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恋愛推理ゲーム  作者: SSS
しずかな、うらぎり

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71/114

特別編2 スマホの、中身

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特別編2 スマホの、中身

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昼休み。


中庭。


ベンチに、座って。


一人で、スマホを、いじって、いた。


特に。


何を、見るでもなく。


動画を、流して。


ぼんやり、して、いた。


……と。


視界の、端に。


蛍光ピンクが、映った。


……あの色。


見間違えようが、ない。



◇



御手洗《みたらい》澪が。


少し、離れた、ベンチで。


スマホを、見て、いた。


……珍しい。


こいつ。


いつも。


紙の、資料しか。


読んでない、イメージだった。


「よう」


「あら、森本くん」


「なに、見てんだ」


「動画よ」


「へえ」俺は、隣に、座った。「なんの」


御手洗は。


ぱっ、と。


顔を、輝かせた。


……あ。


これ。


まずい、やつだ。



◇



「ゆっくり解説!」


「……ゆっくり?」


「知らないの?」御手洗は、スマホを、こっちに、向けた。「ほら」


画面の、中で。


変な。


まんじゅうみたいな、キャラが。


二匹。


喋って、いた。


妙に。


甲高い。


合成音声で。


『――というわけで、ハンニバルは、アルプスを、越えたのだ』


『象を、連れてか?』


『象を、連れてだ』


「……なんだ、これ」


「世界史の、解説動画よ」御手洗は、目を、輝かせた。「すごいの。無料なのに、めちゃくちゃ、詳しいのよ」


「……へえ」


「特に、この人の、ハンニバル戦記シリーズが、名作なの」御手洗は、言った。「全十二回。……もう、四周したわ」


「四周!?」



◇



「聞いて、森本くん」御手洗は、身を、乗り出した。「ハンニバルってね、すごいのよ」


「……お、おう」


「カルタゴの、将軍なの。ローマと、戦ったの」


「うん」


「そして、カンナエの、戦いで。……包囲殲滅を、やったのよ!」


「……ほうい、せんめつ」


「そう! 少ない兵で、多い敵を、囲んで、全滅させたの!」御手洗は、興奮して、いた。「これ、戦術史上、最高の、傑作と、言われていて。……後の、ドイツ軍も、参考にしたのよ」


「……ドイツ」


「シュリーフェン・プランね」


「……しゅり」


「シュリーフェン」


「……なに、それ」


「ドイツの、参謀総長よ」


「……」


……。


だめだ。


一文字も。


頭に。


入って、こない。



◇



「それでね」御手洗は、止まらなかった。「わたし、最近は、十字軍の、シリーズも、見ているの」


「……十字軍」


「そう。第一回から、第九回まで、あるの」


「……九回も、やったのか」


「ええ。でも、成功したのは、実質、第一回だけね」御手洗は、けろっと、言った。「あとは、だいたい、失敗か、迷走よ」


「……なんで、そんなに、やったんだ」


「宗教と、政治と、経済が、絡んでいるからよ」御手洗は、指を、立てた。「教皇の、権威。諸侯の、領土欲。ヴェネツィアの、商業利益。……特に、第四回は、ひどいわ」


「……ひどい?」


「エルサレムに、行かずに。……コンスタンティノープルを、襲撃したの」


「……コンスタン……なんて?」


「コンスタンティノープル」


「……」


「ビザンツ帝国の、首都よ」


「……」


「同じ、キリスト教徒なのに」御手洗は、言った。「……襲ったのよ。ひどいでしょう?」


「……ひどいな」


……。


わからん。


何が。


ひどいのかも。


わからん。



◇



「……あの、御手洗」


「なあに?」


「カタカナが、多すぎる」


「……え?」


「ハンニバルは、まだ、いい」俺は、言った。「でも、シュリーフェンとか、コンスタンなんとかとか。……もう、名前を、追うだけで、限界だ」


御手洗は。


きょとん、と、して。


それから。


少し。


しゅん、と、した。


「……そう」


「……いや、悪い。俺が、悪い」


「……いいのよ」御手洗は、スマホを、閉じた。「……つい、熱くなって、しまうの」


……。


なんか。


罪悪感が。


すごい。


「……じゃあ、これだけ、教えてくれ」俺は、言った。「そのハンニバルって、結局、勝ったのか?」


「負けたわ」


「……負けたのか」


「ええ」御手洗は、言った。「戦術では、圧勝したのに。……戦争には、負けたの」


……。


それは。


なんとなく。


わかった。


「……なんか、切ないな」


「そうでしょう!」御手洗は、また、目を、輝かせた。「そこが、いいのよ! ……あのね、ザマの戦いで――」


「あ、待って。もう、無理」


「……あら」


……。


でも。


こいつが。


こんなに。


楽しそうに、喋るのは。


珍しかった。


……まあ。


わからなくても。


いいか。



◇



放課後。図書室。


五百旗頭(いおきべ)が。


生徒会の、書類を、片づけて、いた。


「なあ、五百旗頭」


「なんですか」


「お前、動画とか、見るのか」


「動画?」


「ほら、宇宙の、解説動画とか」俺は、言った。「お前、宇宙、好きだろ」


五百旗頭は。


ぴたり、と。


手を、止めた。


それから。


心底、嫌そうな、顔を、した。


「……見ません」


「なんで」


「あれは」五百旗頭は、言った。「――ファンタジーです」


「……え?」


「ネットの、宇宙解説の、多くは」五百旗頭は、指を、折った。「ワームホール。多元宇宙。タイムトラベル。……そういう、話ばかりです」


「面白いだろ」


「面白いですよ。SFとしては」五百旗頭は、言った。「でも、あれは、物理では、ありません」


「……」


「ワームホールを、『定義』するの、笑っちゃいますよね」五百旗頭は、ふふ、と、笑った。「存在が、確認されていないものを。……さも、あるかのように」


……。


出た。


こいつの。


面倒くさい、やつ。



◇



「じゃあ、お前は」俺は、言った。「スマホで、何、見てんだ」


「AIと、話しています」


「……は?」


「AIです」五百旗頭は、あっさり、言った。「数式の、話を、します」


「数式の、話?」


「ええ。たとえば」五百旗頭は、スマホを、開いた。「『この式が、成り立つなら、こちらの式も、言えますよね?』と、聞くんです」


「……で?」


「AIが、答えます。『はい、そうなります』とか。『いいえ、この条件では、成立しません』とか」


「……それ、楽しいのか?」


「楽しいです」五百旗頭は、即答した。「めちゃくちゃ、楽しいです」


……。


こいつ。


本気で、言ってる。


「本当は」五百旗頭は、少し、真面目な、顔に、なった。「研究者の、論文が、読みたいんです」


「読めば?」


「読んでいます。でも」五百旗頭は、言った。「……まだ、理解できないものが、多くて。……真偽の、判定が、できません」


「……」


「間違ったことを、正しいと、思い込むのが。……いちばん、怖いんです」五百旗頭は、言った。「だから、AIに、聞くんです。『わたしの、この考えは、どこが、おかしいですか』と」


……。


なんだろう。


ちょっと。


かっこいいな、こいつ。


「……で、AIは、なんて言うんだ」


「たいてい」五百旗頭は、ため息を、ついた。「……『その仮定は、少し、飛躍しています』と、言われます」


「怒られてるじゃん」


「怒られています」



◇



「……そういえば」


五百旗頭が。


ふと。


手を、止めた。


「なんだよ」


「……いえ」


「なんだよ」


「……言うべきか、迷っていることが、あります」


……。


五百旗頭は。


珍しく。


言い淀んで、いた。


「……湊さんのことです」


「湊?」


「……偶然、知ってしまったんです」五百旗頭は、言った。「その、彼女の……SNSアカウントを」


「……は?」


「匿名の、ものです」五百旗頭は、慌てて、付け加えた。「意図的に、探したわけでは、ありません」


「じゃあ、どうやって」


「……図書室で」五百旗頭は、言った。「彼女、たまに、独り言を、言うでしょう」


「言うな」


「先日、妙な、単語を、つぶやいて、いたんです」五百旗頭は、言った。「……気になって、検索したんです。そうしたら」


「そうしたら?」


「……同じ内容の、投稿が、出てきました」五百旗頭は、言った。「その日の、夜に、投稿された、ものが」


……。


うわ。


それは。


特定できて、しまう。



◇



「……で」俺は、言った。「なんて、書いてあったんだ」


五百旗頭は。


少し、迷ってから。


スマホを、見せた。


画面には。


短い、投稿が。


ずらり、と、並んで、いた。



『1日1、日本史あるある』


『鎌倉幕府、成立年、変わりすぎ問題』



『1日1、日本史あるある』


『藤原、多すぎ』



『1日1、日本史あるある』


『信長の、家臣、だいたい、裏切る』



……。


……。


なんだ、これ。


「……毎日?」


「毎日です」五百旗頭は、頷いた。「……三年、続いています」


「三年!?」


「一年生の、春から」五百旗頭は、言った。「……ほぼ、毎日」


……。


一年生の、春。


誰にも。


見られて、いなかった、頃から。


「……ほかには?」五百旗頭は、言った。「わたしも、少し、調べました。……悪口とか、愚痴とか。学校の、こととか」


「……あった?」


「一件も」五百旗頭は、首を、振った。「――ありませんでした」


……。


一件も。


「日本史あるあるだけです」五百旗頭は、言った。「三年間、ずっと」


……。


俺は。


スマホの、画面を。


じっと。


見て、いた。


あいつは。


学校で。


誰にも。


見られて、いなかった。


名前も、覚えられなくて。


集合写真にも、写ってなくて。


それでも。


毎日。


誰にも、読まれない、つぶやきを。


投げて、いた、のか。


……日本史あるあるを。


「……森本くん」


「……ん」


「言わないほうが、よかった、でしょうか」


「……いや」俺は、言った。「……ありがとう」


「本人には」


「言わない」俺は、言った。「絶対、怒るから」


「……そうですね」


五百旗頭は。


少しだけ。


笑った。



◇



「……あの、森本くん」


「まだ、あるのか」


「……もうひとつ」


五百旗頭は。


さらに。


言いにくそうに。


した。


「……東海林さんのことです」


「……四季?」


「……これも、偶然、知ったんです」五百旗頭は、言った。「その、生徒会の、備品管理で。……剣道部の、SNSを、見る機会が、ありまして」


「うん」


「そこから、たどって……いえ、たどってしまって」


「なんだよ、はっきり言え」


五百旗頭は。


覚悟を、決めた、顔で。


言った。


「――東海林さん、インスタグラムを、やっています」


「……へえ」


「……自撮りを、上げています」


「…………は?」



◇



「見ますか?」


「見る」


「……いいのですか」


「見る」


即答した。


我ながら。


早かった。


五百旗頭が。


スマホを、操作して。


画面を、見せた。


……。


そこに。


いた。


制服姿の。


東海林四季が。


でも。


学校で、見る顔じゃ、なかった。


少し。


顎を、引いて。


光の、当たる、角度を。


計算して。


目線を。


ちょっとだけ。


上に、向けて。


……可愛かった。


めちゃくちゃ。


可愛かった。


「……こいつ」


「ええ」


「……こんな、顔、するのか」


「するようです」


……。


コメント欄を、見た。



『かわいい』

『美人すぎる』

『剣道部の、女神』

『付き合ってください』



……。


うわ。


うわあ。


「……人気じゃん」


「ええ。フォロワー、四千人ほど」


「四千!?」


「他校にも、いるようです」


……。


知らなかった。


全然。


知らなかった。



◇



で。


いちばん。


効いたのは。


コメントへの。


返信、だった。



『かわいい』

 →『……ありがと』


『美人すぎる』

 →『……そんなことない』


『剣道部の女神』

 →『……やめて』


『付き合ってください』

 →『……ごめんなさい』



……。


全部。


返して、いる。


一件、ずつ。


あの。


「……」しか、言わない、やつが。


しかも。


なんか。


まんざらでも、なさそうな。


「……こいつ」


「……ええ」


「……喜んでるだろ、これ」


「……たぶん」


……。


俺は。


スマホを。


五百旗頭に。


返した。


「……森本くん、大丈夫ですか」


「……大丈夫だ」


「顔が、変ですが」


「……大丈夫だ」



◇



……で。


家に、帰って。


ベッドに、寝転がって。


ふと。


思い出した。


……そういえば。


俺も。


昔。


やってたな。


SNS。


中学の、頃だ。


……アガサの、写真を。


上げてた。


うちで、飼ってた。


三毛猫。


日向で、伸びてる、ところ。


箱に、無理やり、入ってる、ところ。


変な、顔で、あくびしてる、ところ。


……たいして、フォロワーは、いなかった。


三十人、くらい。


それでも。


たまに、「かわいい」って、言われるのが。


……嬉しかった。


で。


アガサが、死んだ、あと。


俺は。


何も。


上げなく、なった。


アカウントは。


消さずに。


残したまま。


今は。


ただ。


人の、投稿を。


眺めるだけの。


読み専用に、なって、いる。


……。


まあ。


それは。


別に。


いいんだけど。



◇



……あ。


と。


そこで。


気づいた。


待て。


……あの、写真。


全部が、全部。


猫だけ、だったか?


……いや。


違う。


何枚か。


俺も。


写ってる。


アガサを、抱いてる、やつとか。


膝に、乗せてる、やつとか。


顔は。


半分くらい、しか。


写って、ないけど。


でも。


……写って、いる。


……。


……。


……ちょっと、待て。


俺は。


がばっ、と。


起き上がった。


五百旗頭は。


ミライの、アカウントを。


独り言、ひとつで。


特定した。


東海林の、アカウントを。


部活の、SNSから。


たどった。


……じゃあ。


俺の、アカウントは?


中学の、頃の。


猫の、写真の。


俺が、半分、写ってる、やつが。


……ある。


まだ。


ネットに。


残って、いる。


……。


……。


ぞわ、と、した。


スマホを、握って。


五百旗頭に。


メッセージを、打とうと、して。


……やめた。


いや。


聞けない。


「俺の、昔のアカウント、特定してる?」


なんて。


聞けるか。


聞いた瞬間。


「あるんですね?」って。


なるだろ。


……。


俺は。


スマホを、置いて。


布団を、かぶった。


……人の、スマホの、中身を。


覗いて。


面白がって、いたけど。


……こっちも。


見られて、いるのかも、しれない。


……アガサ。


お前の、写真。


消したほうが、いいかな。


……いや。


消さない。


それは。


絶対に。


消さない。


……。


でも。


俺が、写ってる、やつだけは。


明日。


見直そう。


そう。


決めた。



◇



……。


大丈夫じゃ、なかった。


なんだろう、この。


もやもや。


別に。


いいんだ。


あいつが、何を、やってても。


自撮りを、上げてても。


知らない、やつに、褒められて。


「……ありがと」とか、返してても。


……別に。


いいんだけど。


……なんか。


むかつく。



◇



その日の、帰り。


廊下で。


東海林と、すれ違った。


「……森本」


「……よう」


「……」


「……」


いつも通りの。


無表情。


いつも通りの。


「……」。


……こいつ。


こんな顔して。


夜は。


角度、研究して、るのか。


「……森本」


「……なんだよ」


「……なに、にやにやしてるの」


「してない」


「……してる」


「してない!」


……。


東海林は。


不思議そうな、顔で。


首を、かしげて。


それから。


部活に、行った。


……。


俺は。


その、後ろ姿を、見送りながら。


思った。


……人の、スマホの、中身って。


見ないほうが。


いいのかも、しれない。


……いや。


でも。


ちょっと。


楽しかった。



(特別編2 了)


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