第7話 消えた一人
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第7話 消えた一人
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それは、なんの、前触れも、なかった。
朝――といっても、外はずっと夜なので、便宜上の「朝」だ。目が覚めて、いつものように、漫画コーナーで、伸びをして。
俺は、気づいた。
一人、いない。
「……日下部?」
いない。
昨日まで、そこに、いた。にこにこ笑って、丁寧語で、みんなの話を、聞いていた。
なのに。
いない。
「森本くん」五百旗頭が、起きてきた。「どうか、しましたか」
「日下部が、いない」
「え?」
五百旗頭の、顔が、こわばった。
◇
俺たちは、図書室じゅうを、探した。
書架の陰。トイレ。カウンターの裏。閉じ込められた、この狭い空間の、隅から隅まで。
でも。
日下部は、どこにも、いなかった。
「……荷物は、ある」東海林が、言った。
その通りだった。
日下部の、鞄。スマホ。飲みかけの、ペットボトル。
全部、そこに、残っている。
まるで、ついさっきまで、そこにいた、みたいに。
なのに、本人だけが、いない。
「どこ、行ったんだよ」俺は、声を、荒げた。「出口は、ないんだろ。閉じ込められてるんだろ。なのに、なんで、消えるんだよ」
「森本くん、落ち着いて――」
「落ち着けるか! 人が、一人、消えたんだぞ!」
消えた。
その言葉の、重さが、じわじわと、俺たちに、のしかかってきた。
これまで。
俺たちは、どこかで、思っていた。
これは、しょせん、ゲームだ、と。誰かが仕掛けた、手の込んだ、いたずらだ、と。クリアすれば、笑い話に、なる、と。
でも。
人間が、本当に、消えた。
荷物を、残して。
跡形も、なく。
◇
「……端末」御手洗が、ぽつり、と、言った。「端末に、何か、出ているわ」
全員が、検索端末に、駆け寄った。
画面に、短い文が、表示されていた。
《プレイヤー・日下部久遠が、脱落しました》
「脱落……?」
「脱落、って、何」俺は、画面を、睨んだ。「脱落したら、どうなるんだよ。どこに、行くんだよ。日下部は、無事なのか?」
でも、画面には、それ以上、何も、書かれていなかった。
脱落した。
ただ、それだけ。
その先が、どうなるのかは。
一言も、説明が、なかった。
「……おかしい」
五百旗頭が、画面を、睨んで、つぶやいた。
「何が、おかしいんだよ」
「ルールには、こうありました。『敗北した者は、脱落する』。つまり、日下部くんは、何かに、敗北したはず。でも――」五百旗頭は、指を、折って、数え始めた。「勝利条件を、達成できなかった? まだ、そんな段階じゃない。嘘が、ばれた? 誰も、彼を、追い詰めていない。役割を、見抜かれた? ……わたしたちの、誰も、彼の役割を、指摘していません」
「じゃあ、なんで」
「わからない」五百旗頭は、唇を、噛んだ。「どの条件にも、当てはまらないのに、彼は、脱落した。まるで――自分から、負けを、選んだ、みたいに」
自分から、負けを、選んだ。
そのときは、誰も、その言葉の意味を、深くは、考えなかった。
でも、五百旗頭の、この違和感は、正しかった。
……それが、わかるのは。まだ、ずっと、先のことだ。
「……ねえ」御手洗が、こてん、と、首をかしげた。いつもの、癖。でも、今日は、その仕草が、やけに、寒々しく、見えた。「日下部くん、昨日、言っていたわよね。『クリアすれば、出られる』って」
「言ってたな」
「彼は、経験者だった。前にも、こういうゲームを、くぐり抜けた。だから、彼の言葉は、信じられる、と思っていた。……でも」
御手洗は、言葉を、切った。
「その彼が、まっさきに、消えた」
……そうだ。
一番、頼りに、なるはずの、経験者が。
誰よりも、先に。
いなくなった。
◇
「――次は、誰なの」
その、ひとことが。
全員の、心に、突き刺さった。
御手洗が、言ったんじゃ、ない。
東海林が、言ったんじゃ、ない。
誰が、言ったのか。
……いや。
たぶん、全員が、心の中で、思っていた。
次は、誰が、消えるんだ。
クリアするまで、俺たちは、一人ずつ、消えていくのか。
クリアすれば、本当に、全員、戻れるのか。
それとも――日下部は、もう。
「やめましょう」
五百旗頭が、きっぱりと、言った。
「疑心暗鬼に、なるのは、相手の思う壺です。落ち着いて、考えましょう。日下部くんが、消えた。それは、事実。でも、悲観する材料は、まだ、揃っていません」
「……五百旗頭」
「わたしは、諦めません」五百旗頭は、俺を、見た。強い、目だった。「必ず、このゲームを、解く。全員で、ここを、出る。日下部くんも、含めて」
その、まっすぐさに。
俺は、少しだけ、救われた。
こいつは、強い。
宇宙に、ガチギレできる、やつは。
こういうときも、諦めないんだ。
◇
その夜。
俺は、眠れずに、日下部の、残した鞄を、見ていた。
飲みかけの、ペットボトル。半分だけ、減っている。
こいつ、本当に、消えたのか。
それとも――どこかで、無事に、しているのか。
わからない。
ただ、ひとつだけ。
妙に、引っかかることが、あった。
日下部は、昨日、確かに、言った。「クリアすれば、出られる」と。「自分は、前のゲームから、出られた」と。
出られた。
出られた、って。
……あいつ、勝った、とは、言ってなかったよな?
ふと、そう、思った。
でも、すぐに、俺は、その考えを、頭の隅に、押しやった。
面倒くさいことを、考えるのは、性に、合わない。
それに――今は、そんなことより。
消えた日下部が、無事で、あることを。
ただ、願った。
(第7話 了)




