第11話 誤認
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第11話 誤認
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公演まで、五日。
その日、五百旗頭は図書室に来なかった。
◇
「……あいつ、どうしたんだ」
「生徒会じゃないの?」ミライが言った。
「いや、生徒会室にもいなかった」
探しても、いない。教室にも、図書室にも、稽古場にも。
スマホに連絡しても、既読がつかない。
「……なんかあったのかな」
「まあ、あの人だし」ミライは頬杖をついた。「たぶん、どっかで数式書いてるよ」
……そうかもしれない。
でも、なんとなく、嫌な感じがした。
◇
見つけたのは、日が暮れてからだった。
旧校舎の二階。旧図書室の前に、五百旗頭が立っていた。
一人で。電気もつけずに。
「……何やってんだ、お前」
「森本くん」五百旗頭は振り返った。「ちょうどよかった」
「よくないだろ。心配したぞ」
「すみません」五百旗頭はあっさり言った。「考え事をしていたら、時間を忘れました」
……こいつ。
「で、何を考えてたんだ」
五百旗頭は、暗い部屋を見た。
「――『教師』について、です」
◇
「教師?」
「手記の、最後の記述です」五百旗頭は言った。「『死んだと思っていた教師が、立ち上がった』」
「ああ」
「わたしは、この記述を、ずっとこう解釈していました」五百旗頭は言った。「『教師が生きていて、彼女を殺した』と」
「そうだよな」
「でも、それは司法解剖と矛盾します」
「教師のほうが、先に死んでるからな」
「はい」五百旗頭は頷いた。「だから考えました。この記述は、嘘か、誤りか、あるいは別人が書いたのだと」
「ああ」
「でも」五百旗頭は言った。「――もう一つ、可能性がありました」
「なんだ」
五百旗頭は俺を見た。
「――『教師』が、教師ではなかった場合です」
……え?
◇
「思い出してください」五百旗頭は言った。「十年前の『教師』について、わたしたちは何を知っていますか」
「何をって……」
「名前は?」
「……知らない」
「性別は?」
「……知らない」
「年齢は?」
「……知らない」
……そうだ。何も知らない。
「わたしたちが知っているのは、『教師』という記号だけです」
「……ああ」
「では、なぜその人物が教師だと、わかったのですか」
……あれ。
「手記に、そう書いてあったから?」
「そうです」五百旗頭は頷いた。「――手記に、そう書いてあったからです」
ぞ、と、した。
◇
「つまり」俺は言った。「あの部屋にいた大人が、本当に教師だったのかは、わからない?」
「そうです」五百旗頭は言った。「手記を書いた彼女が、『教師』と認識した人物がそこにいた。……それだけです」
「でも、被害者は特定されてるだろ」
「されています。六人の身元は判明しています」
「その中に、教師がいたんじゃないのか」
「――いません」
……え?
「新聞記事を、もう一度読み直しました」五百旗頭は言った。「見出しは、こうです。『県立高校 図書室で 生徒6人死亡』」
「……生徒?」
「はい」五百旗頭は言った。「――六人、全員、生徒です」
心臓が、止まりそうになった。
◇
「教師は死んでいません」五百旗頭は言った。「そもそも、あの部屋に教師はいなかった」
「……じゃあ、手記の『教師』は」
「わかりません」五百旗頭は首を振った。「ですが、可能性は二つです」
五百旗頭は指を折った。
「一。彼女が、生徒の誰かを教師だと誤認した」
「暗闇で?」
「暗闇で。あるいは、そう思い込む理由があった」五百旗頭は言った。「大人びた生徒。制服を着ていない生徒。何らかの外見的特徴があれば」
「……ああ」
「二」五百旗頭は言った。「――そこに、七人目がいた」
息が、止まった。
◇
「……七人目」
「はい」
「大人が、いたってことか」
「あるいは、そう見える誰かが」五百旗頭は言った。「――そして、その人物は、死んでいません」
……。
六人が死んだ。
でも、部屋にいたのが七人だったなら。
一人だけ、生きて出た人間がいる。
「……それ、犯人じゃないか」
「その可能性は、高いです」五百旗頭は頷いた。
「じゃあ、決まりだろ」
「――決まりません」
五百旗頭は、暗い部屋を見つめた。
「なぜなら、証拠がないからです」
◇
「証拠?」
「七人目がいた、という証拠が、何一つありません」五百旗頭は言った。「あるのは、手記の記述だけ。……そして、その手記は、信用できない」
……そうか。
手記は矛盾している。だから、そこに書かれた「教師」も、信用できない。
「堂々巡りだな」
「はい」五百旗頭はため息をついた。「……ですが、一つだけ、確かなことがあります」
「なんだ」
「――手記を書いた彼女は、『教師』という言葉を使いました」
「ああ」
「なぜでしょう」五百旗頭は言った。「もし、知らない大人がいたなら、『大人』『男』『誰か』と書くはずです」
……あ。
「彼女は、その人物を『教師』と呼んだ」五百旗頭は言った。「――つまり、教師だと、認識できる理由があった」
「顔を知ってたってことか」
「あるいは」五百旗頭は言った。「――そう思い込む理由が、あった」
◇
「……なあ、五百旗頭」
「はい」
「これ、二巻と同じじゃないか?」
五百旗頭が、顔を上げた。
「……ええ」
「みんなが、『森本を見た』って言った」俺は言った。「でも、誰も俺の顔を見てなかった」
「はい」
「噂で名前を聞いて、それらしい後ろ姿を見て、勝手に俺だと思い込んだ」
「……そうです」
五百旗頭は、静かに言った。
「人は、目の前の人物が誰かを、外見だけでは判断しません。……状況と、期待で、判断します」
「状況と、期待」
「『ここにいるはずの人』を、そこに見るのです」五百旗頭は言った。「――彼女も、そうだったのかもしれない」
……。
暗い部屋で。
死にかけながら。
立ち上がった誰かを見て。
「教師だ」と、思った。
……なぜ?
その部屋に、教師が「いるはずだ」と、思っていたから?
◇
「――待ってください」
五百旗頭が、急に声を上げた。
「どうした」
「今、森本くん、なんて言いました」
「え? ……その部屋に、教師がいるはずだと思っていた、とか」
「それです」
五百旗頭の目が、光った。
「なぜ、そう思うのですか」
「いや、お前が言ったんだろ」
「わたしが言ったのは、『そう思い込む理由があった』です」五百旗頭は言った。「――では、その理由とは、何ですか」
……。
「……教師が、来るはずだった?」
「そうです」五百旗頭は言った。「――もし、その部屋に、来るはずの人物がいたなら」
……。
ぞわ、と、した。
「ゲームなら、運営がいます」五百旗頭は言った。「監督する立場の人間が」
「……教師」
「はい」五百旗頭は言った。「――そして、その人物が、来なかったとしたら」
……。
待て。
待てよ。
それは。
「……来るはずだったのに、来なかった人間がいる?」
「可能性としては」五百旗頭は言った。「そして、彼女は、最後まで待っていたのかもしれません」
……。
助けを呼ばずに。
記録を書きながら。
誰かが来るのを、待っていた。
「だから」五百旗頭は言った。「――誰かが立ち上がったとき、彼女はこう思った」
五百旗頭は、静かに言った。
「『やっと、来た』と」
◇
部屋が、暗かった。
窓の外は、もう完全に夜だった。
「……でも、来なかったんだよな」
「わかりません」五百旗頭は首を振った。「ですが、もし来なかったなら」
「なんだ」
「――彼女の最後の言葉が、説明できます」
……。
『ああ、そういうことだったのか』
……。
「……気づいたのか」
「かもしれません」五百旗頭は言った。「誰も助けに来ないのだと。……最後の瞬間に」
……。
何も、言えなかった。
十年前。
この部屋で。
彼女は、待っていた。
誰かが来ると信じて、記録を書き続けて。
そして、最後に、気づいた。
……来ない、と。
◇
「……帰るか」
「はい」
俺たちは、旧図書室を離れた。
廊下は暗くて、足音だけが響いた。
「……なあ、五百旗頭」
「はい」
「もし、来るはずだった人間がいたとして」
「はい」
「そいつは、今、どこにいると思う?」
五百旗頭は、少し黙った。
それから、言った。
「……わかりません」
「……」
「ですが」五百旗頭は言った。「――十年間、この事件を忘れていないのは、確かでしょう」
……。
階段を降りる。
一階の廊下。
その先に、進路指導室がある。
明かりが、ついていた。
……こんな時間に。
俺は、足を止めた。
「……五百旗頭」
「……はい」
「あそこ」
五百旗頭も、その明かりを見ていた。
二人とも、しばらく、動けなかった。
(第11話 了)




