第16話 被験者S
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第16話 被験者S
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調査は。
意外な、ところから。
始まった。
◇
「――思い出したことが、あります」
翌日。図書室。
五百旗頭が、開口一番、そう、言った。
「なんだ」
「白瀬先生の、件です」
……。
白瀬先生。
二か月前の、事件の、犯人。
「人は、噂だけで、他人を、認識するか」を、実験していた、教育実習生。
「あの人が、どうした」
「湊さんが、最後に、言ったことを、覚えていますか」五百旗頭は、言った。「……彼女が、白瀬先生と、話したときの、話です」
「ああ」俺は、思い出した。「たしか、研究ノートを、見たとか」
「そうです」五百旗頭は、頷いた。「そして、こう、聞きました」
五百旗頭は。
ノートに、書いた。
『被験者M』
『被験者S』
「森本くんが、『被験者M』」五百旗頭は、言った。「――では、『被験者S』は、誰ですか」
……。
心臓が。
跳ねた。
「……S」
「はい」
「……しょうじ、しき」
「……そうなります」
◇
「なんで、四季が」俺は、言った。「あいつ、あの事件に、関係ないだろ」
「ありません」五百旗頭は、頷いた。「東海林さんは、噂の、被害者でも、加害者でも、なかった」
「じゃあ、なんで、観測されてたんだ」
「わかりません」五百旗頭は、言った。「……ですが、これは、確認できます」
「どうやって」
「白瀬先生に、聞きます」
「……え?」
「連絡先は、わかります」五百旗頭は、淡々と、言った。「生徒会の、書類に、実習生の、記録が、残って、います」
……こいつ。
生徒会、便利すぎるだろ。
◇
三日後。
駅前の、喫茶店。
白瀬先生は。
前と、同じ、眼鏡を、かけて。
前と、同じ、無害そうな、顔で。
そこに、座って、いた。
「――お久しぶりです」
「……どうも」
「実習は、中止に、なりましたが」白瀬先生は、あっさり、言った。「大学は、続けています。研究テーマも、変えました」
「そうですか」
「今度は、ちゃんと、倫理審査を、通しています」白瀬先生は、微笑んだ。「学びました」
……この人。
反省は、してるんだろうか。
してるような。
してないような。
「本題に、入ります」五百旗頭が、言った。「あなたの、研究ノート。……『被験者S』とは、誰ですか」
白瀬先生は。
コーヒーを、一口、飲んで。
それから、言った。
「……東海林四季さん、です」
……。
やっぱり。
◇
「なぜ、彼女を、観測して、いたのですか」五百旗頭が、聞いた。
「興味深い、対象だったからです」白瀬先生は、言った。「わたしの、研究テーマは、覚えていますか」
「『人は、噂だけで、他人を、認識するか』」
「そうです」白瀬先生は、頷いた。「……実験の、結果。ほぼ、全員が、噂に、影響されました。四十七人中、四十七人」
「……」
「でも」白瀬先生は、指を、立てた。「――例外が、一人、いました」
……。
「東海林さんです」白瀬先生は、言った。「彼女だけが、噂に、影響されなかった。……いえ、正確には」
白瀬先生は。
少しだけ。
身を、乗り出した。
「彼女だけが、森本くんを。……『個体として』、識別して、いました」
「……個体?」
「歩き方。姿勢。癖」白瀬先生は、言った。「彼女は、遠くの、後ろ姿を、見て。……『あれは、森本じゃない』と、断定できた。……四十七人の中で、彼女だけです」
……。
二か月前。
あいつが、言った、ことだ。
『……歩き方が、違う』
「これは、研究上、非常に、重要な、サンプルです」白瀬先生は、言った。「なぜ、彼女だけが、例外なのか。……認知の、何が、違うのか」
白瀬先生は。
熱を、帯びた、目で、言った。
「――だから、記録しました。『被験者S』として」
◇
「……そのノートは」五百旗頭が、言った。「どうなりましたか」
「大学に、提出しました」白瀬先生は、言った。「実習の、報告書と、一緒に」
「他には?」
「他には……」白瀬先生は、少し、考えた。「ああ。……担当の、先生にも、お見せしました」
……。
空気が。
変わった。
「担当の、先生?」五百旗頭が、聞いた。
「ええ。実習の、指導教員です」白瀬先生は、言った。「観察の、許可を、くださった方です」
「その方の、名前は」
「柏木先生です」
……柏木。
誰だ。
……いや。
待て。
聞いたことが、ある。
進路指導室の。
あの。
眼鏡の。
「……その方に」五百旗頭が、慎重に、言った。「ノートを、見せた、理由は?」
「報告義務が、ありますから」白瀬先生は、言った。「……というより、あの先生が、興味を、持たれたんです」
「興味?」
「ええ」白瀬先生は、言った。「特に、『被験者S』の、記録に」
……。
俺は。
息を、呑んだ。
「柏木先生は、こう、おっしゃいました」白瀬先生は、思い出しながら、言った。「――『この生徒は、面白いね』と」
「……」
「『他の全員が、認識を、歪められる中で。一人だけ、歪まない』」白瀬先生は、続けた。「『それは、つまり』」
白瀬先生は。
コーヒーカップを、置いた。
「――『この生徒だけが、森本くんを、正しく、動かせる、ということだ』」
◇
……。
喫茶店の、音が。
遠くなった。
動かせる。
四季が。
俺を。
「……それ」俺は、やっと、言った。「どういう、意味ですか」
「わたしにも、わかりません」白瀬先生は、首を、かしげた。「ただ、柏木先生は、そう、おっしゃいました」
「……」
「あのとき、少し、変だとは、思いました」白瀬先生は、言った。「わたしの、研究は、認知の、話です。……『動かせる』というのは、少し、飛躍が、あります」
……。
飛躍。
……いや。
飛躍じゃ、ない。
その人は。
最初から。
別のことを。
考えて、いた、んだ。
◇
「……もうひとつ、伺います」五百旗頭が、言った。
その、声が。
少し、硬かった。
「なぜ、あなたは。……この学校に、実習に、来たのですか」
「え?」
「あなたは、この学校の、卒業生では、ありません」五百旗頭は、言った。「県外の、出身で。この学校とは、縁が、ない」
「ああ、それは」白瀬先生は、あっさり、言った。「柏木先生に、誘われたからです」
……。
「大学の、研究発表会で、お会いしました」白瀬先生は、言った。「わたしの、研究テーマを、聞いて。……『うちの高校で、観察してみないか』と」
「……」
「『面白い生徒が、いる』と、おっしゃって」
……。
面白い、生徒。
それは。
誰だ。
◇
喫茶店を、出て。
俺たちは。
しばらく。
何も、言わずに。
歩いた。
秋の、風が。
冷たかった。
「……五百旗頭」
「……はい」
「整理していいか」
「……どうぞ」
「柏木って先生が」俺は、言った。「白瀬先生を、この学校に、呼んだ」
「……はい」
「白瀬先生が、実験して。……ノートに、俺と、四季を、記録した」
「……はい」
「そのノートを、柏木先生が、見て」俺は、言った。「……『東海林だけが、森本を、正しく動かせる』と、言った」
「……はい」
俺は。
立ち止まった。
「……つまり」
「……ええ」
五百旗頭も。
立ち止まった。
「――誰かが、東海林さんを。……『あなたを、動かすための、道具』として、見ていた」
……。
手が。
震えた。
「……四季は」俺は、言った。「それを、知ったのか?」
「……可能性は、あります」
「どうやって」
「わかりません」五百旗頭は、言った。「……ですが、もし、知ったとしたら」
五百旗頭は。
俺を、見た。
「……彼女は、どう、思ったでしょうか」
……。
どう、思ったか。
……そんなの。
決まってる。
自分が。
俺を、傷つけるために。
使われる、かも、しれない。
そう、知ったら。
あいつは。
……あいつは。
きっと。
自分から。
離れる。
誰にも。
相談せずに。
(第16話 了)




