第17話 もう一度、モブに
====================
第17話 もう一度、モブに
====================
剣道場の、前で。
俺は。
また。
待って、いた。
◇
部員が、帰って。
最後に。
東海林四季が、出てきた。
俺を、見て。
一瞬。
足が、止まった。
それから。
目を、そらして。
通り過ぎようと、した。
「――柏木先生」
俺は。
その、背中に。
言った。
東海林の、足が。
止まった。
◇
「……」
「知ってるよな」
「……」
「白瀬先生を、この学校に、呼んだ人だ」俺は、言った。「進路指導の、柏木先生」
「……」
「白瀬先生の、研究ノートを、見て。……こう、言ったらしい」
俺は。
東海林の、背中に。
言葉を、投げた。
「『この生徒だけが、森本くんを、正しく、動かせる』」
……。
東海林は。
振り返らなかった。
でも。
竹刀袋を、握る手が。
白く、なって、いた。
「……お前」俺は、言った。「これ、知ってたのか」
長い。
沈黙が、あった。
それから。
東海林は。
小さく。
頷いた。
「……うん」
◇
「どうやって」
「……進路指導室」東海林は、前を、向いたまま、言った。「……夏に、行った。……進路の、相談で」
「……ああ」
「……そのとき」東海林は、言った。「……机の、上に、あった」
「ノートが?」
「……コピー。……何枚か」東海林は、言った。「……『被験者S』って、書いてあった」
「……それだけで、わかったのか」
「……最初は、わからなかった」東海林は、言った。「……でも、その下に、メモが、あった」
東海林は。
少しだけ。
顔を、上げた。
「……『Sは、Mの、行動を、規定する、唯一の、変数』」
……。
ぞ、と、した。
変数。
五百旗頭が。
いつも、使う、言葉だ。
でも。
その、言葉が。
こんな、使われ方を、するのか。
「……その、意味」東海林は、言った。「……わたしでも、わかった」
「……」
「……わたしが、動けば。……森本が、動く」東海林は、言った。「……そう、書いてあった」
◇
「……だから」俺は、言った。「離れたのか」
「……うん」
「離れるだけで、よかっただろ」俺は、言った。「なんで、あんなことまで」
「……足りない」
「足りない?」
東海林は。
ゆっくりと。
振り返った。
その、顔を。
三日ぶりに。
まともに、見た。
……痩せて、いた。
目の下に。
隈が、あった。
「……森本」東海林は、言った。「……あの、カード。……第七役職」
「……ああ」
「……森本、調べてた」
「……調べてた」
「……五百旗頭と、二人で」東海林は、言った。「……ずっと」
「……」
「……あの人たち」東海林は、言った。「……森本の、こと。……見てる」
……。
「……なんで、見てると、思う?」
「……わからん」
「……森本が」東海林は、言った。「……ゲームを、突破したから」
……。
「……あの図書室で。……七人目を、隠して。……全部、見抜いて」東海林は、言った。「……森本、勝った」
「……ああ」
「……そのあとも。……噂の事件。……あれも、解いた」
「……ああ」
「……だから」
東海林は。
まっすぐ。
俺を、見た。
「――……目を、つけられた」
◇
「……」
「……森本」東海林は、言った。「……モブに、戻って」
……。
「……昔みたいに」東海林は、言った。「……何もできない、やつに、戻って」
「……四季」
「……そしたら」東海林は、言った。「……もう、見られない。……興味、なくなる」
……。
……ああ。
そうか。
そう、いうことか。
全部。
五百旗頭の、仮説の、通りだった。
「……だから、噂を、流したのか」
「……うん」
「俺を、『たいしたことないやつ』に、するために」
「……うん」
「湊を、潰したのも」
「……うん。……あの子、気づいてた。……森本に、言おうとしてた」
「……」
「……森本の、名誉が、戻ったら」東海林は、言った。「……意味、なくなる」
……。
全部。
計算されて、いた。
全部。
一人で。
◇
「……なあ、四季」
「……ん」
「なんで」俺は、言った。「……なんで、言わなかったんだ」
東海林は。
少しだけ。
目を、伏せた。
「……言ったら」
「……」
「……森本、やめないでしょ」
……。
息が。
止まった。
「……『危ないから、調べるな』って、言ったら」東海林は、言った。「……森本、どうする?」
「……」
……調べる。
間違いなく。
「……『誰かが、狙ってる』って、言ったら」東海林は、言った。「……森本、どうする?」
「……」
……突き止めようと、する。
「……『わたしが、道具に、されてる』って、言ったら」
東海林は。
少しだけ。
声が、震えた。
「……森本、絶対、なんとかしようと、する」
……。
……そうだ。
する。
絶対に、する。
「……だから」東海林は、言った。「……言わなかった」
「……」
「……森本が、動かないように」東海林は、言った。「……森本が、狙われないように」
東海林は。
まっすぐ。
俺を、見た。
「……全部、消した」
◇
……。
俺は。
何も。
言えなかった。
こいつは。
全部。
わかって、いた。
俺が、どういう、やつか。
何を、言えば。
どう、動くか。
全部。
わかった、上で。
いちばん。
確実な、方法を。
選んだ。
――俺に、嫌われる、という。
「……四季」
「……ん」
「お前」俺は、言った。「……嫌われる、覚悟で、やったのか」
「……うん」
「……全員に?」
「……うん」
「五百旗頭にも。御手洗にも。不破にも。……湊にも」
「……うん」
東海林は。
ためらいなく。
頷いた。
「……なんで」俺は、言った。「なんで、そこまで」
東海林は。
少し。
考えて。
それから。
いつもの、短い言葉で。
言った。
「……森本、鈍いから」
「……は?」
「……危ないの、気づかない」東海林は、言った。「……いつも」
「……」
「……だから」東海林は、言った。「……わたしが、気づく」
……。
なんだ、それ。
なんだよ、それ。
「……昔から、そう」東海林は、言った。「……屋根、登って。……車、見ないで、道、渡って。……知らない人に、ついてって」
「……そんなこと、あったか?」
「……あった」東海林は、言った。「……全部、見てた」
……。
……こいつ。
本当に。
ずっと。
見て、いたのか。
保育園から。
今日まで。
ずっと。
◇
「……森本」
「……なんだよ」
「……もう、いい」東海林は、言った。「……調べるの、やめて」
「……四季」
「……お願い」
東海林は。
頭を、下げた。
深く。
剣道の。
礼のように。
「……お願いします」
……。
俺は。
その、頭を。
見て、いた。
短い、髪の。
つむじが、見えた。
……。
……ふざけるな。
と。
思った。
「……断る」
東海林が。
顔を、上げた。
「……え」
「断る」俺は、もう一度、言った。「調べる。……第七役職も、柏木先生のことも。全部」
「……なんで」
「なんでって」俺は、言った。「――お前が、そんな顔してるからだろ」
……。
東海林の、目が。
大きく、見開かれた。
「……四季」俺は、言った。「お前、今、めちゃくちゃ、ひどい顔してるぞ」
「……」
「痩せたし。隈も、ひどいし」俺は、言った。「……全然、寝てないだろ」
「……」
「一人で、全部、抱えて。全員に、嫌われて」俺は、言った。「……それで、俺に、『モブに戻れ』?」
「……」
「無理だ」俺は、言った。「そんなの、無理に、決まってんだろ」
東海林は。
何も。
言わなかった。
ただ。
唇を。
きつく。
結んで、いた。
◇
「……森本」
「なんだよ」
「……ばか」
「……ああ」
「……ほんとに、ばか」
東海林の、声が。
少しだけ。
震えて、いた。
「……知ってる」俺は、言った。
秋の、風が。
二人の、間を。
通り抜けた。
東海林は。
竹刀袋を、担ぎ直して。
それから。
ぽつり、と、言った。
「……森本」
「……ん」
「……ごめん」
そして。
歩き出した。
でも。
今度は。
前と、違った。
二歩。
三歩。
歩いた、ところで。
立ち止まって。
振り返らずに。
言った。
「……柏木先生」
「……ああ」
「……あの人」
東海林は。
少しだけ。
声を、落とした。
「……森本のこと。……『七人目』って、呼んでた」
……。
え。
「……どういう、意味だ?」
でも。
東海林は。
もう。
答えなかった。
(第17話 了)




