特別編2 スマホの、中身
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特別編2 スマホの、中身
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昼休み。
中庭。
ベンチに、座って。
一人で、スマホを、いじって、いた。
特に。
何を、見るでもなく。
動画を、流して。
ぼんやり、して、いた。
……と。
視界の、端に。
蛍光ピンクが、映った。
……あの色。
見間違えようが、ない。
◇
御手洗澪が。
少し、離れた、ベンチで。
スマホを、見て、いた。
……珍しい。
こいつ。
いつも。
紙の、資料しか。
読んでない、イメージだった。
「よう」
「あら、森本くん」
「なに、見てんだ」
「動画よ」
「へえ」俺は、隣に、座った。「なんの」
御手洗は。
ぱっ、と。
顔を、輝かせた。
……あ。
これ。
まずい、やつだ。
◇
「ゆっくり解説!」
「……ゆっくり?」
「知らないの?」御手洗は、スマホを、こっちに、向けた。「ほら」
画面の、中で。
変な。
まんじゅうみたいな、キャラが。
二匹。
喋って、いた。
妙に。
甲高い。
合成音声で。
『――というわけで、ハンニバルは、アルプスを、越えたのだ』
『象を、連れてか?』
『象を、連れてだ』
「……なんだ、これ」
「世界史の、解説動画よ」御手洗は、目を、輝かせた。「すごいの。無料なのに、めちゃくちゃ、詳しいのよ」
「……へえ」
「特に、この人の、ハンニバル戦記シリーズが、名作なの」御手洗は、言った。「全十二回。……もう、四周したわ」
「四周!?」
◇
「聞いて、森本くん」御手洗は、身を、乗り出した。「ハンニバルってね、すごいのよ」
「……お、おう」
「カルタゴの、将軍なの。ローマと、戦ったの」
「うん」
「そして、カンナエの、戦いで。……包囲殲滅を、やったのよ!」
「……ほうい、せんめつ」
「そう! 少ない兵で、多い敵を、囲んで、全滅させたの!」御手洗は、興奮して、いた。「これ、戦術史上、最高の、傑作と、言われていて。……後の、ドイツ軍も、参考にしたのよ」
「……ドイツ」
「シュリーフェン・プランね」
「……しゅり」
「シュリーフェン」
「……なに、それ」
「ドイツの、参謀総長よ」
「……」
……。
だめだ。
一文字も。
頭に。
入って、こない。
◇
「それでね」御手洗は、止まらなかった。「わたし、最近は、十字軍の、シリーズも、見ているの」
「……十字軍」
「そう。第一回から、第九回まで、あるの」
「……九回も、やったのか」
「ええ。でも、成功したのは、実質、第一回だけね」御手洗は、けろっと、言った。「あとは、だいたい、失敗か、迷走よ」
「……なんで、そんなに、やったんだ」
「宗教と、政治と、経済が、絡んでいるからよ」御手洗は、指を、立てた。「教皇の、権威。諸侯の、領土欲。ヴェネツィアの、商業利益。……特に、第四回は、ひどいわ」
「……ひどい?」
「エルサレムに、行かずに。……コンスタンティノープルを、襲撃したの」
「……コンスタン……なんて?」
「コンスタンティノープル」
「……」
「ビザンツ帝国の、首都よ」
「……」
「同じ、キリスト教徒なのに」御手洗は、言った。「……襲ったのよ。ひどいでしょう?」
「……ひどいな」
……。
わからん。
何が。
ひどいのかも。
わからん。
◇
「……あの、御手洗」
「なあに?」
「カタカナが、多すぎる」
「……え?」
「ハンニバルは、まだ、いい」俺は、言った。「でも、シュリーフェンとか、コンスタンなんとかとか。……もう、名前を、追うだけで、限界だ」
御手洗は。
きょとん、と、して。
それから。
少し。
しゅん、と、した。
「……そう」
「……いや、悪い。俺が、悪い」
「……いいのよ」御手洗は、スマホを、閉じた。「……つい、熱くなって、しまうの」
……。
なんか。
罪悪感が。
すごい。
「……じゃあ、これだけ、教えてくれ」俺は、言った。「そのハンニバルって、結局、勝ったのか?」
「負けたわ」
「……負けたのか」
「ええ」御手洗は、言った。「戦術では、圧勝したのに。……戦争には、負けたの」
……。
それは。
なんとなく。
わかった。
「……なんか、切ないな」
「そうでしょう!」御手洗は、また、目を、輝かせた。「そこが、いいのよ! ……あのね、ザマの戦いで――」
「あ、待って。もう、無理」
「……あら」
……。
でも。
こいつが。
こんなに。
楽しそうに、喋るのは。
珍しかった。
……まあ。
わからなくても。
いいか。
◇
放課後。図書室。
五百旗頭が。
生徒会の、書類を、片づけて、いた。
「なあ、五百旗頭」
「なんですか」
「お前、動画とか、見るのか」
「動画?」
「ほら、宇宙の、解説動画とか」俺は、言った。「お前、宇宙、好きだろ」
五百旗頭は。
ぴたり、と。
手を、止めた。
それから。
心底、嫌そうな、顔を、した。
「……見ません」
「なんで」
「あれは」五百旗頭は、言った。「――ファンタジーです」
「……え?」
「ネットの、宇宙解説の、多くは」五百旗頭は、指を、折った。「ワームホール。多元宇宙。タイムトラベル。……そういう、話ばかりです」
「面白いだろ」
「面白いですよ。SFとしては」五百旗頭は、言った。「でも、あれは、物理では、ありません」
「……」
「ワームホールを、『定義』するの、笑っちゃいますよね」五百旗頭は、ふふ、と、笑った。「存在が、確認されていないものを。……さも、あるかのように」
……。
出た。
こいつの。
面倒くさい、やつ。
◇
「じゃあ、お前は」俺は、言った。「スマホで、何、見てんだ」
「AIと、話しています」
「……は?」
「AIです」五百旗頭は、あっさり、言った。「数式の、話を、します」
「数式の、話?」
「ええ。たとえば」五百旗頭は、スマホを、開いた。「『この式が、成り立つなら、こちらの式も、言えますよね?』と、聞くんです」
「……で?」
「AIが、答えます。『はい、そうなります』とか。『いいえ、この条件では、成立しません』とか」
「……それ、楽しいのか?」
「楽しいです」五百旗頭は、即答した。「めちゃくちゃ、楽しいです」
……。
こいつ。
本気で、言ってる。
「本当は」五百旗頭は、少し、真面目な、顔に、なった。「研究者の、論文が、読みたいんです」
「読めば?」
「読んでいます。でも」五百旗頭は、言った。「……まだ、理解できないものが、多くて。……真偽の、判定が、できません」
「……」
「間違ったことを、正しいと、思い込むのが。……いちばん、怖いんです」五百旗頭は、言った。「だから、AIに、聞くんです。『わたしの、この考えは、どこが、おかしいですか』と」
……。
なんだろう。
ちょっと。
かっこいいな、こいつ。
「……で、AIは、なんて言うんだ」
「たいてい」五百旗頭は、ため息を、ついた。「……『その仮定は、少し、飛躍しています』と、言われます」
「怒られてるじゃん」
「怒られています」
◇
「……そういえば」
五百旗頭が。
ふと。
手を、止めた。
「なんだよ」
「……いえ」
「なんだよ」
「……言うべきか、迷っていることが、あります」
……。
五百旗頭は。
珍しく。
言い淀んで、いた。
「……湊さんのことです」
「湊?」
「……偶然、知ってしまったんです」五百旗頭は、言った。「その、彼女の……SNSアカウントを」
「……は?」
「匿名の、ものです」五百旗頭は、慌てて、付け加えた。「意図的に、探したわけでは、ありません」
「じゃあ、どうやって」
「……図書室で」五百旗頭は、言った。「彼女、たまに、独り言を、言うでしょう」
「言うな」
「先日、妙な、単語を、つぶやいて、いたんです」五百旗頭は、言った。「……気になって、検索したんです。そうしたら」
「そうしたら?」
「……同じ内容の、投稿が、出てきました」五百旗頭は、言った。「その日の、夜に、投稿された、ものが」
……。
うわ。
それは。
特定できて、しまう。
◇
「……で」俺は、言った。「なんて、書いてあったんだ」
五百旗頭は。
少し、迷ってから。
スマホを、見せた。
画面には。
短い、投稿が。
ずらり、と、並んで、いた。
『1日1、日本史あるある』
『鎌倉幕府、成立年、変わりすぎ問題』
『1日1、日本史あるある』
『藤原、多すぎ』
『1日1、日本史あるある』
『信長の、家臣、だいたい、裏切る』
……。
……。
なんだ、これ。
「……毎日?」
「毎日です」五百旗頭は、頷いた。「……三年、続いています」
「三年!?」
「一年生の、春から」五百旗頭は、言った。「……ほぼ、毎日」
……。
一年生の、春。
誰にも。
見られて、いなかった、頃から。
「……ほかには?」五百旗頭は、言った。「わたしも、少し、調べました。……悪口とか、愚痴とか。学校の、こととか」
「……あった?」
「一件も」五百旗頭は、首を、振った。「――ありませんでした」
……。
一件も。
「日本史あるあるだけです」五百旗頭は、言った。「三年間、ずっと」
……。
俺は。
スマホの、画面を。
じっと。
見て、いた。
あいつは。
学校で。
誰にも。
見られて、いなかった。
名前も、覚えられなくて。
集合写真にも、写ってなくて。
それでも。
毎日。
誰にも、読まれない、つぶやきを。
投げて、いた、のか。
……日本史あるあるを。
「……森本くん」
「……ん」
「言わないほうが、よかった、でしょうか」
「……いや」俺は、言った。「……ありがとう」
「本人には」
「言わない」俺は、言った。「絶対、怒るから」
「……そうですね」
五百旗頭は。
少しだけ。
笑った。
◇
「……あの、森本くん」
「まだ、あるのか」
「……もうひとつ」
五百旗頭は。
さらに。
言いにくそうに。
した。
「……東海林さんのことです」
「……四季?」
「……これも、偶然、知ったんです」五百旗頭は、言った。「その、生徒会の、備品管理で。……剣道部の、SNSを、見る機会が、ありまして」
「うん」
「そこから、たどって……いえ、たどってしまって」
「なんだよ、はっきり言え」
五百旗頭は。
覚悟を、決めた、顔で。
言った。
「――東海林さん、インスタグラムを、やっています」
「……へえ」
「……自撮りを、上げています」
「…………は?」
◇
「見ますか?」
「見る」
「……いいのですか」
「見る」
即答した。
我ながら。
早かった。
五百旗頭が。
スマホを、操作して。
画面を、見せた。
……。
そこに。
いた。
制服姿の。
東海林四季が。
でも。
学校で、見る顔じゃ、なかった。
少し。
顎を、引いて。
光の、当たる、角度を。
計算して。
目線を。
ちょっとだけ。
上に、向けて。
……可愛かった。
めちゃくちゃ。
可愛かった。
「……こいつ」
「ええ」
「……こんな、顔、するのか」
「するようです」
……。
コメント欄を、見た。
『かわいい』
『美人すぎる』
『剣道部の、女神』
『付き合ってください』
……。
うわ。
うわあ。
「……人気じゃん」
「ええ。フォロワー、四千人ほど」
「四千!?」
「他校にも、いるようです」
……。
知らなかった。
全然。
知らなかった。
◇
で。
いちばん。
効いたのは。
コメントへの。
返信、だった。
『かわいい』
→『……ありがと』
『美人すぎる』
→『……そんなことない』
『剣道部の女神』
→『……やめて』
『付き合ってください』
→『……ごめんなさい』
……。
全部。
返して、いる。
一件、ずつ。
あの。
「……」しか、言わない、やつが。
しかも。
なんか。
まんざらでも、なさそうな。
「……こいつ」
「……ええ」
「……喜んでるだろ、これ」
「……たぶん」
……。
俺は。
スマホを。
五百旗頭に。
返した。
「……森本くん、大丈夫ですか」
「……大丈夫だ」
「顔が、変ですが」
「……大丈夫だ」
◇
……で。
家に、帰って。
ベッドに、寝転がって。
ふと。
思い出した。
……そういえば。
俺も。
昔。
やってたな。
SNS。
中学の、頃だ。
……アガサの、写真を。
上げてた。
うちで、飼ってた。
三毛猫。
日向で、伸びてる、ところ。
箱に、無理やり、入ってる、ところ。
変な、顔で、あくびしてる、ところ。
……たいして、フォロワーは、いなかった。
三十人、くらい。
それでも。
たまに、「かわいい」って、言われるのが。
……嬉しかった。
で。
アガサが、死んだ、あと。
俺は。
何も。
上げなく、なった。
アカウントは。
消さずに。
残したまま。
今は。
ただ。
人の、投稿を。
眺めるだけの。
読み専用に、なって、いる。
……。
まあ。
それは。
別に。
いいんだけど。
◇
……あ。
と。
そこで。
気づいた。
待て。
……あの、写真。
全部が、全部。
猫だけ、だったか?
……いや。
違う。
何枚か。
俺も。
写ってる。
アガサを、抱いてる、やつとか。
膝に、乗せてる、やつとか。
顔は。
半分くらい、しか。
写って、ないけど。
でも。
……写って、いる。
……。
……。
……ちょっと、待て。
俺は。
がばっ、と。
起き上がった。
五百旗頭は。
ミライの、アカウントを。
独り言、ひとつで。
特定した。
東海林の、アカウントを。
部活の、SNSから。
たどった。
……じゃあ。
俺の、アカウントは?
中学の、頃の。
猫の、写真の。
俺が、半分、写ってる、やつが。
……ある。
まだ。
ネットに。
残って、いる。
……。
……。
ぞわ、と、した。
スマホを、握って。
五百旗頭に。
メッセージを、打とうと、して。
……やめた。
いや。
聞けない。
「俺の、昔のアカウント、特定してる?」
なんて。
聞けるか。
聞いた瞬間。
「あるんですね?」って。
なるだろ。
……。
俺は。
スマホを、置いて。
布団を、かぶった。
……人の、スマホの、中身を。
覗いて。
面白がって、いたけど。
……こっちも。
見られて、いるのかも、しれない。
……アガサ。
お前の、写真。
消したほうが、いいかな。
……いや。
消さない。
それは。
絶対に。
消さない。
……。
でも。
俺が、写ってる、やつだけは。
明日。
見直そう。
そう。
決めた。
◇
……。
大丈夫じゃ、なかった。
なんだろう、この。
もやもや。
別に。
いいんだ。
あいつが、何を、やってても。
自撮りを、上げてても。
知らない、やつに、褒められて。
「……ありがと」とか、返してても。
……別に。
いいんだけど。
……なんか。
むかつく。
◇
その日の、帰り。
廊下で。
東海林と、すれ違った。
「……森本」
「……よう」
「……」
「……」
いつも通りの。
無表情。
いつも通りの。
「……」。
……こいつ。
こんな顔して。
夜は。
角度、研究して、るのか。
「……森本」
「……なんだよ」
「……なに、にやにやしてるの」
「してない」
「……してる」
「してない!」
……。
東海林は。
不思議そうな、顔で。
首を、かしげて。
それから。
部活に、行った。
……。
俺は。
その、後ろ姿を、見送りながら。
思った。
……人の、スマホの、中身って。
見ないほうが。
いいのかも、しれない。
……いや。
でも。
ちょっと。
楽しかった。
(特別編2 了)




