第18話 見ていた人
====================
第18話 見ていた人
====================
それから、数日。
学校は。
少しずつ。
元に、戻り始めて、いた。
◇
噂は。
消えかけて、いた。
新しい、話題が、出てくれば。
古い話は。
忘れられる。
三年生の、進路が、決まり始めて。
冬の、大会の、話が、出てきて。
誰かの、恋愛の、噂が、流れて。
そうやって。
俺の、噂も。
東海林の、噂も。
だんだん。
誰も。
話さなく、なった。
……人は。
面白い話を、放って、おけない。
でも。
面白くなくなれば。
すぐ。
忘れる。
……ひどい話だ。
でも。
今回だけは。
助かった。
◇
図書室。
五百旗頭が、生徒会の、書類を、広げて、いた。
御手洗が、世界史の、資料を、読んで、いた。
不破が、なぜか、当たり前みたいに、座って、いた。
日下部が、たまに、顔を、出すように、なった。
湊ミライも。
少しずつ。
戻って、きて、いた。
……六人。
一人だけ。
いない。
「……東海林さん、来ませんね」
五百旗頭が。
ぽつり、と、言った。
「……ああ」
「部活、忙しいのでしょうか」
「……そうかもな」
……嘘だ。
部活は。
前から、忙しかった。
でも。
それでも。
あいつは。
毎日。
来て、いた。
遅くなっても。
髪が、濡れたままでも。
竹刀袋を、担いで。
……来て、いたんだ。
今は。
来ない。
それは。
忙しいから、じゃ、ない。
◇
その日の、帰り。
俺は。
剣道場に、向かった。
でも。
その、途中で。
見つけた。
校舎の、裏。
誰も、通らない、通路の。
段差に、座って。
東海林四季が。
一人で。
いた。
部活は。
とっくに。
終わって、いる、時間だった。
竹刀袋を、隣に、置いて。
ただ。
座って、いた。
何も、せずに。
……。
俺は。
少し、離れた、ところで。
立ち止まった。
声を、かけようか。
迷った。
でも。
その、前に。
東海林が。
顔を、上げた。
「……森本」
「……よう」
「……なんで、いるの」
「通りかかった」
「……嘘」
「……嘘だ」
東海林は。
少しだけ。
息を、吐いた。
笑った、のかも、しれない。
わからなかった。
◇
俺は。
その、隣に。
座った。
東海林は。
何も、言わなかった。
離れも、しなかった。
二人で。
しばらく。
黙って、いた。
秋の、夕方。
空が。
やたら。
赤かった。
「……四季」
「……ん」
「ひとつ、聞いていいか」
「……ん」
「なんで、言わなかった」
……。
東海林は。
少し、間を、置いて。
それから、言った。
「……言ったでしょ」
「言ったけど」俺は、言った。「もう一回、聞きたい」
「……」
「なんで、俺に、相談しなかった」
東海林は。
膝を、抱えて。
前を、見たまま。
言った。
「……言ったら、森本、やめないでしょ」
……。
やっぱり。
その、答えだった。
◇
「……なあ」俺は、言った。「それ、正しいと、思うか?」
「……」
「たしかに、俺は。……言われたら、やめない」俺は、言った。「調べる。突き止めようとする。……お前の、言う通りだ」
「……うん」
「でも」俺は、言った。「――それ、決めるのは、俺だろ」
……。
東海林の。
肩が。
わずかに。
揺れた。
「危ないって、知って。……それでも、調べるかどうか」俺は、言った。「決めるのは、俺だ」
「……」
「お前は、それを、先に、奪った」
「……」
「俺が、選ぶ前に。……選べないように、した」
……。
東海林は。
何も。
言わなかった。
ただ。
膝を。
少し、強く。
抱え直した。
◇
「……森本」
「……ん」
「……知ってる?」
「何を」
「……わたし」
東海林は。
前を、向いたまま。
言った。
「……森本のこと、ずっと、見てた」
……。
「知ってる」俺は、言った。「二か月前に、聞いた」
「……うん」
「歩き方も、癖も、覚えてるって」
「……うん」
「だから、遠くからでも、わかるって」
「……うん」
東海林は。
頷いた。
それから。
ぽつり、と。
言った。
「……でも、わたし」
「……」
「……森本を、誰にも、見られないように、した」
……。
……。
ああ。
そうだ。
そう、なんだ。
「……変だよね」東海林は、言った。「……わたしだけ、見てたのに」
「……」
「……わたしが、いちばん」東海林は、言った。「……森本を、見えなくした」
……。
その、言い方が。
あまりにも。
淡々と、して、いて。
俺は。
何も。
言えなかった。
◇
「……なあ、四季」
「……ん」
「後悔してるか」
東海林は。
少し。
考えた。
長い、時間。
それから。
首を。
横に。
振った。
「……してない」
「……そうか」
「……森本、無事だから」
……。
……こいつ。
「……でも」東海林は、言った。
「でも?」
「……さびしい」
……。
東海林は。
膝に。
顔を、うずめた。
「……図書室、行けない」
「……」
「……森本と、話せない」
「……」
「……みんなに、嫌われた」
「……」
「……それは」
東海林の、声が。
少しだけ。
揺れた。
「……ちょっと、つらい」
……。
俺は。
何も。
言えなかった。
ただ。
隣に。
座って、いた。
◇
しばらくして。
俺は。
言った。
「……四季」
「……ん」
「明日」
「……」
「図書室、来いよ」
東海林は。
顔を、上げた。
「……無理」
「無理じゃない」
「……みんな、いる」
「いるよ」俺は、言った。「五百旗頭も、御手洗も、不破も、日下部も、湊も」
「……」
「全員、お前のこと、怒ってる」俺は、言った。「たぶん、まだ、許してない」
「……」
「でも」俺は、言った。「――誰も、『来るな』とは、言ってない」
……。
東海林は。
俺を、見た。
その、目が。
少しだけ。
揺れて、いた。
「……森本は?」
「……ん?」
「……森本は、怒ってる?」
……。
俺は。
少し、考えて。
それから、言った。
「怒ってる」
「……そう」
「めちゃくちゃ、怒ってる」俺は、言った。「今も」
「……うん」
「でも」
俺は。
立ち上がって。
東海林を、見下ろした。
「――それと、これは、別だ」
……。
東海林は。
しばらく。
俺を、見上げて、いた。
それから。
ゆっくりと。
目を、伏せた。
「……考える」
「……ああ」
「……ちょっと、考える」
「ゆっくりでいい」
……。
東海林は。
小さく。
頷いた。
◇
帰り道。
一人で。
歩きながら。
俺は。
ずっと。
考えて、いた。
二か月前。
あいつは、言った。
『……わたしは、ちゃんと、森本を、見てた』
あれは。
嘘じゃ、なかった。
見て、いた。
誰よりも。
ずっと。
でも。
その、あいつが。
俺を。
誰にも、見られない、ように、した。
見て、いたからこそ。
見えなく、した。
……。
なんだ、それ。
意味が、わからない。
……いや。
わかる。
わかって、しまうから。
余計に。
苦しいんだ。
(第18話 了)




