第13話 もう一人
====================
第13話 もう一人
====================
公演まで、二日。
稽古場の隅。まだ誰も来ていない、放課後の教室で。
その日、五百旗頭は、一冊の名簿を持ってきた。
◇
「――どこで手に入れたんだ、それ」
「生徒会の書庫です」五百旗頭は言った。「卒業生名簿の、控えです」
「十年前の?」
「はい」
表紙は色褪せていた。開くと、印刷された名前がびっしり並んでいる。
指でめくると、紙が、乾いた音を立てた。
「これで、何がわかるんだ」
「被害者の名前です」五百旗頭は言った。「新聞は実名を伏せていました。ですが――卒業していない生徒がいれば、わかります」
……あ。
六人は、死んだ。卒業できていない。
だから、その学年の名簿から、抜けているはずだ。
「学年の在籍者数と、卒業者数を照合しました」五百旗頭は言った。「差は、六」
◇
「じゃあ、名前が」
「わかりました」五百旗頭は、メモを開いた。「ただし」
「ただし?」
「――ここでは、読み上げません」
「なんでだよ」
「ご遺族がいます」五百旗頭は静かに言った。「わたしたちが、興味本位で名前を口にしていい相手では、ありません」
……。
そうか。
そうだよな。
「でも、御手洗が言ってただろ」俺は言った。「名前が知りたいって」
「はい」五百旗頭は頷いた。「ですから、御手洗さんには、後で個別にお伝えします」
「なんで御手洗だけ」
「あの人は、興味本位で聞いていません」五百旗頭は言った。「――記録するために、聞いています」
……。
なるほど。
それは、たしかに、違う。
◇
「で、名前がわかって、どうするんだ」
「ここからです」五百旗頭は、名簿の別のページを開いた。「――図書委員会の名簿です」
「図書委員?」
「はい」五百旗頭は言った。「あの部屋は、図書室でした。放課後、生徒が集まる理由があるとすれば」
「委員会か」
「そうです」五百旗頭は頷いた。「そして――」
五百旗頭は、そのページを指した。
その指先が、一点で、止まった。
「六人のうち、五人が、図書委員でした」
◇
……五人。
「じゃあ、残り一人は」
「図書委員ではありません」五百旗頭は言った。「別の委員会に、名前があります」
「じゃあ、なんでその場にいたんだ」
「わかりません」五百旗頭は首を振った。「ですが、興味深いのは、そこではありません」
「じゃあ、どこだ」
五百旗頭は、名簿のページを、指でなぞった。
「――図書委員は、六人います」
……え。
「五人が、死にました」五百旗頭は言った。「――もう一人は、死んでいません」
……。
心臓が、跳ねた。
◇
「もう一人、いたのか」
「名簿上は」五百旗頭は言った。「ですが、被害者ではありません」
「その日、休んでたのか」
「あるいは、その場にいなかったか」五百旗頭は言った。「――理由は、わかりません」
……。
図書委員が六人。
五人が死んだ。
一人が、生き残った。
「その一人の名前は」
「――言えません」五百旗頭は言った。「ですが」
五百旗頭は、俺を見た。
「――卒業しています」
……。
生きている。
今も、どこかで。
◇
「……なあ」俺は言った。「それって」
「はい」
「その人が、犯人ってことか?」
「わかりません」五百旗頭は言った。「ですが、可能性は二つです」
五百旗頭は指を折った。
「一。その人物は、その場にいた。そして生き残った」
「じゃあ、犯人だ」
「二」五百旗頭は言った。「――その人物は、来なかった」
……。
来なかった。
「本来なら、その場にいるはずだった」五百旗頭は言った。「でも、来なかった。……そして、五人が死んだ」
……。
ぞ、と、した。
「もし、後者だったら」五百旗頭は言った。「――その人は、どう思うでしょうか」
……。
わからない。
でも、たぶん。
一生、忘れられない。
◇
そのとき、御手洗が言った。
「――ねえ、五百旗頭さん」
「はい」
「その、生き残った図書委員の人」
「はい」
「――もし、その人が、あの手記を読んだとしたら」
……。
空気が、止まった。
「読んだ?」
「ええ」御手洗は言った。「だって、あの手記、誰かに読ませるために書かれたのでしょう?」
「……はい」
「もし」御手洗は言った。「――その人に、向けて書かれていたなら」
……。
心臓が、冷たくなった。
◇
「どういうことだ」
「わからないわ」御手洗は首を振った。「でも、考えてみて」
御手洗は、指を折った。
「六人の図書委員がいて、五人が集まった。一人が来ない」
「ああ」
「そこで、何かが起きた」御手洗は言った。「そして、書き手は、記録を残した」
「……ああ」
「誰に読ませるために?」
……。
……来なかった、一人に。
「『あなたが来なかったから、こうなった』」御手洗は静かに言った。「――そう伝えるためだったのかもしれないわ」
……。
稽古場が、しん、となった。
誰も、動かなかった。
蛍光灯の、低い唸りだけが、聞こえていた。
◇
「……それ、恨みじゃないか」
「かもしれないわ」御手洗は頷いた。「でも」
「でも?」
「――違うかもしれない」
「どっちだよ」
「わからないの」御手洗は言った。「だって、手記は途中で終わっているもの」
……。
『ああ、そういうことだったのか。わたしは』
……。
「その先を、読まないと」御手洗は言った。「――何を伝えたかったのかは、わからないわ」
◇
その夜。
家に帰って、電気も点けずに。
俺は、ベッドに転がって、天井を見ていた。
ずっと、考えていた。
十年前。
図書委員が六人いた。五人が集まって、一人が来なかった。
そして五人が死んだ。
……いや、六人だ。
死んだのは六人。図書委員ではない、もう一人がいる。
その人物は、なぜあの場にいたのか。
……わからない。
でも、ひとつだけ、頭から離れないことがあった。
来なかった、一人。
その人は、今も生きている。
卒業して。
どこかで。
……いや。
……どこかで?
……。
暗い天井の、その向こうに。
ひとつの顔が、浮かんだ。
いつも、進路指導室にいる人。
十年前、この学校の生徒だった人。
そして、今、この学校にいる人。
……柏木先生。
背中が、冷たくなった。
(第13話 了)




