第10話 再現
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第10話 再現
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公演まで、一週間。
その日の稽古は、旧図書室で行われることになった。
◇
「――え、旧図書室?」
俺は聞き返した。
「はい」真壁は頷いた。「許可、取れました」
「取れたのか、あんな場所」
「事務室にお願いしたら、意外とあっさり」
……旧校舎の、二階。十年前まで図書室だった部屋。
事件のあと使われなくなって、今はただの空き教室になっている。
そこで、稽古をする。
「大丈夫なのか、それ」
「大丈夫です」真壁は言った。「もう、何も残ってません。備品も全部処分されてますし」
……そうだった。備品廃棄届。机も椅子も書架も、全部捨てられた。
何も、残っていない。
◇
放課後。旧校舎の二階、廊下の突き当たり。
その扉の前に、全員が集まった。
「……開けますね」
真壁が鍵を差し込んだ。
かちり。
扉が開いた。
埃の匂い。でも、想像したより明るかった。窓が大きい。西日が床に長い影を落としている。
そして部屋は、本当に空っぽだった。
何もない。ただの広い部屋。
……ここで、六人が死んだ。
◇
「……広いですね」
五百旗頭が部屋を見回した。
「テープの間取りより、広いです」
「あ、そうかも」真壁は言った。「実寸で作ったつもりだったんですけど」
「いえ、寸法は正確でしょう」五百旗頭は言った。「……ですが、実際に立つと、印象が違います」
たしかに。稽古場のテープの線と、実際の部屋は全然違った。
天井が高い。音が響く。
……そしてここに、書架が六列、並んでいたはずだ。
◇
「じゃあ、やってみましょう」真壁は言った。「書架はないですが、位置はテープで貼りました」
見ると、床に白いテープが貼られていた。稽古場と同じ間取り。
「今日は通しでやります。実際の空間で、感覚を掴んでください」
「はい」
役者たちが位置につく。
御手洗が部屋の隅に座った。十年前、手記が見つかった場所に。
……なんだか、妙な気分だった。
◇
俺は部屋の後ろで、記録用のノートを開いた。
湊ミライが隣に座る。
「……なんか、変な感じだね」
「ああ」
「本当に、ここで起きたんだ」
「……そうだな」
ミライは部屋を見回した。
「……ねえ、森本」
「なんだよ」
「この部屋さ。――出口、ひとつしかないよね」
……俺は部屋を見た。
扉、一つ。廊下側に。
窓は反対側にいくつもあるけど、ここは二階だ。
「……そうだな」
「十年前も、そうだったのかな」
「……たぶん」
一つしか出口がない部屋。そこに、六人。
……逃げ場が、ない。
◇
稽古が始まった。
実際の空間でやると、印象がまったく違った。声が響く。足音が響く。
そして何より、暗い。
西日が沈むにつれて、部屋がどんどん暗くなっていく。
「……電気、つけますか?」
「いえ」五百旗頭が言った。「――このまま、やりましょう」
「え?」
「十年前、あの夜。……照明は、どうだったのでしょう」
……あ。
「金曜の夜です」五百旗頭は言った。「電気がついていたのか。消えていたのか」
「記録は?」
「ありません」
……わからない。
でも、もし消えていたなら。
真っ暗な部屋の中で、六人が。
◇
稽古は続いた。
だんだん暗くなる中で、誰も何も言わずに、台本通りに動いていた。
妙な緊張感があった。遊びじゃない、という感覚。
ここで、本当に人が死んだ。
……と、その時。
――ばたん。
音がした。
◇
全員が動きを止めた。
「……今の」
「扉?」
俺は振り返った。
扉が、閉まっていた。さっきまで開けていたのに。
「風?」
「かもしれません」
不破が扉に近づいた。ノブを回す。
……回らなかった。
「……おい」
「どうした」
「――開かない」
空気が、変わった。
◇
「ちょっと、貸してください」
真壁が駆け寄って、ノブを回した。がちゃがちゃ、と音がする。
「……ほんとだ。開かない」
「鍵は?」
「持ってます」真壁はポケットから鍵を出した。「え、でも、鍵穴、内側にない」
……見ると、扉には内側から回すつまみがなかった。古い設計だ。外からしか施錠できない。
「じゃあ、誰かが外から」
「……閉めた?」
全員が黙った。
……嫌な、静けさだった。
◇
「――落ち着いてください」
五百旗頭の声が、部屋に響いた。
「まず、状況を整理します。扉が閉まった。開かない。以上です」
「以上って」田口が震えた声で言った。「閉じ込められてるってことだろ!?」
「そうです」五百旗頭はあっさり頷いた。「ですが、それだけです」
「それだけって!」
「窓があります」五百旗頭は言った。「二階です。落ちれば怪我をしますが、割れば声は届きます」
……たしかに。
「スマホは?」
「圏外じゃないですよね」御手洗が言った。
全員がポケットを探った。
「……電波、あります」
「じゃあ、呼べばいい」
……あっけないほど、簡単だった。
◇
「――でも」
ミライが、ぽつりと言った。
「なんだよ」
「十年前も、こうだったんじゃない?」
……。
部屋が、しん、となった。
「窓もあった。二階だった」ミライは言った。「叫べば、聞こえたはずだよね」
「……ああ」
「なのに、あの六人は、そうしなかった」
……そうだ。
脱出を試みた痕跡がない。窓も割られていない。
助けを呼べる状況で、呼ばなかった。
「なんで、だと思う?」
誰も、答えられなかった。
◇
五分後。
真壁が事務室に電話をかけて、事務員のおじさんが鍵を持ってきてくれた。
「あー、これね。この扉、たまに勝手に閉まるんだよ」おじさんはあっさり言った。「建て付けが悪くてね。風で閉まると、ラッチが引っかかるの」
「……事故ですか」
「事故事故。よくあるよ」
……なんだ。
拍子抜けするほど、普通の答えだった。
「危ないから、閉めないように、ドアストッパー置いといて」
「はい、すみません」
おじさんは、ドアストッパーを置いて、帰っていった。
……。
全員が、少し、笑った。
「……びっくりした」
「なんだよ、風かよ」
「心臓に、悪いです」
……よかった。
何も、起きなかった。
◇
でも。
五百旗頭だけは、笑っていなかった。
「……五百旗頭?」
「森本くん」
「なんだよ」
「今、わたしたちは、閉じ込められました」
「まあ、五分だけどな」
「その五分で」五百旗頭は言った。「――わたしたちは、何をしましたか」
……え?
「思い出してください」五百旗頭は言った。「扉が閉まった。開かないとわかった。……その後、どうしましたか」
……。
……あ。
「窓を、確認した」
「はい」
「スマホを、確認した」
「はい」
「そして」五百旗頭は言った。「――五分で、外部に連絡しました」
……。
そうだ。
五分。
たった、五分だ。
「十年前の彼らは」五百旗頭は言った。「――五十時間、何もしませんでした」
……。
ぞ、と、した。
◇
「わたしたちは、閉じ込められて、五分で助けを呼びました」五百旗頭は言った。「これが、普通の反応です」
「……ああ」
「では、十年前の彼らは」五百旗頭は言った。「なぜ、そうしなかったのか」
「……閉じ込められてると、思ってなかったから?」
「それも一つです」五百旗頭は頷いた。「でも、もう一つ、可能性があります」
「なんだ」
五百旗頭は、少し、間を置いた。
「――呼んでも、来ないと、知っていた」
……。
心臓が、冷たくなった。
「外に、誰かがいた」五百旗頭は言った。「それは、御手洗さんの推理から、ほぼ確実です。手記は、読まれることを前提に書かれている」
「……ああ」
「では、その誰かは」五百旗頭は言った。「――なぜ、助けなかったのか」
……。
部屋が、暗かった。
西日は、もう、完全に沈んでいた。
◇
「……見てたのかな」
ミライが、ぽつりと言った。
「見てた?」
「うん」ミライは言った。「――外から、ずっと」
……。
ぞわ、と、した。
「助けないで」ミライは言った。「ただ、見てた」
「なんで」
「知らないよ」ミライは肩をすくめた。「でも、そういう人、いるじゃん」
「……いるか?」
「いるよ」ミライはあっさり言った。「――見てるだけの人」
……。
その言葉が、やけに、重かった。
◇
帰り道。
俺は、五百旗頭と並んで歩いていた。
「……なあ」
「はい」
「今日の、扉」
「はい」
「あれ、本当に、風か?」
五百旗頭は、少し黙った。
それから、言った。
「……事務員の方は、そう言っていました」
「お前は、どう思う」
「……わかりません」
五百旗頭は、白い息を吐いた。
「ですが、ひとつ、気になることがあります」
「なんだ」
「今日、旧図書室を使う許可を出したのは」五百旗頭は言った。「――事務室ではありません」
「え?」
「真壁さんが、事務室に申請したそうです」五百旗頭は言った。「でも、その申請を承認したのは」
五百旗頭は、俺を見た。
「――進路指導部の、柏木先生です」
……。
足が、止まった。
(第10話 了)




