第10話 疑心
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第10話 疑心
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五百旗頭伊織が、本気を、出した。
「――全部、洗います」
放課後。図書室。
五百旗頭は。
大きな、模造紙を、テーブルに、広げた。
「関係者。時系列。物証。証言。……全部、並べて。矛盾を、探します」
「できるのか、そんなこと」
「できます」五百旗頭は、断言した。「嘘には、必ず、矛盾が、生じる。……矛盾は、論理で、見つかる」
……頼もしい。
頼もしい、はず、なのに。
なぜか。
少しだけ。
嫌な、予感が、した。
◇
で。
三日、経った。
「……おかしい」
五百旗頭が。
模造紙を、睨んで、いた。
「どうした」
「矛盾が、出ません」
「出ない?」
「ええ」五百旗頭は、ペンを、置いた。「証言を、集めました。二十七件。……全部、微妙に、食い違っています」
「食い違ってるなら、矛盾じゃないのか」
「違います」五百旗頭は、首を、振った。「――食い違いすぎて、いるんです」
「……どういう意味だ」
「たとえば」五百旗頭は、メモを、めくった。「体育倉庫の、件。『森本くんを見た』という、一年生の証言。……時刻は、水曜の、夕方」
「ああ」
「でも、別の生徒は、『水曜の、放課後、森本くんは、教室にいた』と、証言しています」
「そっちが、正しい。俺、教室にいた」
「ええ。ですが、三人目は」五百旗頭は、言った。「『水曜は、森本くん、早退した』と、言っています」
「してない!」
「四人目は、『水曜? 森本くん、いた気がするけど、覚えてない』」
……。
めちゃくちゃ、だ。
「全員が、違うことを、言っています」五百旗頭は、言った。「そして、全員が、本気で、そう、思っている。……嘘を、ついている人が、いません」
「じゃあ、なんで」
「わかりません」五百旗頭は、うめいた。「証言が、多すぎて。……逆に、何も、確定できない」
◇
「……これ、前と、同じか?」俺は、言った。「印象操作の、やつ」
「似ていますが、違います」五百旗頭は、言った。「前回は、噂が、誤認を、生みました。……今回は」
「今回は?」
「……証言そのものが、多すぎるんです」五百旗頭は、言った。「誰かが、意図的に。……たくさんの、人に、少しずつ、違う情報を、流している」
「なんのために」
「情報を、埋めるためです」五百旗頭は、言った。「真実を、隠すには。……嘘を、つくより、情報を、増やすほうが、確実です」
……。
ぞ、と、した。
「本当のことも、嘘も、あいまいなことも」五百旗頭は、言った。「全部、混ぜて、大量に、流す。……そうすると、人は、何が、本当か、判断できなく、なる」
「……調べれば、調べるほど」
「わからなく、なります」五百旗頭は、頷いた。「これは、そういう、設計です」
◇
「――やあ、皆さん。お邪魔しても?」
と。
図書室の、扉が、開いて。
日下部久遠が、入ってきた。
相変わらず。
にこにこ、して。
誰にでも、感じよく。
「日下部」
「いやあ、大変そうですね」日下部は、模造紙を、見た。「……なるほど。整理していたんですか」
「日下部くん」五百旗頭が、言った。「あなた、何か、知りませんか」
「何か、とは?」
「情報屋でしょう。あなた」
「情報屋だなんて」日下部は、笑った。「僕は、ただ、いろんな人と、話すのが、好きなだけですよ」
「では、いろんな人から、何を、聞いていますか」
日下部は。
少し、考えて。
それから、言った。
「……森本くんの、噂は、聞いています。湊さんの、噂も」
「誰が、流していますか」
「わかりません」
「本当に?」
「本当です」日下部は、言った。「僕が、聞いた頃には、もう。……『みんなが、言っている』状態でした」
……また、それか。
「ですが」日下部は、続けた。「ひとつ、思うことは、あります」
「なんですか」
「……僕は、中立で、いようと、思っています」
……。
空気が。
少し、冷えた。
◇
「中立?」俺は、聞き返した。
「ええ」日下部は、にこやかに、言った。「森本くんが、やっていないと、僕は、思います。……でも、証拠は、ありません」
「……」
「だから、僕は、どちらにも、立ちません」日下部は、言った。「『森本は、やっていない』とも、言いません。『やった』とも、言いません」
「……それ、味方じゃ、ないよな」
「味方では、ありません」日下部は、あっさり、認めた。「僕は、この学校で、いろんな人と、関係を、持っています。……どちらかに、立つと、それが、壊れる」
……。
正直だ。
気持ち悪いほど。
「すみません」日下部は、頭を、下げた。「僕は、そういう、人間です」
そして。
いつも通りの、笑顔で。
出て、いった。
……くそ。
わかっては、いた。
あいつは、そういう、やつだ。
でも。
実際に、言われると。
こたえる。
◇
「――ふん。腹の立つ、男だ」
入れ違いに。
不破楓也が、入ってきた。
「不破。……お前、聞いてたのか」
「廊下で、な」不破は、腕を、組んだ。「あの男の、言い分は、正しい。だが、気に入らん」
「まあ、な」
「それで」不破は、俺を、見た。「貴様、やったのか」
「やってない」
「そうか」
それだけ。
不破は、頷いた。
「……信じるのか?」
「信じるも、何も」不破は、鼻を、鳴らした。「貴様は、面倒くさがりだ。備品を、壊す? 鍵を、開ける? ……そんな、面倒なこと、するか」
「ひでえ理由だな」
「事実だろう」不破は、言った。「それに、俺は」
不破は。
少し、目を、そらして。
言った。
「……身に、覚えが、ある」
……あ。
「前に、俺も、犯人扱い、されたからな」不破は、苦々しく、言った。「証拠も、なく。ただ、『それらしい』という、理由だけで」
「……不破」
「あれは、不愉快だった」不破は、言った。「だから、俺は、同じことは、しない。以上だ」
それだけ、言って。
不破は、椅子に、座った。
帰る気は、ないらしい。
……こいつ。
こういうときだけ。
やたら。
かっこいい。
◇
「――あら、みんな、いるのね」
そして。
御手洗澪が。
いつも通り。
世界史の、資料を、抱えて。
やってきた。
「御手洗」
「今日は、賑やかね」御手洗は、模造紙を、見た。「あら、大きい紙」
「調査です」五百旗頭が、言った。「森本くんの、件を」
「まあ」御手洗は、こてん、と、首をかしげた。「まだ、解決していないの?」
「まだです。……というより」五百旗頭は、疲れた顔で、言った。「調べるほど、わからなく、なります」
「そう」
御手洗は。
椅子に、座って。
資料を、開いた。
そして。
何気なく。
言った。
「でも、森本くんは、やっていないのよね」
……。
全員が。
御手洗を、見た。
◇
「……御手洗さん」五百旗頭が、慎重に、言った。「なぜ、そう、言い切れるのですか」
「あら」御手洗は、顔を、上げた。「だって、やっていないもの」
「……根拠は?」
「根拠?」御手洗は、きょとん、と、した。「……本人が、そう、言ったわ」
「それは、根拠には」
「なるわ」御手洗は、あっさり、言った。「森本くんは、嘘をつくとき、目を、そらすの。……あのとき、そらさなかった。だから、本当」
五百旗頭が。
言葉に、詰まった。
「……それは、主観です」
「そうね。主観よ」御手洗は、頷いた。「でも、わたしは、それを、信じるわ」
「もし」五百旗頭は、言った。「……もし、証拠が、出てきて。森本くんが、やったと、証明されたら?」
「そのときは」御手洗は、少し、考えて。「……何かの、間違いだと、思うわ」
「証拠が、あっても?」
「ええ」
「なぜ、そこまで」
御手洗は。
資料から、顔を、上げて。
まっすぐ、五百旗頭を、見た。
「――だって、証拠って、後から、作れるでしょう?」
……。
図書室が。
しん、と、なった。
◇
「……歴史をやっていると」御手洗は、言った。「よく、あるの。……記録が、残っている。証拠も、ある。でも、後から、作られたもの、だった、って」
「……」
「勝った人が、負けた人を、悪く、書く」御手洗は、言った。「文書を、作る。証言を、集める。……全部、残る。それが、『事実』に、なる」
「……」
「だから、わたしは」御手洗は、にっこり、笑った。「記録より、人を、見るの」
……。
……こいつ。
天然だと、思ってた。
ふわふわしてて。
世界史の、たとえばっかりで。
でも。
今。
この、部屋で。
いちばん。
芯が、通ってるのは。
……こいつだ。
◇
「……ありがとな、御手洗」
「あら、なぜ?」
「いや。……なんとなく」
「変な、森本くん」
御手洗は。
けろっと、して。
また、資料に、目を、戻した。
……。
その日。
図書室に、いたのは。
俺と、五百旗頭と、不破と、御手洗。
四人。
湊ミライは、来なかった。
「信じなくていい」と、言った、あの日から。
少し、顔を、出しにくく、なったらしい。
日下部は、中立を、選んだ。
そして。
東海林四季は。
今日も。
来なかった。
……七人、いたはずの、この部屋が。
いつの間にか。
四人に、なって、いた。
(第10話 了)




