第10話 二人目の、椅子
====================
第10話 二人目の、椅子
====================
それは、ふとした、会話から、始まった。
俺たちは、脱出の手がかりを、探しながら、それぞれの「役割」を、探り合っていた。誰も、直接は、言えない。だから、遠回しに、鎌をかけて、相手の、条件を、推測する。
その日。
御手洗が、めずらしく、能動的に、動いていた。
「ねえ、五百旗頭さん」御手洗が、こてん、と、首をかしげた。「あなたの、勝利条件。それは、もしかして――『誰かを、特定する』ことでは、ないかしら」
「……なぜ、そう、思うのですか」五百旗頭が、警戒した。
「だって、あなた、いつも、観察しているもの。森本くんを。まるで、彼が、誰の『役』なのかを、見極めよう、と、しているみたいに」
五百旗頭の、顔が、こわばった。
図星、だったのだ。
御手洗の、推理は、当たっていた。
「……御手洗さん」五百旗頭が、低い声で、言った。「あなた、鋭いですね。でも、それを、口にするのは――危険かも、しれませんよ」
「あら、どうして?」
「わかりません。でも――」
五百旗頭の、言葉が、終わる、前に。
ピッ、と。
端末が、鳴った。
◇
全員が、端末に、駆け寄った。
画面には、あの、無機質な、文字。
《プレイヤー・御手洗澪が、脱落しました》
「……え」
俺は、振り返った。
さっきまで、そこに、いた、御手洗が。
いない。
こてん、と、首をかしげた、あの、猫みたいな女が。
蛍光オレンジの、パーカーが。
どこにも、いない。
残っているのは。
御手洗が、座っていた、椅子だけ。
ぽつん、と。
空っぽの、椅子が。
ひとつ。
「御手洗!」俺は、叫んだ。「御手洗! どこだ! 御手洗ってば!」
返事は、なかった。
二人目。
また、一人。
消えた。
◇
「……森本くん」五百旗頭が、青い顔で、言った。「落ち着いて。……いえ、落ち着けないですよね。でも、聞いてください。今、わたしは、確信しました」
「何を」
「脱落の、条件です」五百旗頭は、震える指で、宙に、書いた。「日下部くんのときは、わからなかった。でも、御手洗さんは、違う。彼女は――わたしの、役割を、言い当てた、直後に、脱落した」
「役割を、言い当てた?」
「そう。御手洗さんは、わたしの勝利条件を、『誰かを特定すること』だと、看破した。ほぼ、正解でした。……そして、その、直後に、消えた」
五百旗頭は、俺を、見た。
「つまり――『他人の役割を、正しく、見抜くと』。見抜いた、本人が、脱落する」
「……は?」俺は、混乱した。「見抜かれた、ほうじゃ、なくて。見抜いた、ほうが、消えるのか?」
「そう、みたいです」五百旗頭は、頷いた。「残酷な、ルールです。誰かの、秘密に、近づきすぎると。近づいた、自分が、消える。……このゲームは、他人を、暴くことを、許さない」
ぞっと、した。
御手洗は。
五百旗頭の、役割を、暴いたから。
消えた、のか。
じゃあ。
このゲームで。
誰かのことを、深く、知ろうとすると。
その、罰として。
自分が、いなくなる、のか。
◇
「……なあ」俺は、言った。「じゃあ、俺たち、どうすりゃ、いいんだよ。役割を、推理しろって、ゲームなのに。推理して、当てたら、消えるって。矛盾してるだろ」
「そこが、このゲームの、いやらしい、ところです」五百旗頭は、唇を、噛んだ。「『役割を推理するゲーム』だと、思わせておいて。実際に、推理して、当てると、罰を、受ける。……まるで、わたしたちに、こう、言っているみたいです」
「なんて」
「『それは、本当に、推理すべき、ことなのか』と」
……わからない。
五百旗頭の、言っている、意味が、半分くらい、わからない。
でも。
ひとつだけ、わかったことが、ある。
このゲームは。
誰かのことを、暴こうとすると。
大切なものを、失う。
御手洗を、失ったみたいに。
◇
その夜。
俺は、空っぽの、椅子を、見ていた。
御手洗が、座っていた、椅子。
……変な、女だった。
たとえが、いつも、世界史で。たまに、日本史で。話が、三段、飛んで。猫みたいで。なれなれしくすると、怒って。
昔、飼ってた、猫を。思い出す、やつだった。
いなくなって、はじめて。
俺は、気づいた。
あいつのことを、俺は、たぶん、ちょっと、好きだった。
恋愛とか、そういうんじゃ、なくて。
なんか、こう。そばに、いると。安心する、みたいな。
その、御手洗が。
もう、いない。
「……戻ってこいよ」
俺は、空っぽの、椅子に、つぶやいた。
「猫のくせに。勝手に、いなくなるなよ」
返事は、なかった。
でも。
このとき、俺は、まだ、知らなかった。
御手洗が、消えた、この図書室に。
まだ、確かに、残っている、気配が。
あったことを。
(第10話 了)




