第8話 推理する少女
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第8話 推理する少女
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日下部が、いなくなって。
図書室は、少し、静かに、なった。
あいつの、丁寧な相槌が、ないと、会話が、どこか、間延びする。いつも、話を、受け止めていたのは、あいつだったんだ、と、いなくなって、はじめて、気づいた。
でも。
いつまでも、落ち込んでは、いられない。
「――森本くん」
五百旗頭が、俺の、正面に、座った。
相変わらず、観察されている。もう、慣れた。
「なんだよ」
「ひとつ、聞きたいことが、あります」
「なんだよ、あらたまって」
「あなたは」五百旗頭は、まっすぐ、俺を、見た。「いつから、わたしのことを、見ていたんですか」
……ぐ。
不意打ちだった。
◇
「な、なんの、話だよ」
「ごまかさないでください」五百旗頭は、指を、一本立てた。探偵の、ポーズだ。「観察していて、気づいたんです。あなたは、時々、わたしを見る目が――『初めて見る相手』の、目じゃ、ない」
「……」
「昔から、知っている。そういう、目です。でも、わたしは、あなたと、今年、初めて、同じクラスになった。会話も、したことが、なかった。おかしいでしょう」
鋭い。鋭すぎる。
こいつ、宇宙だけじゃなくて、人のことも、こんなに、観察してたのか。
「――だから、推理しました」五百旗頭は、続けた。「あなたは、わたしを、昔から、一方的に、知っていた。たぶん、遠くから。中学、いえ、もっと前から。……当たって、いますか」
「……ノーコメント」
「東海林さんの、真似をしても、無駄です」
くそ。逃げ道を、ふさがれた。
◇
「……なんで、そんなこと、気にするんだよ」俺は、話を、逸らそうとした。「別に、どうでも、いいだろ」
「どうでも、よくありません」
五百旗頭の、声が、少し、変わった。
いつもの、減点する声でも、宇宙を語る声でも、なかった。
「……わたしは」五百旗頭は、目を、伏せた。「ずっと、数字ばかり、見てきました。数式は、嘘を、つかない。答えは、ひとつ。美しくて、正しい。人間より、ずっと、わかりやすい」
「……ああ」
「でも」五百旗頭は、顔を、上げた。「人の、気持ちは、わからない。誰かが、わたしを、どう思っているか。なんて、考えたことも、なかった。……今まで、一度も」
五百旗頭は、俺を、見た。
「森本くん。あなたが、わたしを、見ていた。それは――どういう、気持ちだったんですか」
それは。
攻略の、役割で、聞いているのか。
それとも。
本心で、聞いているのか。
わからなかった。
でも、たぶん。
五百旗頭自身も、わかって、いなかった。
◇
このゲームは、たちが悪い。
好きだと、言われても、本心か、わからない。
でも、いま。
俺は、逆のことを、思っていた。
五百旗頭が、こんなに、まっすぐ、聞いてくるのは。
これは、攻略の、役割、なのか。
それとも――
「……なあ、五百旗頭」
「なんですか」
「ひとつだけ、言っていいか」
「どうぞ」
「昔の、お前は」俺は、言った。「もっと、こう、遠くて。きれいで。高嶺の花で。……正直、憧れてた」
「……」
「でも、今の、お前は」
「……今の、わたしは?」
「宇宙に、ガチギレするし。辛いもの、食えないし。俺の、寝相、観察してくるし。減点ばっかりだし」
「けなして、いますか、それ」
「――でも」俺は、頭を、かいた。「今の、お前のほうが。なんか、いいな、と、思う」
しん、と、なった。
五百旗頭が、固まっていた。
その、丸い顔が、みるみる、赤く、なっていく。
「なっ……」
「あ、いや、変な意味じゃ」
「ば、馬鹿にして、いるんですか! ではでは、それは、減点です! 大幅減点!」
「なんでだよ!」
五百旗頭は、真っ赤な顔で、立ち上がって、どこかへ、行って、しまった。
……あれ。
俺、なんか、まずいこと、言ったか?
いや。
でも。
まずいことを、言ったにしては。
なんだか、俺の、胸のあたりも。
妙に、あったかい、気がした。
◇
遠くで。
それを、見ていた、影が、あった。
「……ふうん」
東海林が、膝を、抱えて、座っていた。
いつもの、無表情で。
でも、その目は、じっと、俺と、五百旗頭のいた、あたりを、見ていた。
「……森本」
ぽつり、と、つぶやく。誰にも、聞こえないくらいの、声で。
「……本気、出したら」
「……こういうのも、上手いくせに」
それきり。
東海林は、また、黙って。
膝に、顔を、うずめた。
(第8話 了)




