第12話 幼馴染
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第12話 幼馴染
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五百旗頭の、様子が。
おかしく、なったのは。
その、翌日からだった。
◇
放課後。図書室。
五百旗頭は。
いつもの、模造紙を。
広げようと、しなかった。
テーブルに、置いたまま。
丸めた、まま。
「……調べないのか?」
「……ええ」
「なんで」
「……少し、疲れました」
……嘘だ。
こいつは。
疲れたくらいで。
調査を、やめる、やつじゃ、ない。
徹夜で、数式を、追いかける、やつだ。
「五百旗頭」
「……なんですか」
「何か、わかったのか?」
五百旗頭は。
答えなかった。
ただ。
丸めた、模造紙を。
じっと。
見て、いた。
◇
数分。
沈黙が、続いた。
それから。
五百旗頭は。
ぽつり、と、言った。
「……森本くん。数学の、問題を、解くとき」
「うん」
「答えが、出そうに、なると。……わかるんです」
「わかる?」
「ええ。『あ、これは、こういう形に、なるな』と」五百旗頭は、言った。「途中で、見えるんです。……ゴールが」
「……」
「今」五百旗頭は、言った。「……見えて、しまいました」
……。
心臓が。
嫌な、音を、立てた。
「誰なんだ」
「言いません」
「なんで」
「まだ、証明が、終わって、いないからです」
「終わったら、言うのか」
「……」
五百旗頭は。
答えなかった。
その、沈黙が。
いちばん。
こわかった。
◇
「……なあ、五百旗頭」
「なんですか」
「昨日、湊が」俺は、言った。「……四季を、疑ってた」
五百旗頭の。
肩が。
びくり、と、動いた。
「……そう、ですか」
「お前も、同じか?」
「……」
「同じなのか?」
五百旗頭は。
顔を、上げなかった。
テーブルの、上で。
指を。
ゆっくり、と。
動かして、いた。
何かを、書いて、いる。
数式じゃ、ない。
……たぶん、意味の、ない、線だ。
「……森本くん」
「なんだよ」
「わたしは」五百旗頭は、言った。「……数学が、好きです」
唐突に。
そんなことを、言った。
「知ってる」
「数式は、嘘を、つきません」五百旗頭は、続けた。「条件を、入れれば。答えが、出る。……誰が、解いても、同じ答えに、なる」
「……ああ」
「それが、好きなんです」五百旗頭は、言った。「人間の、都合とか、感情とか。……そういうものが、入らないから」
「……」
「でも」
五百旗頭は。
そこで。
手を、止めた。
「……今、初めて」
「……」
「――代入したくない、変数が、あります」
◇
……。
図書室が。
静かだった。
誰かの、椅子を、引く音が。
遠くで、した。
「……五百旗頭」
「わたしは、探偵では、ありません」五百旗頭は、言った。「ただ、論理が、好きなだけの、生徒です」
「……」
「でも」五百旗頭は、言った。「もし、わたしが、探偵だったら。……今、失格です」
「なんで」
「答えが、わかっていて」五百旗頭は、言った。「――言いたく、ないと、思っているから」
……。
俺は。
何を、言えば、いいのか。
わからなかった。
でも。
これだけは。
聞かなきゃ、いけない、気が、した。
「……なあ」
「はい」
「四季なのか?」
五百旗頭は。
長い、時間。
黙って、いた。
それから。
顔を、上げた。
その、目が。
少しだけ。
赤かった。
「……わたしの、立てた式では」
「……」
「……そうなります」
◇
――嘘だろ。
そう、思った。
でも。
声には。
ならなかった。
「根拠は」俺は、やっと、そう、言った。
「三つ、あります」五百旗頭は、指を、立てた。「……いえ、四つです」
「言ってくれ」
「一。物理的接近性」五百旗頭は、言った。「キーホルダーを、拾える距離。あなたの、行動を、把握できる立場。……幼馴染で、同じクラス。条件を、満たします」
「……」
「二。書類への、アクセス」五百旗頭は、続けた。「あなたが、署名した書類。……文化祭の名簿。応援演説の承諾書。これらを、回収したのは、実行委員の、補助。……東海林さんです」
「……偶然かも」
「三」五百旗頭は、続けた。「湊さんの、一年時の、話。あれを、知る人間は、限られます。……湊さんが、話したのは、あなただけ。つまり、あなたから、聞いた人間だけです」
「……」
「そして、四」
五百旗頭は。
少しだけ。
声を、落とした。
「――東海林さんだけが。……この件について、何も、言いません」
……。
心臓が。
冷たく、なった。
「不破くんは、あなたを、信じると、言いました」五百旗頭は、言った。「御手洗さんも、そうです。日下部くんは、中立を、宣言しました。湊さんは、警告しました。わたしは、調査を、しています」
「……」
「全員が、何かを、言っています」五百旗頭は、言った。「……でも、東海林さんだけが。何も、言わない」
……。
そうだ。
何も。
言わない。
「大丈夫か」も。
「信じてる」も。
「やってないよね」も。
何も。
「あの人は、あなたの、幼馴染です」五百旗頭は、言った。「いちばん、近い人です。……なのに、いちばん、遠い」
◇
「……それだけじゃ」俺は、言った。「証拠には、ならない」
「なりません」五百旗頭は、あっさり、認めた。「これは、状況証拠と、消去法です。……数学的には、不十分です」
「だろ」
「ええ」五百旗頭は、頷いた。「だから、わたしは。……まだ、言いません」
「……」
「言いたく、ないんです」五百旗頭は、言った。「これは、論理では、ありません。……感情です」
五百旗頭は。
少しだけ。
笑った。
情けない、笑い方だった。
「初めてです」五百旗頭は、言った。「答えが、出そうなときに。……怖いと、思うのは」
◇
その夜。
俺は。
眠れなかった。
天井を、見ながら。
ずっと。
考えて、いた。
四季。
東海林四季。
保育園から、一緒だった。
屋根に、登って、怒られた。
中学で、クラスが、離れた。
高校で、また、同じクラスに、なった。
あいつは。
いつも。
「……」しか、言わないくせに。
大事なときだけ。
まっすぐ、言う、やつだった。
『……わたしは、ちゃんと、森本を、見てた』
二か月前。
そう、言った。
『……当日。緊張したら。……わたしを、見て』
一か月前。
そう、言った。
『……気を、つけて』
二週間前。
そう、言った。
……あれ。
何に。
気を、つけろって。
……いや。
待て。
あいつは。
何度も。
何かを。
言おうと、して、いた、んじゃ、ないか?
でも。
俺は。
ちゃんと。
聞いて、いたか?
……。
……聞いて、いなかった。
「部活だろ」で。
「忙しいんだろ」で。
全部。
済ませて、いた。
――俺は。
あいつを。
見て、いなかった。
(第12話 了)




