第9話 信用できない女
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第9話 信用できない女
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翌日。
学校に、着いた、瞬間から。
空気が。
違って、いた。
◇
「――ねえ、知ってる? 三組の、湊さん」
下駄箱の、前で。
女子が、二人。
話して、いた。
「湊? ……ああ、あの、小さい子」
「あの人、なんか、変らしいよ」
「変って?」
「前に、いなかったんだって」
……は?
「一年のとき。……クラスに、いた記憶が、ないって」
「え、何それ。こわ」
……。
ちょっと、待て。
それ。
前に。
ミライ本人が、言ってた、やつだ。
「一年のとき、誰にも、見られてなかった」。
誰にも、認識、されていなかった。
だから、記憶にも、残っていない。
……それを。
「元々、いなかった」に。
変換されてる?
◇
教室に、入ると。
話は、もう。
別の、形に、なって、いた。
「――湊って、あれだろ。転校生でも、ないのに、名簿に、載ってなかったって」
「まじで?」
「一年のときの、集合写真にも、写ってないらしい」
「うわ、こわ」
「あと、去年の、図書室の、あの事件」
……。
心臓が。
跳ねた。
「あれにも、関わってたって」
「え、あれ、うやむやになったやつ?」
「そう。……なんか、あの人、真ん中に、いたらしいよ」
……。
全部。
事実、だ。
でも。
全部。
気持ち悪い、形に。
ねじ曲がって、いる。
◇
昼休み。
俺は、三組に、行った。
ミライは。
窓際の、席で。
一人で。
弁当を、食べて、いた。
周りに。
誰も、いない。
「……湊」
「げ。森本」ミライは、顔を、上げた。「なに、来てんの」
「噂、聞いた」
「あー」ミライは、あっさり、言った。「うん。まあね」
「大丈夫か」
「なにが?」
「いや、その」
「べつに」ミライは、卵焼きを、口に、入れた。「今に、始まったことじゃ、ないし」
……。
その、言い方が。
やけに。
平気そうで。
だから、こそ。
苦しかった。
◇
「……なあ、湊」俺は、言った。「これ、お前も、被害者だよな」
「まあ、そうだね」
「同じ、やつが、やってる」
「たぶんね」
「じゃあ、なんで」俺は、言った。「お前が、狙われるんだ?」
ミライは。
箸を、止めて。
少し、考えて。
それから。
言った。
「……邪魔だから、じゃない?」
「邪魔?」
「わたし、あんたに、言ったでしょ。『誰かが、意図的に、やってる』って」ミライは、言った。「……気づいてる人間は、邪魔なの」
……。
ぞ、と、した。
「じゃあ」俺は、言った。「お前が、狙われたのは。……俺に、警告したせいか」
「さあ」ミライは、肩を、すくめた。「タイミング的には、そうかもね」
「……悪い」
「なんで、あんたが、謝るの」
「だって」
「わたしが、勝手に、言ったんだよ」ミライは、あっさり、言った。「あんたの、せいじゃ、ない」
……。
でも。
明らかに。
俺の、せい、だった。
◇
「……それより」ミライは、弁当箱を、閉じた。「森本。ひとつ、頼みが、あるんだけど」
「なんだよ」
「これから、わたしが、何か言っても」ミライは、言った。「……信じなくて、いいから」
「……は?」
「もう、無理でしょ、たぶん」ミライは、淡々と、言った。「『あの、信用できない子が、言ってる』って、なるから。……わたしが、誰かを、疑ったら。逆に、その人が、庇われる」
……。
……そうか。
そう、なるのか。
ミライが。
誰かの名前を、出したら。
「あの、怪しい湊が、人を、疑ってる」に、なる。
むしろ。
疑われた人が。
「かわいそう」に、なる。
「……完璧じゃん」
俺は、うめいた。
「そうだね」ミライは、笑った。「完璧」
笑って、いるのに。
目が。
笑って、いなかった。
◇
放課後。
図書室。
俺は、五百旗頭に、全部、話した。
「……湊さんの、噂、ですか」
「ああ。……あいつも、狙われてる」
「なるほど」
五百旗頭は。
しばらく、黙って。
それから。
手元の、ノートを、開いた。
「森本くん。……ひとつ、確認させて、ください」
「なんだよ」
「湊さんの、噂。……内容を、覚えていますか」
「一年のとき、いなかった。名簿に、載ってない。集合写真に、写ってない。……あと、去年の事件に、関わってた」
「そのうち」五百旗頭は、言った。「――嘘は、いくつ、ありますか」
……。
俺は。
考えて。
それから。
気づいた。
「……ない」
「そう」五百旗頭は、頷いた。「全部、事実です」
「でも!」
「ええ。事実ですが」五百旗頭は、言った。「……解釈が、悪意で、塗られて、います」
◇
「湊さんは、一年のとき、確かに、存在感が、薄かった」五百旗頭は、言った。「本人が、そう、言っていました。……『誰にも、見られていなかった』と」
「ああ」
「集合写真に、写っていないのも」五百旗頭は、続けた。「……たぶん、事実でしょう。欠席したか、端に、いたか。……そういうことは、起こります」
「うん」
「あの事件に、関わっていたのも、事実です」五百旗頭は、言った。「……ただし、彼女は、加害者では、ありません」
「そうだよ」
「でも」
五百旗頭は。
顔を、上げた。
「――全部、並べると。『得体の知れない人物』に、見える」
……。
そうだ。
事実だけを。
選んで。
並べて。
解釈を、足す。
それだけで。
人は。
「怪しい」に、なる。
◇
「……森本くん」五百旗頭が、言った。「これ、あなたの、件と、同じ手口です」
「……ああ」
「事実を、少しだけ、ずらす。否定できない形で」五百旗頭は、言った。「……同一犯です。ほぼ、確実に」
「だよな」
「そして」五百旗頭は、ペンを、置いた。「――今回で、犯人の、目的が、はっきりしました」
「目的?」
「湊さんを、狙った、理由です」五百旗頭は、言った。「彼女は、あなたに、警告した。……つまり、犯人にとって、都合が、悪かった」
「……」
「犯人は」五百旗頭は、静かに、言った。「――あなたを、孤立させたいんです」
……。
孤立。
「あなたの、評判を、落とす。あなたを、庇う人間を、潰す」五百旗頭は、言った。「……これは、嫌がらせでは、ありません。もっと、体系的な、計画です」
「なんの、ために」
「わかりません」五百旗頭は、首を、振った。「……ただ」
「ただ?」
「――次に、狙われるのは」
五百旗頭は。
少しだけ。
笑った。
ぞっとするほど。
冷静な、顔で。
「……たぶん、わたしです」
◇
その日。
東海林は。
図書室に。
来なかった。
部活だ、と。
誰かが、言った。
主将に、なったから、忙しいらしい、と。
……そうか。
忙しいのか。
俺は。
そう、思うことにした。
――思う、ことにした。
いま、思えば。
あのとき。
俺は。
「思うことにした」んだ。
本当は。
わかっていた、のかも、しれない。
でも。
考えたく、なかった。
だって。
考えたら。
疑うことに、なる。
いちばん。
疑いたくない、やつを。
(第9話 了)




