第7.5話 書記の、憂鬱
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第7.5話 書記の、憂鬱
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噂が、広まって。
二週間。
学校での、俺の、扱いは。
少しずつ。
変わって、いた。
廊下で、目が、合うと、そらされる。
教室で、話しかけると、間が、空く。
誰も。
面と向かって、何かを、言うわけじゃ、ない。
ただ。
半歩。
距離を、置かれる。
……こういうのが。
いちばん、こたえる。
◇
放課後。
生徒会室の、前を、通りかかると。
中から。
うめき声が、聞こえた。
「……終わらない」
五百旗頭伊織が。
机に、突っ伏して、いた。
周りには。
書類の、山。
「……何やってんだ、お前」
「森本くん」五百旗頭は、死んだ、目で、顔を、上げた。「……助けて、ください」
「え」
「備品の、台帳です。……三年分。手書きの、記録を、全部、確認して。……データに、入力し直す、作業です」
「なんで、そんなことに」
「わたしが、言ったんです」五百旗頭は、うめいた。「『備品管理の、書類は、様式が、重複していて、非効率です』と」
「言ったな。演説で」
「そうしたら、新会長に。……『じゃあ、書記の、あなたが、直してください』と」
……。
自業自得だ。
完全に。
「……手伝うか?」
五百旗頭が。
ばっ、と。
顔を、上げた。
「――いいのですか!?」
「暇だし」
「暇……」五百旗頭は、少しだけ、目を、伏せた。「……そう、ですか」
……あ。
しまった。
「暇」の、理由を。
こいつは、知ってる。
最近、俺と、一緒にいたがる、やつが。
減ったこと。
◇
で。
二人で。
作業を、始めた。
五百旗頭が、古い台帳を、読み上げる。
俺が、パソコンに、打ち込む。
「……平成二十七年度。パイプ椅子、四十脚。……体育館、倉庫」
「はい」
「……卓球台、三台」
「はい」
「……大玉、二個」
「大玉って、なんだ」
「運動会で、転がすやつです」
「ああ」
……地味だ。
とてつもなく、地味な、作業だ。
でも。
なんだろう。
嫌じゃ、なかった。
誰も、俺を、見ない。
誰も、俺の、噂を、しない。
ただ、数字を、読んで。
打ち込むだけ。
……久しぶりに。
息が、できる、気が、した。
◇
「……森本くん」
三十分ほど、経った、頃。
五百旗頭が。
台帳から、目を、離さずに、言った。
「なんだよ」
「わたしは」
「うん」
「……あなたが、備品を、壊したとは。……思って、いません」
……。
手が。
止まった。
「……なんで」
「論理的に、成立しないからです」五百旗頭は、淡々と、言った。「あなたには、動機が、ない。壊す理由が、ない。……それに」
五百旗頭は。
顔を、上げた。
「あなたは、逃げる人です。……壊す人では、ありません」
「……それ、褒めてるのか?」
「けなしています」
「だよな」
「でも」五百旗頭は、言った。「けなしていますが。……信じています」
……。
なんだ。
それ。
変な、言い方だ。
でも。
なんでだろう。
……妙に。
効いた。
「……ありがとう」
「礼は、要りません」五百旗頭は、また、台帳に、目を、戻した。「かわりに、あと、二百件、入力してください」
「多いな!」
◇
「――あら、二人とも。ここに、いたのね」
扉が、開いて。
御手洗澪が。
顔を、出した。
世界史の、資料を、抱えて。
今日の、私服は、蛍光オレンジ。
相変わらず、目に、痛い。
「御手洗」
「図書室に、いないから。探したわ」御手洗は、部屋を、見回した。「あら、書類が、いっぱい」
「手伝いだよ」
「わたしも、やるわ」
御手洗は。
あっさり。
空いている、椅子に、座った。
「え、いいのか?」
「ええ。だって」御手洗は、こてん、と、首をかしげた。「三人のほうが、早いでしょう?」
……こいつ。
なんの、ためらいも、ない。
◇
三人での、作業は。
少し、賑やかに、なった。
「……昭和六十二年度。……あら、古いわね」御手洗が、台帳を、めくった。「この頃の、日本は。……バブルの、直前ね」
「たとえが、世界史じゃない」
「日本も、世界の、一部よ」
「屁理屈だな」
「あら、正論よ」
五百旗頭が。
少しだけ、笑った。
……こういうの。
久しぶり、だ。
◇
と。
途中で。
御手洗が。
ふと、手を、止めて。
言った。
「そういえば、森本くん」
「なんだよ」
「最近、変な噂が、流れているそうね」
……。
空気が。
少し、止まった。
五百旗頭が。
ちらり、と、俺を、見た。
「……ああ」俺は、言った。「まあ、な」
「聞いたわ。備品を、壊したとか。倉庫の、鍵を、勝手に、開けたとか」
「……そう」
「それで」御手洗は、こてん、と、首をかしげた。
「……本当なの?」
……。
直球だ。
こいつ。
変な、遠慮が、ない。
「……本当じゃない」俺は、言った。「壊してないし、開けてない」
「そう」
御手洗は。
それだけ、言って。
また。
台帳に、目を、戻した。
「……え」
「え?」
「……終わり?」俺は、言った。「もっと、こう。……疑ったり、しないのか」
御手洗は。
きょとん、と、して。
それから。
心底、不思議そうに、言った。
「だって、あなた、『本当じゃない』って、言ったでしょう?」
「……言ったけど」
「じゃあ、本当じゃ、ないのよ」
……。
……。
なんだ、それ。
なんだよ、それ。
◇
「あ、あのな、御手洗」俺は、言った。「世の中には、嘘つく、やつも、いるんだぞ」
「ええ、知ってるわ」
「じゃあ、なんで」
「だって」御手洗は、あっさり、言った。「あなた、嘘、下手じゃない」
「……」
「わたし、知ってるもの」御手洗は、指を、折った。「文化祭のとき。あなた、『ステージ、もう終わった』って、嘘をついたでしょう」
「……あ」
「あれ、すぐ、わかったわ」
「わかってたのか!?」
「ええ」御手洗は、にっこり、笑った。「だって、あなた。嘘をつくとき。……目を、そらすもの」
……。
見られてた。
ちゃんと。
「でも、今」御手洗は、言った。「あなた、わたしの、目を、見て。『本当じゃない』って、言ったわ」
「……」
「だから、本当じゃ、ないの」
御手洗は。
何事も、なかったように。
台帳の、続きを、読み始めた。
「……昭和六十三年度。マット、六枚……」
俺は。
しばらく。
何も。
言えなかった。
◇
作業が、終わったのは。
外が、真っ暗に、なった、頃だった。
「終わりました……」五百旗頭が、机に、突っ伏した。「もう、無理です」
「お疲れ」
「二人とも、ありがとうございました」
「あら、楽しかったわ」御手洗は、けろっと、していた。「昔の、備品って、面白いのね。……大玉、二個って、どこに、行ったのかしら」
「消えたんだろ」
「歴史から、消えた、大玉」御手洗は、うっとり、した。「素敵ね」
「素敵か?」
生徒会室を、出て。
三人で、廊下を、歩いた。
窓の、外は、真っ暗で。
廊下の、蛍光灯だけが。
白く、光って、いた。
……そういえば。
と。
俺は、思った。
今日。
一日中。
あいつが。
いなかった。
東海林四季。
……まあ。
部活だろ。
練習試合が、あるって、言ってたし。
秋は。
大会も、多いらしいし。
でも。
……なんだろう。
最近。
あいつと。
まともに、喋ってない、気が、する。
何日?
三日? 四日?
……思い出せなかった。
――そして。
このとき。
俺は。
まだ、知らなかった。
この日が。
五百旗頭と、御手洗と。
三人で、笑いながら、くだらない作業を、した、この、夜が。
しばらくの、間。
最後の。
穏やかな、時間に、なることを。
(第7.5話 了)




