第6話 経験者の言葉
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第6話 経験者の言葉
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きっかけは、五百旗頭の、何気ない、ひとことだった。
「――おかしいと、思いませんか」
みんなが、集まっているとき。五百旗頭が、腕を組んで、言った。
「わたしたちは、こんなに、慌てているのに。日下部くん、あなただけ、やけに、落ち着いていますね」
全員の視線が、日下部に、集まった。
日下部は、いつもの、柔らかい笑みで、頬を、かいた。
「……鋭いですね、五百旗頭さん」
「答えて、ください。なぜ、あなたは、落ち着いているのですか」
日下部は、少し、間を、置いてから。
「――実は、僕」
静かに、言った。
「こういうの、二回目、なんですよ」
◇
二回目。
その言葉に、全員が、固まった。
「二回目、って」俺は、聞き返した。「このゲーム、前にも、やったのか?」
「いえ」日下部は、首を、横に振った。「このゲームは、初めてです。『恋愛推理』は。でも――閉じ込められて、ルールを、渡されて、クリアしないと出られない。そういう状況は、前にも、経験しました」
「前って、いつだよ」
「中学のとき、です」日下部は、遠い目を、した。「あのときは、恋愛推理じゃ、なかった。もっと、単純で、もっと、えげつない、ゲームでした」
「えげつない?」御手洗が、身を、乗り出した。
「多数決、でした」日下部は、言った。「全員で、一人を、選んで、脱落させる。それを、繰り返す。最後まで、残った者が、勝ち。――そういう、ゲーム」
「うわ」俺は、顔を、しかめた。「性格、悪いな、それ」
「ええ。性格、最悪でした」日下部は、笑った。でも、目は、笑っていなかった。「僕は、あのとき、学びました。人は、生き残るためなら、簡単に、他人を、切る。昨日まで、友達だった人を。笑って、握手しながら」
しん、と、なった。
日下部の、丁寧な口調の、奥に。
何か、ぞっとするものが、あった。
◇
「――でも」
日下部は、ぱっと、いつもの笑顔に、戻った。
「安心してください。僕は、あのゲームから、ちゃんと、出られました。だから、今回も、大丈夫。クリアすれば、出られる。それは、確かです」
「ほんとか」俺は、少し、ほっとした。「出られるんだな」
「ええ。出られます」
「よかった」
「クリアすれば、出られる」日下部は、もう一度、繰り返した。「それは、僕が、保証します」
その言葉に、みんな、少し、安心した、顔をした。
五百旗頭も。御手洗も。東海林も。
出口が、ある。クリアすれば、帰れる。
その、希望が。
このとき、確かに、俺たちを、支えた。
――でも。
あとで。
ずっと、あとで。
五百旗頭が、この会話を、思い出して、青ざめることになる。
だって、日下部は、一度も、言っていなかった。
「自分が、クリアした」とは。
ただ。
「出られた」と。
それだけ、しか。
……まあ、それは、まだ、先の話だ。
◇
「日下部くん」御手洗が、こてん、と、首をかしげた。「ひとつ、聞いても?」
「なんです?」
「その、中学のゲーム。一緒に、閉じ込められた人たちは。……今、どうしているの?」
日下部の、笑顔が。
ほんの、一瞬。
止まった。
「……さあ」日下部は、言った。「どう、しているんでしょうね」
それ以上は、言わなかった。
御手洗も、それ以上は、聞かなかった。
ただ、その、こてん、と傾いた首の角度が。
いつもより、少しだけ、長く、続いた気がした。
◇
その夜。
俺は、五百旗頭と、並んで、座っていた。相変わらず、観察されている。
「森本くん」
「なんだよ」
「日下部くんの、話。どう、思いました?」
「どうって。まあ、頼りになる、なって」
「……森本くんは、本当に、素直ですね」五百旗頭は、小さく、ため息を、ついた。「わたしは、少し、引っかかりました」
「なにが」
「うまく、言えません。でも――」五百旗頭は、宙に、指で、何かを、書いた。数式じゃ、なかった。ただの、線だった。「彼の話には、どこか、『空白』がある。方程式の、解けない項みたいな。……気のせい、かもしれませんが」
「考えすぎだろ」
「そうかも、しれません」五百旗頭は、笑った。「ではでは、今日は、寝ましょうか」
でも。
このとき、五百旗頭が、感じた、その「空白」が。
のちのち、このゲームの、いちばん深い、謎に、つながっていくことを。
このときの、俺たちは、まだ、知らなかった。
(第6話 了)




