第9話 台本にない台詞
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第9話 台本にない台詞
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公演まで、十日。
稽古は。
通し稽古の。
段階に。
入って、いた。
◇
「――今日は、頭から、最後まで、通します」
真壁が、言った。
「途中で、止めません。……何か、あっても、続けてください」
「はい」
……。
通し稽古。
二時間近く。
止めずに。
やる。
俺は。
照明の、位置で。
スイッチに。
手を、かけた。
……緊張する。
出番も、ないのに。
◇
と。
稽古場の、後ろの、扉が。
静かに。
開いた。
誰かが。
入ってきた。
……。
柏木先生、だった。
……。
心臓が。
跳ねた。
「あ、柏木先生!」真壁が、明るく、言った。「見学ですか?」
「ああ」柏木は、微笑んだ。「進路指導部として、生徒の活動を、見ておこうと、思ってね」
……。
嘘だ。
と。
直感的に。
思った。
でも。
証拠は。
ない。
「どうぞ、後ろの、椅子に」
「ありがとう」
柏木は。
後ろの、パイプ椅子に。
座った。
……。
俺は。
五百旗頭を。
見た。
五百旗頭も。
こっちを。
見て、いた。
目が。
合った。
……気を、つけろ。
そう。
言われた、気が、した。
◇
稽古が、始まった。
第一場。
六人が。
図書室に。
集まる。
第二場。
異変に。
気づく。
第三場。
最初の。
死。
……。
順調、だった。
みんな。
上手く、なって、いた。
特に。
不破は。
相変わらず。
無駄に。
上手い。
御手洗も。
隅で。
動かずに。
書き続けて、いる。
その、姿が。
やたら。
真に迫って。
いた。
……で。
第五場。
その、場面で。
それは。
起きた。
◇
台本では。
こう、なって、いた。
五百旗頭が。
演じる、教師が。
倒れる。
そして。
他の、生徒たちが。
それを。
発見する。
……。
その、直前。
湊ミライが。
稽古場の、隅から。
声を、上げた。
「――ちょっと、待って」
全員が。
動きを、止めた。
「湊さん?」真壁が、振り返った。「止めないでって、言ったのに」
「ごめん」ミライは、言った。「でも、ちょっと、試したいことが、ある」
「試したい?」
「うん」ミライは、台本を、持って。
五百旗頭の、ところへ。
歩いて、いった。
「五百旗頭さん」
「はい」
「ここの、台詞。……変えて、いい?」
「変える?」
「うん」ミライは、言った。「一言だけ」
……。
なんだ?
何を。
する気だ。
◇
「なんて、言えば、いいのですか」
「――『どうして、あなたが、ここにいるの』」
……。
え。
「……台本には、ない台詞です」
「うん。ない」ミライは、あっさり、言った。「わたしが、考えた」
「なぜ?」
「……なんとなく」
……。
嘘だ。
こいつ。
絶対。
何か。
狙って、いる。
「真壁さん、いい?」ミライは、言った。「一回だけ」
「え、あ、はい。……いいですけど」
「じゃ、やってみて」
……。
五百旗頭は。
少し。
迷って。
それから。
頷いた。
そして。
倒れる、直前の。
位置に。
立った。
◇
稽古が。
再開した。
五百旗頭が。
書架の、間を。
歩く。
そして。
何かに。
気づいた、ように。
立ち止まって。
振り返って。
……。
言った。
「――どうして、あなたが、ここにいるの」
……。
その、瞬間。
……。
がた。
と。
音が、した。
後ろで。
……。
俺は。
振り返った。
柏木先生が。
立って、いた。
パイプ椅子が。
倒れて、いた。
……。
顔が。
真っ青、だった。
◇
「……先生?」
真壁が。
驚いて。
言った。
柏木は。
我に返った、ように。
慌てて。
椅子を。
起こした。
「……あ、いや。……すまない」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」柏木は、額の、汗を、拭いた。「ちょっと、立ちくらみが」
……。
嘘だ。
立ちくらみで。
あんな。
音は。
しない。
椅子を。
蹴倒す、ほど。
立ち上がったんだ。
反射的に。
「……失礼するよ」柏木は、言った。「邪魔を、して、悪かった」
そして。
逃げるように。
稽古場を。
出て、いった。
……。
全員が。
呆然と。
その、背中を。
見送って、いた。
◇
「……なんだ、今の」
田口が。
つぶやいた。
「……先生、体調、悪かったのかな」
「そうかもね」
みんなは。
そう。
納得しようと、して、いた。
でも。
俺は。
見て、いた。
柏木先生の。
顔を。
あれは。
体調じゃ、ない。
……あれは。
……。
ミライを。
見た。
ミライは。
平然と。
台本を。
めくって、いた。
「――はい、続けよう」
と。
何事も、なかったように。
言った。
◇
稽古が、終わって。
みんなが。
帰った、あと。
俺は。
ミライを。
捕まえた。
「おい」
「なに」
「今の、なんだ」
「なにが」
「とぼけるな」俺は、言った。「あの、台詞。……お前、狙って、やっただろ」
ミライは。
少し。
黙って。
それから。
言った。
「……気づいた?」
「気づくだろ」
「ふーん」ミライは、にやり、と、した。「意外と、見てるじゃん」
「うるさい」
……。
ミライは。
稽古場の。
窓際に。
座った。
外は。
もう。
暗い。
「あのさ、森本」
「なんだよ」
「柏木先生、最近、よく、来るよね」
「……来るな」
「稽古、始まってから」ミライは、言った。「三回目だよ、今日で」
……。
三回。
気づかなかった。
「……お前、数えてたのか」
「まあね」ミライは、言った。「で、思ったの。……なんで、来るんだろうって」
「進路指導部だから」
「他の部活には、行ってないよ」ミライは、あっさり、言った。「調べた」
……。
こいつ。
やることが。
えげつない。
◇
「で、試した」ミライは、言った。
「あの、台詞で?」
「うん」
「なんで、あの台詞、なんだ」
ミライは。
少し。
考えて。
それから。
言った。
「……逆に、聞くけど」
「なんだよ」
「十年前、あの部屋にいた六人が」ミライは、言った。「――もし、七人目を、見たとしたら」
……。
……え。
「なんて、言うと、思う?」
……。
……。
心臓が。
止まりそうに。
なった。
『どうして、あなたが、ここにいるの』
……。
それは。
いるはずのない、人間を。
見たときの。
台詞だ。
「……お前」
「別に」ミライは、肩を、すくめた。「ただの、思いつきだよ」
「思いつきで、あんなこと」
「――でも、当たったでしょ」
……。
反論。
できなかった。
◇
「柏木先生は」ミライは、言った。「あの台詞に、反応した」
「……ああ」
「つまり」ミライは、言った。「――何か、知ってる」
……。
「十年前」ミライは、言った。「あの部屋に、七人目が、いた」
「……いや、待て」俺は、言った。「それは、飛躍だ」
「飛躍かもね」ミライは、あっさり、認めた。「でもさ」
ミライは。
窓の、外を。
見た。
「――柏木先生が、何かを、隠してるのは、確実」
……。
それは。
そうだ。
あの。
顔色は。
尋常じゃ、なかった。
◇
「……なあ、湊」
「なに」
「お前、なんで、そこまで、するんだ」
……。
ミライは。
少し。
黙った。
それから。
言った。
「……なんとなく」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」ミライは、言った。「……ただ」
「ただ?」
「――あの手記の人」ミライは、言った。「なんか、放っとけないの」
……。
え。
「わたしさ」ミライは、言った。「一年のとき、誰にも、見られてなかったでしょ」
「……ああ」
「あの人も、そうじゃない?」ミライは、言った。「――名前も、ないんだよ」
……。
「『委員長』って、呼ばれてる」ミライは、言った。「十年経っても。……誰も、名前を、呼ばない」
「……」
「必死で、書いたのに」ミライは、言った。「誰にも、読まれてない」
……。
ミライは。
立ち上がった。
「……だからさ」
「……」
「――読んでやりたいの」
……。
その、声が。
いつもの、ふざけた、調子じゃ、なくて。
俺は。
何も。
言えなかった。
◇
帰り道。
一人で。
歩きながら。
俺は。
ずっと。
考えて、いた。
『どうして、あなたが、ここにいるの』
その台詞に。
柏木先生は。
立ち上がった。
椅子を。
蹴倒すほど。
……。
なんで。
……。
いくつか。
可能性が。
浮かんだ。
一。
柏木先生が。
その台詞を。
知って、いた。
二。
柏木先生が。
その場に。
いた。
三。
……。
柏木先生が。
その台詞を。
言われた、人物だった。
……。
ぞ、と。
した。
いや。
でも。
柏木先生は。
十年前。
あの場に。
いなかった。
……はず、だ。
生徒だった。
でも。
事件の、当日。
……。
……あれ。
いなかった、って。
誰が。
言った?
……。
足が。
止まった。
誰も。
言って、いない。
俺たちが。
勝手に。
そう。
思って、いただけだ。
(第9話 了)




