第11話 声を、聞いていない
====================
第11話 声を、聞いていない
====================
※この回だけ、俺は、その場に、いない。
あとから。
湊ミライ本人に、聞いた。
だから、これは。
あいつの、話だ。
◇
剣道場の、裏。
部活が、終わった、あとの、夕方。
東海林四季は。
一人で。
防具を、干して、いた。
「――ねえ」
声を、かけたのは。
ミライだった。
東海林は。
手を、止めずに。
顔だけ、少し、上げた。
「……湊さん」
「話、いい?」
「……ん」
東海林は。
それだけ、言って。
また。
防具を、干し始めた。
◇
「単刀直入に、聞くけどさ」
ミライは、言った。
「――あんたでしょ」
東海林の、手は。
止まらなかった。
面紐を、ほどいて。
竿に、かけて。
皺を、伸ばす。
「……何が?」
「森本の、噂。証拠の、キーホルダー。署名。……あと、わたしの、噂」
「……」
「全部、あんたでしょ」
東海林は。
手を、動かしたまま。
答えなかった。
否定も。
肯定も。
しなかった。
◇
「……無視?」ミライは、言った。「へえ。そうくるんだ」
「……」
「じゃあ、話すね」ミライは、腕を、組んだ。「わたしが、そう思う、理由」
「……」
「まず、キーホルダー。あれ、森本が、なくしたやつでしょ」ミライは、指を、折った。「拾えるのは、森本の近くにいる人。……あんた、幼馴染だよね」
「……」
「次、署名。あれ、書類の、差し替えでしょ」ミライは、続けた。「森本が、名前を、書いた書類。……文化祭の名簿。応援演説の承諾書。あれ、誰が、集めた?」
「……」
「クラスの、係。……あんた、文化祭実行委員の、補助やってたよね」
東海林の、手が。
一瞬だけ。
止まった。
でも。
すぐに。
また、動き出した。
「……で、わたしの噂」ミライは、言った。「一年のときの、話。集合写真に、写ってない、って話」
「……」
「あれ、知ってる人、ほとんど、いないよ」ミライは、言った。「わたしが、話したのは、森本にだけ。……二人きりの、ときに」
「……」
「なのに、あんたが、それ、使ってきた」ミライは、言った。「――森本から、聞いたんでしょ」
……。
東海林は。
何も、言わなかった。
◇
「ねえ」ミライは、言った。「なんで、黙ってんの」
「……」
「否定、しないの?」
「……」
「言い訳、しないの?」
「……」
ミライは。
少し。
苛立ち始めた。
「……あのさ。わたし、けっこう、口が、悪いんだよね」
「……知ってる」
「お、喋った」
「……」
「じゃあ、続けるね」ミライは、言った。「あんた、卑怯だよ」
「……」
「森本のこと、守るとか、そういう顔して。……裏で、こそこそ、噂、流して」ミライは、言った。「自分の手は、汚してないつもりでしょ。噂って、誰が始めたか、わかんないもんね」
「……」
「でも、森本、今、どうなってるか、知ってる?」ミライは、言った。「クラスで、浮いてる。廊下で、目、そらされてる。……担任にまで、疑われてる」
「……」
「見た? 最近の、あいつの顔」
「……」
「見てないよね。あんた、図書室、来ないもん」
……。
東海林は。
防具を、干し終えて。
手を、拭いた。
それから。
静かに、言った。
「……見てる」
「え?」
「……毎日、見てる」
東海林は。
それだけ、言って。
竹刀袋を、担いだ。
◇
「……はあ?」
ミライは。
思わず。
声を、上げた。
「見てるって、何。……見てて、それ?」
「……」
「見てて、あんな顔、させてんの?」
「……」
「意味わかんない」ミライは、言った。「守るって、なに。あんたのやってること、ただの、いじめじゃん」
「……」
「森本、もう、けっこう、限界だよ」ミライは、言った。「あいつ、へらへらしてるけど。……ああいうの、いちばん、こたえるタイプでしょ」
「……知ってる」
「知ってて、やってんの!?」
「……」
東海林は。
答えなかった。
ただ。
まっすぐ、前を、見て、いた。
……ミライは、そのとき。
気づいたらしい。
こいつ。
言葉が。
全然。
届いて、いない。
◇
ミライの、毒舌は。
相手の、動揺を、誘う、技術だ。
痛いところを、突く。
相手が、揺れる。
その、隙間に。
さらに、言葉を、差し込む。
白瀬先生のときも、そうだった。
相手が、理屈で、返してきたから。
その、理屈の、上を、取れた。
でも。
東海林は。
返さない。
揺れない。
反応しない。
言葉を、投げても。
壁に、当たって。
落ちる。
――投げれば、投げるほど。
投げた側だけが。
消耗する。
◇
「……ねえ」
ミライは。
少しだけ。
声の、調子を、変えた。
「あんた、これ、続けるつもり?」
「……」
「ばれるよ、いつか」
「……うん」
「そしたら、どうなると、思う?」ミライは、言った。「五百旗頭さんも。御手洗さんも。不破くんも。……みんな、あんたのこと、どう思うと、思う?」
「……」
「軽蔑されるよ」
「……うん」
……。
ミライは。
一瞬。
言葉に、詰まった。
「うん」。
その、返事が。
あまりにも。
平然と、して、いたから。
◇
「……じゃあ、聞くけど」
ミライは。
最後の、一撃を、放った。
いちばん、痛いはずの、ところに。
「――あんた、森本に、嫌われてもいいの?」
東海林は。
立ち止まった。
夕日が。
剣道場の、壁を。
オレンジに、染めて、いた。
東海林は。
ミライのほうを、振り返らずに。
少しだけ。
顔を、上げて。
そして。
言った。
「……うん」
……。
それだけ。
だった。
言い訳も。
説明も。
何も、なかった。
ただ。
「うん」。
ミライは。
何も。
言えなく、なった。
◇
――あとで。
ミライは。
俺に、こう、言った。
「……あれ、こわかった」
「こわい?」
「うん」ミライは、いつもの、へらへらした顔じゃ、なかった。「……人ってさ。ふつう、迷うじゃん」
「……ああ」
「嫌われたくない、とか。誤解されたくない、とか。……そういうの、あるじゃん」
「あるな」
「でも、あの人」ミライは、言った。「……全部、捨ててた」
「……」
「わたしね」ミライは、言った。「口では、負けたこと、ないと、思ってた」
「……」
「白瀬のときも、理屈では、負けたけど。……あいつは、揺れてたよ。ちゃんと」ミライは、言った。「でも、東海林さんは。……揺れない」
ミライは。
自分の、手のひらを、見た。
「言葉ってさ」
「うん」
「聞く気の、ある人にしか。……届かないんだね」
その、声は。
悔しそう、というより。
どこか。
おびえて、いる、ように。
聞こえた。
◇
「……なあ、湊」
「なに」
「その話。……本当に、四季なのか?」
ミライは。
じっと、俺を、見た。
「……信じないでしょ」
「……」
「言ったじゃん」ミライは、言った。「わたし、もう、信用ないの。……何言っても、『あの、怪しい湊が、言ってる』で、終わり」
「そんなこと」
「あるよ」ミライは、言った。「現に、あんた。……今、迷ってるでしょ」
……。
図星、だった。
俺は。
迷って、いた。
信じたい。
でも。
相手は、四季だ。
保育園から、ずっと。
俺を、見て、くれていた、やつだ。
そんな、やつが。
……いや。
でも。
最近。
顔を。
見て、いない。
「……ほらね」
ミライは。
力なく、笑った。
「あんた、優しいから。……わたしのことも、信じたいと、思ってくれてる」
「……」
「でも、東海林さんのことは。……もっと、信じたいでしょ」
……。
俺は。
何も。
言えなかった。
(第11話 了)




