「それだけですか」
「いや」柏木先生は言った。「その先に、もう一行あった」
……。
柏木先生は、目を開けた。
そして、言った。
「――『かしわぎくんに、あやまっておいて』」
◇
……。
部屋が、完全に、静まり返った。
俺は、何も言えなかった。
五百旗頭も、動かなかった。
柏木先生は、床を見ていた。
「……十年、考えている」柏木先生は言った。「なぜ、彼女が、私に謝るのか」
「……」
「私は、行かなかった」柏木先生は言った。「――逃げた側だ」
「……」
「謝るのは、私のほうだ」柏木先生は言った。「なのに、なぜ」
……。
声が、震えていた。
「なぜ、彼女が、私に謝るんだ」
(第17話 了)




