第13.5話 猫は、理由を、言わない
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第13.5話 猫は、理由を、言わない
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あれから。
三日。
俺は。
学校に、行って。
授業を、受けて。
帰る。
それだけを。
繰り返して、いた。
東海林四季とは。
一言も。
話して、いない。
教室で、目が、合っても。
あいつは。
すぐ。
目を、そらす。
……いや。
違うか。
そらして、いるのは。
たぶん。
俺の、ほうだ。
◇
放課後。
図書室。
五百旗頭は、生徒会。
湊ミライは、最近、来ない。
不破は、部活。
日下部は、どこかで、誰かと、喋ってる。
つまり。
誰も、いない。
……と、思って。
いつもの、席に、行くと。
いた。
窓際の、いちばん、日当たりの、いい席。
御手洗澪が。
いた。
世界史の、資料を、開いたまま。
その、上に。
突っ伏して。
寝て、いた。
◇
いや。
突っ伏して、というか。
丸く、なって、いた。
椅子の、上で。
膝を、抱えるように。
体を、縮めて。
顔だけ、腕に、埋めて。
……。
完全に。
猫だった。
いや。
猫すぎる。
日当たりの、いい場所で。
丸く、なって。
寝てる。
……こいつ。
前世、絶対、猫だろ。
俺は。
静かに。
向かいの、席に、座った。
起こすのも。
悪い、気が、して。
◇
しばらく。
何もせずに。
座って、いた。
秋の、日差しが。
窓から、差し込んで。
御手洗の、髪を。
少し、明るく、して、いた。
……静かだ。
三日ぶりに。
息が。
できた、気が、した。
と。
御手洗が。
もぞり、と。
動いた。
顔は、埋めたまま。
手だけを。
ふらふら、と。
顔の、あたりで。
振った。
……ん?
見ると。
小さな、虫が。
一匹。
御手洗の、周りを。
飛んで、いた。
御手洗は。
目も、開けずに。
手だけで。
ぱし。
ぱし。
と。
払って、いる。
……。
……いや。
それ。
猫。
完全に。
猫が、うざそうに、手で、払うやつ。
俺は。
声を、殺して。
笑った。
三日ぶりに。
笑った、気が、した。
◇
「……ん」
御手洗が。
顔を、上げた。
髪が。
ぐしゃぐしゃに。
なって、いた。
目が。
半分しか。
開いて、いない。
「……あら」
「よう」
「……森本くん」
「起きたか」
「……寝てないわ」
「寝てたぞ」
「……仮眠よ」
「同じだろ」
御手洗は。
ゆっくり、と。
体を、起こした。
でも。
完全には、起きて、いないらしく。
目を、こすって。
ぼんやり、と。
窓の、外を、見て、いる。
……と。
その、視線が。
すう、と。
動いた。
何かを。
追って、いる。
見ると。
窓の、外を。
鳥が。
一羽。
横切って、いた。
御手洗の、目が。
それを。
じっと。
追いかけて。
見えなく、なるまで。
動かなかった。
……。
……こいつ。
やっぱり。
猫だ。
◇
「……森本くん」
「なんだよ」
「なぜ、笑っているの?」
「笑ってない」
「笑ってるわ」
「……お前が、猫すぎるから」
「猫?」
「丸くなって、寝て。虫、手で、払って。鳥、目で、追ってた」
御手洗は。
きょとん、と、して。
それから。
少し、頬を、膨らませた。
「……失礼ね」
「褒めてる」
「褒めてないわ」
「褒めてる」
……。
なんだろう。
こういう、やりとりが。
今は。
やたら。
ありがたかった。
◇
それから。
御手洗は。
資料を、閉じて。
俺の、正面に、座り直した。
そして。
言った。
「……森本くん。元気が、ないわね」
「……そうか?」
「ええ」御手洗は、頷いた。「顔が、疲れているわ。三日前から」
……。
見られて、いた。
ちゃんと。
「……いろいろ、あってさ」
「東海林さんのこと?」
……。
俺は。
顔を、上げた。
「……知ってるのか」
「なんとなく」御手洗は、言った。「五百旗頭さんが、様子が、変だったし。……あなたと、東海林さんが、話さなくなったし」
……。
こいつ。
ふわふわ、してるくせに。
見てる。
全部。
「……あいつが」俺は、言った。「……全部、やってた」
「そう」
「認めた」俺は、言った。「本人が。……『わたしが、やった』って」
「そう」
御手洗は。
驚かなかった。
ただ。
静かに。
聞いて、いた。
「……理由は、聞いたの?」
「聞いた」俺は、言った。「……言わなかった」
「そう」
御手洗は。
少しだけ。
首を、かしげた。
そして。
言った。
「……猫みたいね」
「え?」
「猫は、理由を、言わないでしょう?」
◇
……。
俺は。
御手洗を、見た。
「どういう、意味だ」
「あのね」御手洗は、指を、立てた。「猫って、急に、噛むことが、あるの」
「……ああ」
「撫でていたら、急に。がぶって」御手洗は、言った。「痛いわ。びっくりするし。……『なんで?』って、思うでしょう」
「思うな」
「でも、猫は、理由を、言わないの」御手洗は、言った。「『撫で方が、嫌だった』とも。『さっきの音が、こわかった』とも。『体調が、悪かった』とも」
「……」
「だから、人は、こう、思うの」御手洗は、言った。「『この猫は、性格が、悪い』って」
……。
俺は。
何も。
言えなかった。
「でも、本当は」御手洗は、言った。「理由が、あったのかも、しれない」
「……」
「言わないだけで」
御手洗は。
そう言って。
窓の、外を、見た。
もう。
鳥は。
いなかった。
◇
「……わたしね」御手洗は、言った。「歴史をやっていて、いちばん、難しいと、思うのは。そこなの」
「そこ?」
「人が、何をしたかは。……記録に、残るわ」御手洗は、言った。「戦争を、始めた。条約を、破った。裏切った。……全部、記録に、残る」
「……ああ」
「でも」御手洗は、俺を、見た。
「――なぜ、したかは。……聞かないと、わからないの」
……。
図書室が。
静かだった。
「記録には、行動しか、残らないわ」御手洗は、言った。「理由は、その人の、中にしか、ないの。……だから、歴史家は、想像するの。手紙を、読んで。日記を、読んで。……それでも、わからないことは、たくさん、あるわ」
「……」
「森本くん」
「……なんだよ」
「東海林さんは」御手洗は、言った。「……理由を、言わなかったのよね」
「……ああ」
「でも」御手洗は、こてん、と、首をかしげた。
「――『ない』とは、言っていないでしょう?」
……。
心臓が。
動いた。
そうだ。
あいつは。
「理由はない」とは。
一度も。
言って、いない。
ただ。
「言わない」だけ、だった。
◇
「……御手洗」
「なあに」
「お前、すごいな」
「あら」御手洗は、にっこり、笑った。「そう?」
「うん」
「ふふ。もっと、褒めていいのよ」
「調子に、乗るな」
「あら」
……。
そのとき。
なんだか。
猛烈に。
こいつに。
抱きつきたく、なった。
……いや。
それは。
だめだ。
湊に、言われた。
「一般社会なら、セクハラで、アウト」だと。
……でも。
三日ぶりに。
呼吸が、できた、気が、した。
だから。
俺は。
かわりに。
手を、伸ばして。
御手洗の、頭を。
一回だけ。
ぽん、と。
撫でた。
「……!」
御手洗が。
びくっ、と、した。
「な、なにを、するの!」
「悪い」俺は、手を、引っ込めた。「……つい」
「つい、じゃ、ないわよ!」
御手洗は。
真っ赤に、なって。
頭を、押さえた。
それから。
ぼそっ、と。
「……一回だけよ」
「……え?」
「……なんでもない!」
御手洗は。
資料を、抱えて。
ぱたぱた、と。
書架の、奥へ。
逃げて、いった。
……。
なんだ、あれ。
……いや。
なんか。
……ちょっと。
元気が、出た。
(第13.5話 了)




