第9話 ずれる比喩
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第9話 ずれる比喩
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御手洗という女は、たとえ話が、多い。
しかも、そのたとえが、たいてい、世界史だ。
「これは、ローマ帝国の、末期のようね」とか。「フランス革命の、直前みたいだわ」とか。「まるで、黒死病が、広がっていく様子」とか。
話が、三段くらい、飛ぶし。急に、革命とか、疫病とかを、持ち出すし。正直、わかりにくい。
でも、それが、御手洗だ。
世界史で、ものを、考える女。それが、こいつの、通常運転。
――だと、思っていた。
◇
その日、俺たちは、脱出の手がかりを、探して、古い郷土資料を、めくっていた。
「森本くん、これを、見てください」五百旗頭が、一冊の、古びた名簿を、広げた。「この学校の、初期の、卒業生名簿です。何か、ヒントが、あるかも」
「名簿?」
「ええ。このゲーム、『恋愛推理』でしょう。もしかしたら、過去にも、似たような、何かが、あったのかも、しれません」
なるほど。さすが、五百旗頭。着眼点が、いい。
で、その名簿を、御手洗が、のぞきこんだ。
「――ああ、これはね」
御手洗が、こてん、と、首をかしげた。いつもの、癖。
「まるで、応仁の乱の、あとの、京都みたいだわ」
「……ん?」
俺は、一瞬、引っかかった。
応仁の乱。
それって――日本史、じゃ、ないか?
◇
「御手洗」俺は、言った。「お前、いつも、世界史の、たとえ、じゃなかったっけ」
「そう、かしら?」
「そうだよ。ローマとか、フランス革命とか。なのに、今、応仁の乱、って。日本史、だろ」
「……あら」御手洗は、目を、ぱちくり、させた。「そう、ね。……ええ、そうね。たまには、日本史も、いいでしょう」
「まあ、いいけど」
「わたし、日本史も、得意なのよ。……いえ」御手洗は、ふと、口ごもった。「……得意、というか。うろ覚え、だけれど」
「うろ覚え? お前が?」
それは、意外だった。
教科書を、丸暗記してる、って、噂の、御手洗が。うろ覚え、なんて、言葉を、使うのは。
「まあ、人間だもの」御手洗は、肩を、すくめた。「わたしにも、苦手分野くらい、あるわ。世界史は、得意。でも、日本史は、少し、ずれるの」
「ずれる?」
「そう。時々、たとえが、しっくり、こないのよ。応仁の乱だって、本当は、もっと、別の、たとえのほうが、正しいのかも、しれない。でも、まあ、いいでしょう。細かいことは」
御手洗は、けろっと、して、また、名簿に、目を、戻した。
……ふうん。
御手洗にも、苦手が、あるのか。
世界史は、得意で。日本史は、ちょっと、ずれる。
意外だな、と、思った。
でも。
それだけ、だった。
俺は、深く、考えなかった。
だって――御手洗は、もともと、不思議な女だ。たとえが、飛ぶのも、話が、ずれるのも、いつものこと。今さら、日本史が、ちょっと、変でも。
たいした、ことじゃ、ない。
そう、思って。
俺は、その、小さな、違和感を。
名簿の、ページと、いっしょに。
めくって、しまった。
◇
「――それより」五百旗頭が、名簿の、一点を、指さした。「森本くん。ここ、見てください。この、初期の卒業生、名前の横に、妙な、記号が」
「記号?」
「ええ。○と、×が、ついている。まるで――」五百旗頭は、少し、考えて。「まるで、誰かと、誰かの、組み合わせを、記録した、みたいな」
「組み合わせ?」
「恋愛の、記録……いえ」五百旗頭は、首を、振った。「まさか。でも、もし、そうだとしたら」
五百旗頭の、探偵の目が、光った。
「このゲームは。今年、初めて、行われたものじゃ、ない。……もっと、昔から。この学校で、繰り返されてきた、何か、なのかも、しれません」
ぞわり、とした。
このゲーム。
俺たちが、たまたま、巻き込まれた、いたずら、だと、思っていた。
でも、もし。
何十年も、前から。
この学校で。
誰かが、ずっと、同じことを、繰り返してきた、のだとしたら。
「……なんか」俺は、つぶやいた。「でかい話に、なってきたな」
「ええ」五百旗頭が、頷いた。「でかい話に、なってきました」
◇
その夜。
俺は、ふと、御手洗のことを、思い出した。
応仁の乱。日本史。ずれる、たとえ。
なんで、急に、日本史、だったんだろう。
いつもの、御手洗なら、絶対、世界史だったのに。
……いや。
考えすぎ、だな。
御手洗は、不思議な女だ。気まぐれで、猫みたいで、何を、考えてるか、わからない。
たまには、日本史の、気分の日も、あるだろう。
うん。
そういうこと、だ。
俺は、その考えを、頭の隅に、追いやって。
目を、閉じた。
――このとき。
俺が、あと少しだけ、その違和感に、こだわっていたら。
もっと、早く、気づけたのかもしれない。
でも。
俺は、気づかなかった。
面倒くさいことを、考えるのは。
性に、合わないのだ。
(第9話 了)




