第9.5話 不破くんは、がんばっている
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第9.5話 不破くんは、がんばっている
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不破楓也という男は、完璧である。
顔がいい。背が高い。成績はトップクラス。運動もできる。家も、それなりに、いいらしい。
学年中の、女子が、騒ぐ。「不破くん、かっこいい」と。
そんな、完璧超人が。
なぜか、この、狭い図書室で。
めちゃくちゃ、空回りして、いた。
◇
「――おい、モブ」
「森本だよ」
「森本。貴様に、勝負を、申し込む」
「勝負?」
「そうだ」不破は、腕を、組んで、ふんぞり返った。「このままでは、埒が、明かん。俺と、貴様、どちらが、優れた男か。ここで、はっきり、させる」
「いや、興味ないんだけど」
「逃げるのか!」
「逃げるっつーか」
面倒くさい。心の底から、面倒くさい。
でも、不破は、やる気だった。目が、燃えていた。なんで、こいつ、こんなに、俺と、張り合いたがるんだ。
「いいだろう」不破は、指を、鳴らした。「種目は、そうだな。……腕相撲だ」
「腕相撲」
「東海林の、前で。俺が、貴様を、叩きのめす」
……あ。
なるほど。
東海林の、前で。
こいつ、東海林に、いいところを、見せたい、のか。
わかりやすいな、おい。
◇
で、腕相撲が、始まった。
「東海林。見ていろ」不破は、爽やかに、笑った。「モブが、無様に、負ける、瞬間を」
「……別に、見たくない」
「そう言うな。すぐ、終わる」
東海林は、心底、どうでもよさそうな顔で、頬杖を、ついた。
で。
勝負は。
一瞬で、ついた。
「――ぐああっ!?」
不破の、腕が。
一瞬で、俺に、ねじ伏せられた。
「……え」不破が、呆然と、した。「な、なぜだ。俺は、鍛えている。貴様は、モブのはず」
「いや、俺、これでも、身軽さだけは、あるんだよ。パルクールで、鍛えてるから」
「パルクール……?」
「握力とか、腕の、使い方とか。屋根、登ったり、するとき、いるんだよ」
まあ、本気は、出してないけど。ちょっとした、コツだ。
不破は、がっくり、と、膝を、ついた。
「……もう、一回だ」
「まだやんの?」
◇
それから、不破の、挑戦は、続いた。
早食い勝負。
「うぐっ……! なぜ、貴様、そんなに、速く……!」
「ゲームで、鍛えたからな。片手で、食いながら、コントローラー、握るから」
「そんな、鍛え方が、あるか!」
暗記勝負。
「……円周率、100桁」
「なぜ、そんなもの、覚えている!?」
「ラノベで、そういう、キャラ、いてさ。かっこいいな、と、思って、覚えた」
「動機が、不純すぎる!」
――と、いうふうに。
なぜか、俺の、しょうもない特技が、ことごとく、不破の、上を、いった。
不破は、そのたびに、膝を、つき。
そして、東海林は。
そのたびに、心底、どうでも、よさそうに。
頬杖を、つき、続けた。
◇
「……なあ、不破」俺は、ついに、聞いた。「お前、なんで、そんなに、俺に、勝ちたいんだ?」
「……っ」
不破は、言葉に、詰まった。
それから、ぼそぼそ、と。
「……貴様は。何も、していないのに。東海林の、隣に、いる」
「まあ、幼馴染だし」
「俺は」不破は、拳を、握った。「これだけ、努力しているのに。顔も、成績も、運動も。全部、貴様より、上のはずなのに。……なのに」
「なのに?」
「……東海林は。俺のことなんか。見も、しない」
……ああ。
なんだ。
こいつ。
東海林のことが、好きなのか。
めちゃくちゃ、わかりやすい、じゃないか。
いや。前から、うすうす、そうかな、とは、思ってたけど。ここまで、はっきり、言われると。
「不破」
「なんだ」
「お前、いいやつ、だな」
「なっ……!? ば、馬鹿に、しているのか!」
「してない。本気で、言ってる」
だって。
これだけ、まっすぐ。人を、好きに、なれるのは。
なんか、すごい。
俺には、たぶん、できない。
◇
その様子を。
少し、離れた、ところから。
五百旗頭と、御手洗が、眺めて、いた。
「……ねえ、五百旗頭さん」御手洗が、こてん、と、首をかしげた。「不破くんは、東海林さんが、好き。森本くんは、それに、気づいた。でも、森本くんは、鈍いから、東海林さんの、気持ちには、気づいていない。そして、東海林さんは――」
「言わないで、あげてください」五百旗頭が、ため息を、ついた。「見ていて、じれったいですが。……これも、青春、というやつでしょう」
「青春」御手洗は、うなずいた。「まるで、ルネサンス期の、恋愛詩のようね」
「……御手洗さん。それ、世界史ですか、文学ですか」
「さあ?」
御手洗は、にっこり、笑った。
――閉じ込められて。
脱出も、できなくて。
いつ、次の脱落が、あるかも、わからなくて。
そんな、状況、なのに。
なぜか、この日の、図書室は。
ちょっとだけ、平和で。
ちょっとだけ、あたたかかった。
(第9.5話 了)




