第12話 順番
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第12話 順番
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公演まで、四日。
稽古の合間に、五百旗頭が全員を集めた。
◇
「――報告があります」
五百旗頭は、ホワイトボードの前に立った。
「昨日、わかったことです。十年前、あの部屋に、教師はいませんでした」
「え?」真壁が声を上げた。「でも、台本には」
「新聞の見出しを確認しました」五百旗頭は言った。「『生徒6人死亡』です。六人全員が、生徒です」
稽古場が、ざわついた。
「じゃあ、手記の『教師』って」
「わかりません」五百旗頭は言った。「ですが、少なくとも、被害者の中に教師はいない」
「……台本、直します?」真壁が言った。
「いえ」五百旗頭は首を振った。「――このままでいきましょう」
「え?」
「手記には『教師』と書いてある」五百旗頭は言った。「それが事実かどうかは別として、彼女がそう認識したことは事実です」
……なるほど。記録を、記録として扱う。
◇
「それで、本題です」五百旗頭はホワイトボードにペンを走らせた。
『教師 → 部長 → 物知り → (書き手)』
「これが、手記に書かれた順序です」
「ああ」
「そして司法解剖の結果は、書き手が最後」
「一致してるじゃないか」
「していません」五百旗頭は言った。「手記では、書き手は『教師にとどめを刺されて』死ぬことになっています」
「うん」
「でも、教師は先に死んでいる。つまりこの順序表は、最後の一手だけが成立しない」
……そうだった。
「では、考えます」五百旗頭は言った。「――最後以外は、正しいのでしょうか」
……え?
◇
「どういうことだ」
「わたしたちは、なんとなくこう考えていました」五百旗頭は言った。「『手記の順序は正しい。ただし最後だけが間違っている』と」
「ああ」
「でも、その前提に根拠はありますか」
……ない。
「もし最後が間違っているなら、他も間違っている可能性があります」
「じゃあ、全部でたらめか?」
「そうとも限りません。順序が入れ替わっているだけかもしれない」
五百旗頭は、ホワイトボードに新しい行を書いた。
『A:順序は正しい。最後だけ誤認』
『B:順序が一部入れ替わっている』
『C:順序は完全に虚偽』
「この三つです」
「どれなんだ」
「――検証しましょう」
◇
検証は、御手洗の一言から始まった。
「――ねえ、五百旗頭さん」
「はい」
「その順番、どうやって書いたのかしら」
「どうやって、とは?」
「だって」御手洗は言った。「その人、動けなかったのでしょう?」
「はい」
「じゃあ、誰かが死ぬところを、どうやって知ったの?」
……あ。
第六話で、俺が気づいたことだ。
あの位置からは、通路一本しか見えない。
「見えない、はずよね」御手洗は言った。「なのに、四人分、書いてあるわ」
◇
「音、じゃないですか」田口が言った。「悲鳴とか」
「それは、わたしも考えました」五百旗頭は頷いた。「ですが、音では、誰が死んだかまでは、わかりません」
「叫んだ人の声で、わかるんじゃ」
「わかるかもしれません。……一人目なら」
「一人目?」
「二人目以降は、難しい」五百旗頭は言った。「暗闇で、混乱していて、複数の音が重なる状況で。……声だけで、誰が倒れたかを、正確に特定できますか」
……無理だ。
「まして、順序まで、正確に」五百旗頭は言った。「――記録できるでしょうか」
稽古場が、静かになった。
◇
「――つまり」五百旗頭は、ゆっくり言った。
「あの手記は、目撃に基づいていません」
「じゃあ、何に基づいてるんだ」
「三つ、考えられます」五百旗頭は言った。「一。推測。二。伝聞。……そして、三」
五百旗頭は、少し、間を置いた。
「――事前の、取り決め」
……。
「取り決め?」
「はい」五百旗頭は言った。「もし、あらかじめ『この順番で』と決まっていたなら」
……。
心臓が、嫌な音を立てた。
「――書けます。見なくても」
◇
「……待てよ」俺は言った。「それ、どういう意味だ」
「言葉通りです」五百旗頭は言った。「手記が、事件のあとに書かれたものではなく、――事件の前に、書かれていたとしたら」
「そんなこと」
「あくまで、可能性です」五百旗頭は言った。「ですが、それなら、いくつかの矛盾が解消します」
「たとえば」
「見えない位置から、全員の死を記録できた理由」五百旗頭は言った。「――最初から知っていたなら、見る必要がありません」
……。
「順序が、司法解剖と一致しない理由」五百旗頭は言った。「――予定通りに、いかなかったなら」
ぞわ、と、した。
「そして、最後の記述」五百旗頭は言った。「『死んだと思っていた教師が、立ち上がった』」
「……ああ」
「これも、予定に、書いてあったのかもしれません」
◇
「――待って」
御手洗が、手を挙げた。
「それだと、変よ」
「どこがですか」
「だって」御手洗は言った。「予定通りに書いたなら、最後まで書けばいいでしょう?」
……あ。
「あの手記、途中で終わっているのよね」御手洗は言った。「『わたしは』で、切れている」
「……はい」
「予定を書いていたなら」御手洗は言った。「最後まで、書けたはずだわ」
……。
たしかに。
事前に書いていたなら、途中で終わる理由がない。
「……そうですね」五百旗頭は、少し悔しそうに言った。「仮説として、弱い」
◇
「――ねえ」
ミライが、口を開いた。
「なんですか」
「その手記さ」ミライは言った。「途中で、終わってるんだよね」
「はい」
「なんで?」
「それは、亡くなったからでは」
「うん」ミライは頷いた。「でも、さ」
ミライは、ホワイトボードを見た。
「――『わたしは』で、終わってるんでしょ」
「はい」
「変じゃない?」ミライは言った。「そこ、書きかけの、途中だよね」
……。
「『わたしは』の、あと」ミライは言った。「――何を、書こうとしてたんだろう」
◇
稽古が終わって、帰り道。
俺は、ずっと、その言葉を考えていた。
『ああ、そういうことだったのか。わたしは』
……わたしは。
そのあとに、続く言葉。
「わたしは、死ぬ」?
「わたしは、間違っていた」?
「わたしは、騙されていた」?
……わからない。
でも、ひとつだけ、確かなことがある。
彼女は、最後の瞬間に、何かに気づいた。
そして、それを、書こうとした。
誰かに、伝えるために。
……誰に?
(第12話 了)




